第四十一話 開戦準備の一幕
俺が無言でいると、シュナイゼルさんが再び口を開いた。
「ん? 聞こえなかったか、都市部隊のリーダーをリハツさんに頼みたいんだけどな」
「…………ど、どういうことですか?」
「都市戦では出来るだけ戦力は前線に回したい。戦線を下げると危険だし、早めに撃破するのが重要だからな。で、基本的にギルド毎に戦線を維持してる。都市内の編隊は、さっき挙げたけど、戦闘に明るくない人間ばかりになる。だから中級レベルのリハツさんに頼みたいってわけだ」
「い、いや、俺は部外者ですよ!?」
「身内から出すと色々面倒なんだよ……ギルド内で特別扱いすることになるからな。それに都市内に残るギルドの連中は戦闘経験がほとんどないプレイヤーばかりだ。誰か戦闘に長けた人間が必要だからな」
「……ほ、他に誰かいないんですか?」
「いるにはいるが……リハツさんの名前は結構広まってる。信頼度も高い。そういう人間が上に立った方が、自由に遊んでいるプレイヤーにとったら従いやすいんじゃねえかって思ってる。例えそうならなくても、さっきも言った通り都市内にMOBが入ることはねえだろうからな。今まで一度もないわけだし」
「だ、だけど、俺を信用出来るんですか?」
「一応、満場一致だ。俺が提案したんだが、反対はなかった。俺はサクヤから話を聞いてたし、リハツさんなら任せられると思ったんだが、どうだ?」
どうだ、って。こんな状況で断ることなんて出来るはずがない。
この男、策士だ。それにまんまとはまった俺も俺だが。
自信を持っている。彼は俺が断ると思ってもいない。
「……こ、断る、と言ったら」
「あんたは断らねえよ。なんせ、あんたの評価を決めたのはサクヤの話を聞いたからだ。そしてここにサクヤがいるってことは、どういうことか察しはついてるんだろう?」
わかっている。
イヤでイヤでしょうがないのに、俺の中に断ると言う選択はない。
なぜなら、どういう経緯があったとしてもサクヤは、俺を推薦、推挙することに了承したからだ。そしてサクヤは俺と親しい。
もし断れば、シュナイゼルさんの期待を裏切ることになる。彼はサクヤの話を聞いて俺を信頼しようと思ったのだから、回りまわってサクヤの評価も落ちてしまうだろう。
俺の返答次第でサクヤと冒険者ギルドの立場が悪くなる可能性がある。新たに支部が出来たという状況を鑑みると、旧冒険者ギルドの評判を下げればどうなるか……。
サクヤは冒険者ギルドのサブマスターではなかったはずだ。だが、他のギルド員ではなくサクヤがギルマスの代理で出席している。なにか理由があると考えるのが妥当だ。
「回りくどいやり方は好きじゃねえ。率直に言えば、あんたは責任感があると思った。自己顕示欲や野心はねえが、頼まれると断りたくないって思うタイプだ。そういう人間ほど信用出来る。会って確信したぜ、あんたはそういう人間だってな」
中々に頭がキレる人物らしい。だがそのやり方は褒められたものではない。だというのに、俺は内心で感嘆していた。
強引な手法でありながら、確固たる自信とその裏付けが彼にあったからだ。
そして言動からは実直さが感じとれる。つまり、シュナイゼルという人物は『地頭が良く、気も回るが手段は選ばない。だが、真っ直ぐとした心根を持っている』という性格をしていると俺は思った。
俺には彼に対する不平不満が一切なかった。至極単純な話だ。俺はこの人を気に入ってしまったのだ。
俺は自然と言った。
「やりゅっ……や、やります」
自然だった。自然と噛んだ。
しかし、会議室内に微妙な空気は漂わず、シュナイゼルさんが即座に答える。
「そうか! 悪ぃな、頼むぜ、リハツさん」
「あ、あの、さん付けじゃなくて、呼び捨てでいいですよ」
「おお、そうか、正直言い難かったから助かるぜ。じゃあ俺も呼び捨てで頼む。敬語もなしな」
「わかり……わ、わかったよシュナイゼル」
どう見ても年上なんだが、いいんだろうか。
本人が言うなら、拒否する理由もないけど。俺も敬語は苦手だし。
「それでいい。他に何か……ないみたいだな。都市戦、開戦は二時間後だ。それまでに各自準備を終えておいてくれ。じゃ、解散!」
全員が思い思いに会議室を出ていく。
カーリアさんとアッシュくん、そして銀次郎さんは俺をちらっと見てから、出て行った。
「リハ――」
「サクヤさんちょっとよろしいですかね?」
「あ、ああ」
サクヤは俺に声をかけようとしたみたいだが、後ろに控えていた神経質そうな男性に呼び止められてしまった。
こちらを気にしている風だったが、説明は後でしてもらえばいいだろう。
俺が小さく頷き、大丈夫だと伝えると、サクヤとギルド員達は外へと出て行った。
残ったのは俺とリリィ、それにシュナイゼルと秘書らしき女性だけだった。
「だ、大丈夫なの、あんた」
リリィの声が聞こえ、我に返る。
呆然自失だったらしい。一気に色々なことがあって、整理が出来ない。しかし、少しずつだが受け入れつつはあった。
とりあえず……やっちまった!
