第四十話 流れるままに流されて
ロッテンベルグ騎士団ギルド支部前。
行き交うプレイヤー中で俺は立ち尽くしていた。
石造の建築物。盾を模ったシンボルが左右の大柱に施されている。冒険者ギルドの五倍以上はある門構えをしており、荘厳とした印象を受けた。
「でけえ……」
「でかいわね……」
圧倒された俺達は、呆然と見上げるしか出来ない。
気が重かった。ばっくれようかとも思ったが、後が怖いので出来なかった。サクヤも関わっているし、迷惑をかける可能性もあったからだ。
約束をしたわけではない。一方的に押し付けられた形だったのだから、反故にしても問題はないように思えなくもないが。
嘆息し、騎士団ギルドの内部へと足を踏み入れた。
中も広く、プレイヤーが点在している。受付らしき場所があり、そこに何人も並んでいた。恐らく、相談目的の人間だろう。
騎士団ギルドは単純な警備以外に都市内や周辺の治安にも携わっている。もちろん網羅出来ているわけではない。人数的な問題もあり、街周辺を哨戒する程度らしいが。
意見陳述も募集しているため、比較的プレイヤーが訪問する機会もあるようだ。俺は初めて来たけど。
俺は適当な列に並んだ。自分の順番が来ると、少し緊張しながら話す。
「あ、あの、リハツですが……」
「リハツ様ですね。シュナイゼルから言伝を伺っております。左側の通路を進んで三階の、会議室へ向かって頂けますでしょうか?」
「あ、はい」
なんとも懇切丁寧な説明を受けて、俺は奥へと進んだ。
「三階建てって、珍しいわよね」
「そうだな。大工の知り合いがいないからわからないけど、二階建てが多いってことは、それ以上の階層を建築するのは難しいのかもしれないな。リリィは知ってるのか?」
「さあ? あたしは基本システムしか知らないわ。じゃないと、あんたの使い魔になれないでしょ」
「そりゃそうか。有利な情報があれば、優遇することになるしな」
俺はリリィと他愛無い話をしながら三階へと向かった。
床の模様はやや華美で、ファンタジー的な城を連想させる。BGMとかあれば、クラシックぽい曲が流れていそうだ。SWにもBGMがあればいいんだけどな。あったらあったで、雰囲気壊すかもしれないけど。
廊下を歩くと、ギルド員らしきプレイヤーとすれ違う。装備的に上級プレイヤーっぽい。
両開きの扉に辿り着いた。横に会議室と書かれているプレートが下げられている。
SWでは単純な加工は誰でも出来る。掲示板や玄関に紙を貼ったり、扉にドアベルをつけたりというようなものだ。物理演算処理を考えると気が遠くなるからやめておく。
とりあえずノックをしてみると返答があった。
「どうぞ」
女性の声だ。中にはすでに誰かいるらしい。
かなり緊張して来た。そもそも俺はなんでこんなところにいるんだろうか。
なんだか混乱している。しかし今更逃げるという選択肢はない。
恐らくシュナイゼルさんがいるのだろう、と曖昧な結論に至り、扉を開けた。
会議室は冒険者ギルドのロビー位の広さがあった。
中央に長机が奥方向に伸びている。椅子は八つ、内七つが埋まっていた。
壁際にはずらっとプレイヤーが並んでいる。十、二十、三十人はいる。
待て待て、なにこの状況。なんなの? なんでこんなに重い空気なの!?
リリィも予想だにしていなかったのか、目を白黒させて、俺を心配そうに見ていた。
あ、やばい。帰りたい。
「そちらの席にどうぞ」
入口横に立っていた女性が俺に声をかけた。
眼鏡をかけ、スーツ姿。いかにも秘書といった感じの風貌だ。
俺はカチコチになった身体を無理やり動かし、椅子に座った。これで八つすべての椅子が埋まった。俺が最後のプレイヤーだというのが理解不能だったが。
きょろきょろと周囲を見回すと、見知った顔があった。
サクヤが椅子に座っている。普段と違う、袴姿だったために気づかなかった。かなり似合っているが、西洋風の鎧や衣服を着ている面々の中では浮いている。
サクヤの後ろに、にゃむむとアキラが立っている。ギルマスと呼ばれていた渋めの男性はいない。
これはつまりギルマス代理ということなのか。となると、ここはギルド間会議のような場か?
