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第三十九話 厄介事の前兆

「ふっ、ふっ、ふっ!」


 1988、1989、1990……。


「ふっ、ふっ! ぶふっ! んぶぅっ!」


 1991、1992、1993、1994……。


「んぶふっ、ふぶっ、んっぶっ、んんんっ!」

「んぶんぶっ、うっさいのよ!」


 リリィが青筋を立てて絶叫した。怒り心頭、といった感じだ。


 しかし、俺は止める気はない。腕立て伏せをな!


 『小鳥亭』の一室、最早俺の拠点となっている部屋で、俺は何度も身体を持ち上げては、下ろす。やがて2000回へと到達すると、屈伸を終えた。


 『リハツの腕力が0、1上がった』


「よし、上がったぞ、0、1だけな!」


 仮想現実では汗が出ない。体感温度はあるが、体温は上昇しない。そのため運動をしたという実感は薄い。現実ならこの百分の一も出来ないと思う。


 俺は達成感を胸に瞼を閉じた。しかし、リリィにポコッと頭を叩かれて、余韻は霧散する。


「なにするんだよ」

「なんで筋トレしてんのよ!」

「いや、ほら、前にリリィが、フィジは普通の生活でも上がるって言ってただろ? ってことは、MOBと戦わなくても上がるってことだ。筋トレも有効かと思ったんだけど、効率が悪いな」

「色々試すのは悪いことじゃないけど、相変わらず掛け声が変なのよ……なんかいたたまれなくなるからやめて!」


 俺はリリィの言葉にむっとしてしまう。掛け声が変だって? ははは、そんな馬鹿な。俺は呼吸をしていただけだ。

 だが、俺が客観視出来ていない可能性も否定出来ない。ここは大人らしく広い心で受け止めようではないか。


「……まあ、いいだろう。今日はこれくらいにしておいてやろう」

「今日『は』なんだ……」


 げんなりとしているリリィを見て、俺はふっと笑う。


「そろそろ寝るか、明日も早い。メンテはないんだよな?」

「ええ、明日はないみたい」

「そうか、なら明日は港町エムに行ってみようか。ほとんどロッテンベルグから離れなかったからな」

「ほんと!? やっと違う町に行けるのねっ!」


 リリィは嬉しそうに宙を飛んでいる。これだけで機嫌が直るとは、愛い奴め。


「ああ。ってことでさっさと寝るか。もう十一時だし」


 引きこもりをしていた時は、まさか午後十一時頃に寝るのが習慣になるとは思わなかったな。規則正しい生活をしていると、気分的にもかなり違う。


 リリィを朝七時に起こす習慣がなければ、不規則なままだったかもしれないけど。AIなんだから、自分で起きて欲しいとは思うが、頼りにされるのは悪い気分じゃない。


 俺はベッドに横になった。


 リリィは定位置の俺の枕元に着地すると、横になる。俺の寝相は良い方なので、潰される心配はない、らしい。


「おやすみ、リリィ」

「おやすみ、リハツ」


 いつものやり取りを終えると、俺達はゆっくりと睡魔に身を任せようとした。


 しかし、聞きなれない機械音が鼓膜を揺らし、俺は思わず目を開ける。


 『シュナイゼルからコールがあります。繋ぎますか?』


 目の前に出現したウインドウを見て、俺はぼそりと呟いた。


「…………誰だ?」

「んー? どうしたの? WIS?」

「あ、ああ。知らない名前からな……いたずらか?」

「また着信拒否しとけば?」

「それは、そう、なんだけど」


 少し気になる。


 以前、グラクエをクリアした時、見知らぬプレイヤーからWISが飛んで来たことはあった。SWではプレイヤー検索機能はないが、WISで直接名前を入力したり、フレンドリストからコンタクトをとることは出来る。


 だから一時期はフレンド以外は着信拒否をしていたが、最近はそういうこともなくなり外していたところだった。


 ブラックリストに入れるのは少し抵抗があった。話を聞きたいというプレイヤーが大半で、嫌がらせをしようとしているわけではなかったからだ。


 無視してしまうか、とも思ったが、その時の俺はなぜか話してみようと思ってしまう。


 通話を繋げると、相手の声が聞こえ始めた。


『……お、出てくれたか』

「ど、どちら様ですか?」

『悪ぃな、夜分遅くに。一応、サクヤに打診はしてたんだが、俺の名前は知ってるか?』


 シュナイゼル、という名前に聞き覚えはない。サクヤの名前が出たということは、ギルド関係の人間だろうか。打診と言っているということはつまり、冒険者ギルド以外のギルドに所属しているプレイヤーの可能性がある。


 まさか、サクヤが言っていたスカウトだろうか。しかし、こんな時間に?