断ればよかったのに、場の雰囲気に飲まれて、シュナイゼルの言葉に納得してしまった。だが、先を想像すれば、断る選択肢しかなかったのだ。
受けた以上は責任が伴う。失敗は出来ない。生半可なことも出来はしなかった。
「死にたい」
「極端ね……自分で言ったことなんだし、頑張るしかないでしょ」
「……だよな」
「おう、大丈夫か?」
シュナイゼルが心配そうに俺を見ていた。
「あ、はい。じゃなくて、ああ、大丈夫、じゃないけど、大丈夫だ」
シュナイゼルは俺の隣の席に座ると、頬杖をついた。
「そんなに緊張しなくても、あんたにしてもらうことは多くない。都市に待機して、都市部隊に指示を出すことが役割だけどな、それも敵が攻めて来た時だけだ。そこまで攻め入ってこない……と思う」
「……じ、自信なさそうだな」
「正直、俺個人としては、何かあるんじゃないかと思ってるんだ。過去五年間、三か月以上、間が空くことはなかったからな。何もなければそれでいいんだが、あんたはあくまで保険としていて欲しいってわけだ。一応、誰にも言わないでくれよ。俺の直感だし、みんなにはいつも通りだろう、というスタンスで話してるからな」
「なぜ、そんな回りくどい真似を?」
「慣れちまってるからさ。いつも通りだという先入観を払拭する説得材料がまったくない。勘で危なそうだから、リソース割きたいなんて納得すると思うか?」
「……それは、難しそうだな」
「そういうこった。だから部外者で、グラクエをトゥルークリアしたあんたに任せた。固定概念に捕らわれていないあんたならどうにかしてくれるような気がしてな。丸投げみたいで悪いとは思うんだが……根拠がない分、こうするしかなかった。あんたの名前は全員知ってる。期待、嫉妬、好奇心色々あるだろうがあんたに興味があるんだ。それに都市部隊なら大して重い任じゃない、とみんな思ってるから、反対意見がなかったんだと思うぜ。他の奴を擁立していたら、間違いなく面倒なことになっていただろうな」
「そ、それを俺に話していいのか?」
「構わねえよ。俺はあんたに頼みごとをした。そしてあんたは了承してくれた。だったら、真意を話さないと失礼だろ?」
淡々と語っているが、彼の話している内容は、俺が吹聴すれば士気を乱し、シュナイゼルの評価を下げる可能性がある。信頼しようとしてくれているのだろう。だったら俺も応えるしかない。
人心掌握術に長けているのか、それとも天然なのかはわからないが、どちらにしても好意的な印象を持った。
「っと、忘れてたぜ。あんたに都市部隊リーダーの権限を与える。後でそっちにシステムメッセージが行くから、了承しておいてくれ。そしたら、隊チャットが出来るようになるからな」
「……隊の編成はシュナイゼルがするんだよな?」
「ああ。俺がするのはあくまで『条件指定したプレイヤーを隊毎にわける』だけだ。振り分け以降、各リーダーが編成する。だが、大体システム側で、スキル値や条件付きで編成出来るようになってるからな。大した手間じゃねえ。都市戦開戦三十分前に、全プレイヤーに都市戦開戦のメッセージが届くことになってるから、あんたはその時に対応してくれりゃいい。なにかあったら隊チャットやリーダーチャットで連絡をする感じだな」
「……わかった、よくわからないけど」
「習うより慣れろだ。わからねえなら質問してくれていい。つっても俺はちと忙しいかもしれねえから、サクヤ辺りに連絡してくれてもいいと思うぜ」
「わ、わかったよ、ありがとう」
「おう、頼んだぜ」
ぽんぽんと俺の肩を叩き、シュナイゼルはその場を去った。
秘書も一礼して後に続いた。
残された俺は嘆息し、席を立つ。
「いつも何かに巻き込まれるわね、あんた」
「は、はは、自分から巻き込まれてる気がするけどな」
「……とりあえず、サクヤにも話を聞いた方がいいわね。情報が少なすぎるわ」