俺はぐるぐると思考を巡らせる。しかし答えは一向に出ない。
「これで全員揃った。んで、さっきも言ったが、リハツさんにはまだ話を通してない。ってことでまずは説明させて貰うぜ」
上座に座っているヒュミノリアの男性が口火を切る。白銀の長髪で、長身。痩躯ではなく、かなり引き締まっている肉体をしている。
自信に満ち溢れた眼を俺に向けていた。多分、彼がシュナイゼルだ。
「とりあえず自己紹介だな。俺が騎士団ギルドのマスター、シュナイゼルだ。突然の申し出に応えてくれて感謝するぜ」
「い、いえ」
シュナイゼルさんににこっと笑いかけられ、俺はぺこりと頭を下げる。反射的なものだ。卑屈精神の人間なら誰だってそうする。
「俺から向かって左から、傭兵ギルドのエッジ・トーラス、その横が、まあ知ってると思うが、冒険者ギルドのサクヤ・カムクラだ。冒険者ギルドのマスターは病欠らしい。代理だな」
エッジさんは屈強な戦士という見目をしている。戦うのが大好きだぜ、みたいな眼光を放っている。俺を一瞥すると、興味なさそうに視線を逸らした。
サクヤも俺を見るが、戸惑いながら目を伏せてしまった。
「んで、その隣が商人ギルドのマスター、カーリア・アーリア。こう見えて、かなりのやり手だ」
「……こう見えてって失礼ですのね」
露出が激しい服装の、妙齢の女性だった。
セミロングの髪は血のように紅い。髪の隙間から覗く深紅の瞳を見つめると、背筋が凍りそうな、正体のわからない悪寒が走る。
「んで、俺の正面。リハツさんだ。みんなが知っている通り、グラクエのトゥルークリアの功労者だな。それに商人ギルドの依頼もいくらか受けてるんだったな」
「ええ、幾つか頼ませて貰ってますわね。ギルド員の評判は上がって来ていますの」
シュナイゼルさんは満足そうに頷くと、俺の左隣のプレイヤーに視線を送った。
「んで、隣は開拓ギルドのマスター、銀次郎・二宮だ。大体、大陸を回って開拓してくれてるんだが、たまたまロッテンベルグに帰って来ていてな、参加してもらってる」
「よろしくねぇ」
「あ、どうも」
丸眼鏡に小柄でふくよかな体型の男性だった。
素朴、勤勉で真面目そうだ。名は体を表すって奴だな。ただ、年齢は不詳だ。こういうタイプの人は何歳かわからないんだよな。
「で、その隣が攻略ギルドのマスター、アッシュ・カエサル。今、グラクエのトゥルークリアはここがほとんどだ。それに開拓ギルドと協力して未知の領域を攻略したりもしてる」
「よろしく」
「あ、よ、よろしくです」
マスターという肩書に似合わず若い。十四、五歳くらいなんじゃないだろうか。しかし歳不相応に雰囲気がある。かなり中身はしっかりしていそうだ。
堂々と挨拶するアッシュくんと、どもりながら返す俺。どっちが年上かわからないな。
「で、最後は企業ギルドのマスター、トウジ・柳さんだ。プレイヤーというよりは企業側の意見を貰うために出席して貰った」
「よろしくお願いいたします」
「あ、ど、どうも」
起立して完璧なお辞儀をする柳さん。七三分けの髪にスーツと、ザ・サラリーマンという容姿だ。これだけで苦手だ。
俺も倣って、席を立ち一礼すると座った。
「後ろにいるのはギルドメンバーだな。基本的に話すのはこの八人になるから気にしなくてもいいぜ」
「あ、は、はい」
なんだろうこの場違い感は。
帰りたい。俺がいる意味がわからないじゃないか。
なんでギルドの錚々たるメンバーの中に俺がいるんだよ。
『大丈夫なの?』
リリィのWISだ。周囲に音声が漏れなくても、さすがに喋ることも出来ずに、俺はリリィに視線を投げかけた。
『あ、あんた目が座ってるわよ!?』
ふふ、それくらい自分でもわかっているさ。
地に足がついていない。眩暈もしてきた。
もうこうなったらひっそりと、存在感を薄くして過ごすしかない。
「んじゃあ、本題だ。みんな大体想像はついていると思うけど、今日集まって貰ったのは、久々に都市戦が起こるからだ」
室内がざわつき始める。
都市戦、ってなんなんだ?
