第三十八話 冒険者ギルドは今日も平和です
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あれからさらに一か月が経過した。今日は、二回目の現実での診断を終えた翌日だ。
ロッテンベルグ施設区画フレイアル通り1ノ88。そこにあるのは冒険者ギルドだ。俺とリリィは昼過ぎにギルドを訪れていた。
店内に人はまばらで、受付も忙しそうではない。みんな昼食に行っているのだろう。
受付は五人いる。その中に見知った顔を見つけると、俺は近づき声をかけた。
「よう」
「リハツとリリィか。いつも悪いな」
「構わねえよ」
「あたしは大したことしてないし」
サクヤは営業スマイルから一転、鉄面皮をかぶる。
いつも和服を見ているので、スーツのような服装は違和感がある。というか似合っていない。本人には言わないけど。
俺は会計石に手をかざし『巨人族の鍛造鉄』を渡した。
「ふむ、確かに。品質も高いな」
「苦労したんだぞ。低品質ばっかりだったし」
巨人族の中でも最弱の『巨人族の老兵』ばかり狙ってたせいでもある。『爛れた者共の樹林』で俺が倒せるのはこのMOBだけだ。
老兵のドロップ率は悪いし、高品質の『巨人族の鍛造鉄』を落とす確率も低い。
「もう老兵は見飽きたわ……夢に出そう」
「すまないな。公募の依頼とは違い、商人ギルドに所属する顧客の依頼だからな。私達も慎重にならざるを得ないのだ。信用出来るプレイヤーも限られるし、何より必要数を確保出来るプレイヤーが少なくてな……それに、グラクエの一件からおまえに対する信用度がロッテンベルグ中で上がっている。特に傭兵ギルド、騎士団ギルド、攻略ギルド、商人ギルドでは影響が大きかったらしいのでな」
「……たまに聞かれるんだったか?」
「それとなく情報を得ようとしているようだな。冒険者ギルドが個人情報は漏らすことはないが……もしかしたらスカウトしたいのかもしれん」
「勘弁してくれ。もうグラクエも殆どトゥルークリアされてるんだろ?」
「らしいな。だが、優秀な人間は引き込みたいと思うのもわかる。唯才是挙、とも言うしな」
「過大評価ほど困るものはないな」
「ふむ、私はおまえが過小評価をしていると思うが、こういう話をリハツは好かないのは知っている。別の話にしよう」
「別って、仕事中だろ?」
「人がいるか?」
サクヤは顎をしゃくり、店内を指し示す。
客の姿はいつの間にかなくなっていた。つまり暇だ、ということだ。
「昼時とは言え、少ないな」
「最近、冒険者ギルドの支店が、新たにロッテンベルグに出来てな。こっちは閑古鳥が鳴いている」
「なんでそんなことになってんだ?」
「例のグラクエトゥルークリア判明から、ロッテンベルグの人口が著しく増加したのだ。一時的なものかと思われたが、この地を気に入った人間が思ったより多かった。それで手が回らなくなったのだ。元々、ロッテンベルグの人口は3万近くいたし、自店だけだとかなり厳しかったからな。それで丁度いいとばかりに、出店したというわけだな」
「なんか、すまん」
「気にする必要はない。私としては、私の完璧な接客を披露する機会が減ったのは悔やまれるが、人が多ければいいというものでもない。一人一人丁寧に接客が出来るようになったという利点もあるからな」
「……接客業好きなら受付じゃなくて、ウエイトレスとか商売とかしたらいいんじゃない?」
リリィの提案に、サクヤは即座に首を振る。
「残念ながら金に興味はない。それに私にウエイトレスが似合うと思っているのか?」
想像してみる。黒髪美人、スラッとした体型の女性がひらひらフリルの制服を着る。ここまではいい。だが、その後がまずい。
しなを作ったサクヤがニコッと笑い一言。
『いらっしゃいませぇ♪ 何名様ですかぁ?』
「サクヤアアァッ! 正気に戻れエェッ!」
俺の絶叫がギルド内に木霊する。安心して欲しい。客がいないことをわかってるから叫んだのだ。俺は空気を読める男なのだからね。
「も、もうっ! いきなり叫ばないでよっ!」
「私は正気だ。おまえが正気に戻れ」
「はっ!? も、妄想か……」
「夢か、という人間がいるのはわかるが、妄想か、という人間がいるとは思わなかったぞ」
「……時折、俺の中の猛獣が、な」
「厨二病全開だな。まあ、いい。とにかく、また調達を頼むと思うが、いいか?」
サクヤの冷たいけれど、ちゃんとツッコんでくれるところ、俺は好きだぞ。