「そう、だな……」
「それに、都市に敵が来ない、って言っても、やることはあるわよ。街を出ないように注意喚起をするとか、いざって時のための編成とか。シュナイゼルがする編成は大隊みたいなおおまかなものだし。中隊、小隊の編成はあんたがしないと。さっきシュナイゼルが言ったように、リーダーによる編成は比較的簡単に出来るけどね」
「……必要、だよな」
「何もなければ不必要だけど……うーん、初心者や戦闘職をしていないプレイヤーは乗り気じゃないかもしれないわね。そこがちょっと気になるけど。編成はリーダーが一方的に出来るからそこは大丈夫だと思うわ。ただ、従うかどうかは別問題だけど」
「今まで一度も都市に入りこまれていないって実績があるなら、何もしなくていいって考えるプレイヤーも居そうだな」
「初心者はわからないでしょうけど、職人系や企業系のプレイヤーはそうかもね。商人ギルドは手伝ってくれるかも……どうかな、わかんない」
「やばい。やることが明確に出来ないってすげえ不安だ」
「で、でしょうね。とにかくサクヤのところに行こ? 少しは詳しいと思うし」
「そうだな……」
段々、気が重くなって来た。
とにかく、外に出よう。狭い場所にいると、気が滅入る。
俺は廊下に出た。
人の気配がして、無意識に視線を向けると、サクヤと先ほどの男性が神妙な顔つきで話していた。
少し経つと、会話が終わったらしく男性は階段の方向へ行ってしまう。
「ん?」
そしてサクヤは俺の存在に気づき、近づいてきた。
「よう、あれ誰だ?」
「あ、ああ……あれは、第二支部のギルマスだ。言っておくが、仕事だけの間柄だからな」
「お、おう? そうなのか」
「うむ、そこは間違わないでくれ」
「ふーん」
リリィはジト目でサクヤを見ている。
サクヤはサクヤで無表情のため何を考えているのかわからない。
今の会話なんだ?
「あ、あーと、だな、そ、そうか、もう一つの支部にもギルマスがいるんだよな」
「ああ、実はウチのギルマスが今日の午後、体調を崩してな。どうやらプギャプギャ言い過ぎて血圧が上がり過ぎたらしい。大事はないのだが、一週間は来られないらしい」
もしかして俺のせいか?
いや、しかし思い当たる節がない。ない、よな?
「そ、それでサクヤが代理をしてるんだな、なるほど」
「ああ、一時的にサブマスをしている……ところで、その、すまなかった」
サクヤは流麗な所作で、お辞儀をした。
突然の出来事に、俺は狼狽してしまう。
「ど、どうしたんだよ」
「こちらの事情におまえを巻き込んでしまった」
「事前に説明が欲しかったわよね。サクヤは知ってたんでしょ?」
「……ああ、こちらから連絡をしようと思っていたんだが、すまん。ギルマス不在の上、ギルド内がごたごたしていてな、出来なかった」
「それはそっちの事情でしょう? リハツには関係ないじゃない」
リリィは責めるような口調だった。
サクヤは顔を顰める。不服、というよりは罪悪感を抱いているようだった。
「すまない。その、内情を簡潔に説明すると、第一支部、これは私達のギルドだが、ギルマスが休止していることで、第二支部のギルマスがこちらの業務にまで口を出そうとしてきてな。しかも、都市戦で功績を上げれば両支部のギルマスになれると考えているらしく、都市戦会議に出ようと画策していた。それを阻止するため私が一時的にサブマスになったというわけだ」
「内輪もめか」
「そういうことだ。対応に迫られて余裕がなかった……本当に申し訳ない」
「いいさ。やむを得ない事情があったんだし」
サクヤの立場はなんとなく理解出来た。冒険者ギルドでも出世争いがあるらしい。どこにでも我欲が強い人間はいるものだ。
あのギルマスが慕われているということは意外だったけどな。プギャ。
「あたしは納得いかないわね」
俺の言葉に反して、リリィは頬を膨らませて不平を漏らす。