『名前通りに都市が戦闘区域になることよ。MOBが攻め入ってくるから防衛するって感じね。防衛戦とも呼ばれているけど、メジャーなのは都市戦ね。都市を占拠されたらプレイヤーの負けで、街の大部分は破壊されてしまう。MOBを殲滅したらプレイヤーの勝ちで、参加者の貢献度によって報酬が配られるわ』
なるほど、と俺はリリィに首肯した。
『騎士団ギルドは防衛にあたって、システムから特権を与えられてるの。一つは都市戦が近くなれば先だって情報を与えられるってこと。もう一つは都市戦の際、隊の編成を任されているということ。各隊のリーダーは期間限定で臨時的に結成された隊ごとにチャットが出来るようになるの。統括者、つまりレイドマスターから権限を与えられると、編成された個別の全隊員にグルチャが出来るわけ。リーダー権限みたいな感じよ。ロッテンベルグの大枠の編成は騎士団ギルドのマスターに一任されているわ。各リーダーがその中から自隊の編成する感じね。都市に存在しているプレイヤー全員でレイドするイメージかな。期間限定でヘルプ項目に追加されてるから後で確認した方がいいかも』
リリィの説明を一つ一つと噛み砕き、記憶していく。
待てよ、これってロッテンベルグにいるプレイヤー全員を巻き込む大規模戦ってことだよな?
おいおい、ロッテンベルグには3万以上の人間がいるんだぞ。それ全員が都市戦に参加するのか?
ネトゲのレベルじゃない。これは戦争だ。
「半年ぶりだねぇ」
銀次郎さんが憮然と言った。どうも興味はなさそうだ。
「そうですね。思ったより間が空いてましたね」
カーリアさんは神妙な顔つきだ。都市戦で敗北すれば、街が破壊されてしまうとのことだったし、商人ギルドからしたら由々しきイベントなのだろう。
「ああ、三か月に一回、って感じが続いていたけど、なぜか今回は半年に一回だ。システム側から言えば、多分、ダレてくるのを危惧してのことだったのかもな」
「んなこたぁどうでもいいんだよ、さっさと本題に入りやがれ」
粗暴な口調で言葉を挟んだのはエッジさんだった。
見た目通り、荒々しい性格らしい。俺にとってはお近づきになりたくない人種だ。
「おお、そうだったな、悪い悪い。んで、従来通り編隊を組む。前線部隊は上級以上のプレイヤーと攻略ギルド、傭兵ギルドに任せることになるな。確認だが、スキル値が低いメンバーがいたら、後方に下がらせて適正の場所に配置してくれよ。とりあえず大隊を左翼右翼にわけて、それぞれ二人に指示して貰う感じで問題はねぇか?」
「当たり前だ」
「いいよ。ウチはむしろ前線じゃないと納得しないだろうからね」
エッジさんとアッシュくんが同時に頷いた。どうやらいつも通りの布陣らしい。
「頼む。んで、中間部隊に中級プレイヤーと俺達騎士団ギルド、開拓ギルド。指示はレイドマスターの俺がする。前線から漏れたMOBを掃討するのが基本だな。だからある程度広がって配置する。開拓ギルドは初だが、大丈夫か?」
「んー、そうだねぇ。僕達はあんまりスキル上げしてないから丁度いいかなぁ」
「忙しいところ悪いが、拠点が機能しなくなると開拓ギルドも困るだろ。手伝ってくれ」
「はいはい、了解ぃ」
「後方部隊は冒険者ギルドと初級者プレイヤー。リーダーは……サクヤに頼むか」
「承った。ギルマスの代わりをしよう」
「悪いな。んで、最後、都市内に待機する都市部隊だ。初心者、戦闘職を上げてない生産職や基礎職、あとは企業系のような商売を主にしているプレイヤーはここに入る。商人ギルド、企業ギルドはここだ。基本的には都市内にMOBを入れるつもりはねえが、念のためって感じだな」
都市戦ってこんな感じで担当分けていくんだな、となんとなく考えていた俺だったが、次の一言を聞いて、思考が止まった。
「ここの指揮を、リハツさんに任せたい」
俺は絶句したままシュナイゼルさんを見つめることしか出来なかった。