「……ギルド関係者ですか?」

『へぇ、わりかし察しはいいみてぇだな。その通り。俺は騎士団ギルドのマスターをしてる。シュナイゼルだ。いわゆる古参だな』


 騎士団ギルドとは。


 各都市に支部を持ち、プレイヤーに助力をしたり、都市内などの平和を守っているギルドのことだ。プレイヤーよりではなくシステムよりで、ゲームを円滑に行えるように補助したりするのが主な業務である。


 夜光祭のようなイベントも騎士団ギルドが発案、実行しており、中には初心者を助けるアドバイザー的な役職に就いている人間もいるらしい。俺は会ったことはないが。


 システムに意見を提出したり、部分的に特権を有している。だが、それ自体はプレイに関して有利になるものではなく、あくまでボランティア要素が強いが、多少の報酬は冒険者ギルド経由で貰えるらしい。完全に無償で奉仕するという人間は少ないからだ。


 端的に言えば、自由度が高いことの弊害である、プレイヤーが世界を混沌とさせる事態を防ぐこと。それとプレイヤーがゲームを楽しむような補佐をするために存在している。


 システムからゼンカを引き出している冒険者ギルドと同じようなものだ。


 ギルドは国営、民営、私営にわかれている。


 国営、つまり、システム的な業務が中心のギルドは、冒険者ギルド、騎士団ギルド、商人ギルドなどの、世界的な影響力があり、基盤となる役割を担うコミュニティがそれにあたる。


 基本的な報酬額は少ないが、名誉はある。特に商人ギルドは経済を自分達で回すことが出来る分、多少の裁量は許されている。そのため、一部のプレイヤーは多大な金銭を得ていると言われている。


 次に民営、つまり企業的な一面を持つギルドは、創作ギルド、興業ギルド、企業ギルドなどがある。衛生管理などの経費が必要ないため、飲食関係が多いようだ。


 現実に存在している企業が参入していることが多い。リンクシステムを介在させたクラウドソーシング的な意味合いもあり、クリエイター職の人間もこのギルドに加入する傾向にある。ただしデータのやり取りは現実とSW間では出来ない。


 利潤はさほど高くないためかなりの工夫が必要だと言われている。薄利多売ではなく、商品自体の価値を見出し販売している企業が多い。現実のように、運営費、土地代、税金などの経費がほとんど必要ないため、純利益は大きい。


 SWでは大々的な企業参入を許可していないため、チェーン店の類はほとんど存在しない。大企業の参入もあるが、規模はさほど大きくないのもこれが理由だ。


 以上の理由から、民営ギルドの多くは、汎用性が薄く、特異性とニーズを重視したコンセプトを掲げた企業が多い。漫画、小説などのアナログ的でありながら現実でも繁栄しているエンタメ系や、いつの時代も必要な食料関係の企業が主であり、個人事業主の方が割合が多い。


 企業の人間が商人ギルドに加入して、色々模索しているという噂もあるが定かではない。


 最後は、私営の傭兵ギルド、開拓ギルド、PKギルドなどの、個人的目的に賛同した人間のコミュニティだ。従来のネトゲと同じようなギルドと考えればわかりやすいだろう。


 傭兵ギルドはギルドによって活動方針も変わり、商人ギルドと提携し、移動の際の護衛をしているギルドもあれば、PKギルド根絶を謳っていたり、単純に決闘システムを利用したPVPを楽しんでいるギルドもある。


 話を戻そう。


 騎士団ギルドのマスターとは、一プレイヤーにとっては顔を拝めないほどの上級プレイヤーであり、それだけの地位にある人間だ。


 そんな人間が、なぜ俺にWISを飛ばしてきた?


「そ、それで、何か用ですか?」

『VCじゃあな……悪いが、直接会いたい。明日、騎士団ギルドまで来ちゃくれねぇか?』

「……と、突然ですね。俺は、あなたが、その、マスターなのかどうかも知らない」

『そりゃそうだ。じゃあ、フレ申請をするか。ステも公開してる。それでわかるだろ?』

「それなら……まあ」

『ってことだ。申請を飛ばしておく。確認して、納得したら明日、そうだな……朝九時くらいにギルド支部に来てくれ。話は通しておくからよ』


 相手のペースにはまってしまう。


 粗暴な口調だが、声音は落ち着いている。騎士団ギルドのトップとなれば、人格者でなければ難しいだろう。


 しかし、だからこそ俺は気後れしてしまう。


「え、えと、その」

『じゃあ、悪いが頼むぜ』


 『シュナイゼルとの通話が切断されました』


 プチッと遮断された音声が聞こえると、画面が消失する。


「あ、ちょ!」


 俺の制止の言葉はシュナイゼルさんには届かず、虚空へと消えた。


 そして間髪入れずにシステムメッセージと共に再び画面が浮かび上がる。


 『シュナイゼルがあなたにフレンドを申し込みました。受諾しますか?』


 少しだけ悩んだが、申請を受諾した。


 シュナイゼルさんのステに目を通す。そこには確かに騎士団ギルドのマスターであると明記されていた。


「……なんか、厄介なことに巻き込まれちゃった感じがするわね」

「あ、ああ……本当にな」


 彼の真意もわからず、俺は深い溜息を漏らすことしか出来なかった。


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