「こいつはさ、コミュ障だし人見知りだし、バカだし、同じ事ばっかりこつこつ繰り返してちょっと頭おかしいんじゃないのとか思うし、人嫌いな癖に人に嫌われたくないって思うヘタレだし」
「ちょっと、リリィさん? 俺を言葉で殺す気? 言葉の暴力って知ってる? うん?」
「と、とにかく、そんな奴だけどお人好しなのよ。人と関わりたくない癖に、人を助けてしまうような奴なの! その性格につけ込むのは、あんたがしちゃダメなんじゃないの?」
「…………そうだな。親しい、いや友人である私がするべきではなかった。リハツ、すまなかった。おまえを利用するような真似をして」
「え、あ、いや、別に俺は気にしてないけど。というか、ただ俺に連絡しなかっただけで、利用したわけじゃないだろ?」
「いいや、違う。私は、リハツに連絡することを許可する代わりに、私をサブマスに擁立する計らいをしてもらうという約束をしたのだ……シュナイゼルとな。あいつは顔が広いからな」
「やっぱりダシにしてたんだ」
「……これに関しては謝るしかない。私は、ギルドを守るためにおまえを利用してしまった。絶縁されても仕方がない」
サクヤは腰を曲げ謝辞を表した。
リリィは腕を組み仁王立ちをしている。
重苦しい空気が漂い始めていた。
俺は少しだけ思案し、やはり俺の考えは間違っていないと言う結論に至る。
「ん? 別にいいんじゃないか?」
「い、いいのか? しかし、私はおまえを利用して」
「まあ連絡くらいは欲しかったけどな。別にいいと思うぞ。利用、というよりは頼ってくれてるって感じだと思うしな。それにサクヤとの付き合いもそれなりにある。友人が困ってるなら助けるのは当たり前だし、知ってたか知らなかったかの違いしかないだろ。どっちにしても俺は同じようにしたと思うぞ?」
リリィもサクヤもなにをそんなに重く受け止めているんだろうか。
簡単なことだと思う。サクヤは俺に謝る気だったのはわかるし、反省もしているようだ。だったら連絡をしなかった程度で怒るのは狭量というものだ。
「あ、あんた」
「なんだよ、俺、おかしなこと言ってるか?」
「……はぁ、もういいわよ。このお人好しバカ」
「俺が何を言っても、言わなくてもバカって言うね、おまえは」
「いいのか、リハツ」
「いいも何も大したことじゃないだろ。結果は変わらなかっただろうし。むしろ、俺が助けることが出来るかもしれないのに、遠慮されて黙ってられる方がイヤだしな」
「リハツ……ありがとう」
「礼は、都市戦が終わってからにしてくれ。緊張感が大きくなって、足が震えてるんだ。見ろよ、これ。なんでこんなことになってんのか俺もわからん」
ガクガクと残像を生み出すほどの痙攣を繰り返す、俺の足。
なんか気分が悪くなってきた気がする。心臓もバクバクいっている気がする。しかしそのどちらもSWでは気のせいなのだ。
「ふ……くふっ、ふふふっ、す、すまん……ふっ」
サクヤが上品に笑い声を漏らした。
営業スマイル以外で彼女の笑顔を見たのは、初めてなんじゃないだろうか。
「おお、サクヤが笑ってるぞ!?」
リリィにドヤ顔を向けると、ポカッと殴られてしまう。
「痛いじゃないか!」
「うっさい、ばかっ!」
憤慨しているリリィを見て、俺は小首を傾げる。
笑い続けるサクヤと、ぷりぷり怒っているリリィ。その二人に挟まれている俺は、現状がよくわかっていなかった。
剣呑な空気はない。ならば、俺の行動は間違っていなかったのだろう。
そう思うことにして、俺は震える足を見ながら、これからどうしようかと頭を悩ませた。
そうだ。最低限出来ることはしておかないとな。
「サクヤ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「ふっ……ん? ああ、構わんが」
「実はな――」
そして俺は、サクヤに考えを伝えた。