「まあ、ついでだったし構わんさ。こつこつ集めるのは嫌いじゃないし」
「私は好きじゃないんだけどね……」
「すまんな、リリィにも世話をかける」
「……一応、こいつはあたしのマスターだし、手伝うのはやぶさかじゃないわ」
「助かる。ところで、またスキル上げだったのか?」
「ああ。中々上がらないけどな……」
特殊ハイブリット型のフェアリーテイマーの弊害だ。スキル値が中々上がらない。本当に上がらない。サクヤよりもスキル上げしているのに、同じ、いやそれ以下だ。
スキル値は60まではかなり上がりやすく、60からは上りが悪くなり、80からは更に悪くなる。100、120、140毎に上昇率が低くなるのだ。
一時期120以降はないのでは、と言われていた程らしい。140以降は噂レベル。あるという情報はあるが、140を超えているプレイヤーは周知されていない。
視力だけはかなり上がってるんだけどな……。
「ふむ、ジョブによっては一部スキル値が上がりにくくなるものもあるとは聞いている。フェアリーテイマーもそうなのだろうが、ステータスカードを見ると、全体的に芳しくなさそうだな」
俺はサクヤやレベッカ、ニース、ミナルとステータスカード交換している。他者のプロフィールやステを閲覧出来るものだ。一応、常時公開とか一時公開とか設定も出来るので比較的気軽に交換出来る。
俺達の場合は常時反映されるようになっているので、サクヤには俺のステは丸わかりだ。
ゴーレム戦から現在にかけて、俺はスキルを上げ続けた。しかし視力スキルは40以降、アクティブ、パッシブスキル共に何も覚えない。このスキル、この先、役に立つんだろうか……。
「視力スキルって、上げたらどうなるんだ?」
「さあ、どうだろうな。大概は上級アイテム鑑定を覚えたら放置するプレイヤーが多い。かなり時間をかけて、60まで上げても何も覚えなかったと言われているからな。リハツがやっている方法で上げている人間は少ないだろうから、時間もかかったのだろうが」
「……やっぱり、特殊なのか」
「それはそうだろう。手間もかかる、時間もかかる、リスクも高いし、上昇率は低い。通常のスキルに関しては、同程度の敵と戦った方がスキル上昇率はかなり高いわけだからな。視力だけ見れば……強敵と戦う方がいい、とリハツに聞いて知ったが。誰でも出来る方法じゃないだろう。少なくとも私には無理だ。即死する自信があるぞ」
約二か月『爛れた者共の樹林』でスキル上げをしていた。途中サクヤ達とパーティーを組んだりもしたが、その時は適正の狩場に行っていたのだ。だから、他のスキルもある程度上がっている。
頓挫させるのは憚られたから、ソロの時には視力を中心にあげていたが、止め時なのかもしれない。
ゴーレム戦での集中力は俺自身によるものなのか、それとも視力スキルによるものなのかはわかっていない。多分、前者だと思う。ステに変化はなかったし。
捨てスキルなのか? しかし、随時調整しているSWでそれがあり得るのだろうか。だが、グラクエトゥルールートのクソゲーレベルの高難易度という実績もある。
俺は悩んでいた。今は初級レベルだから方向転換も気軽に出来るが、スキル値が80を超えた後は、スキル上げに多くの時間を費やすだろう。指針を間違えばやり直しをしなければならないかもしれない。
「にゃ? 話し中かにゃ?」
俺が思案していると、キャリナの女の子が近づいてきた。
「ん? ああ、にゃむむか、どうかしたのか」
「んにゃ。特になにもないにゃ。ちょっと興味があっただけにゃ。あのRがどんにゃプレイヤーなのか、知りたかったのにゃ」
R、ってなんだ?
チラチラと俺を見るキャリナの子。初対面だ。だが、なんだろうか。緊張しない。それは彼女の放つ、暴力的な程の愛玩動物らしき魅力がそうさせるのだろう。
ニースよりさらに低く、小柄のキャリナだ。低身長のおかげで、丁度いい場所に頭があり撫でたくなる。さすがに初対面でしないけど。
「ほう、そうか。そう言えば、にゃむむには紹介していなかったな。こいつはリハツだ。私の友人でありフレでありライバルだ」
「ほほう、サクにゃにそこまで言わせるとは、にゃかにゃかなのにゃ?」
『にゃ』のゲシュタルト崩壊である。なにこの破壊力。
「こっちは、にゃむむ、冒険者ギルドメンバーだ。こう見えて経理主任であり、庶務も行っている」
「よろしくにゃ! 噂はサクにゃから聞いているにゃ」
「よ、よろしく、リハツだ」
「で、あたいはアキラだ」
気づけば、サクヤの背後にドラグーンの女性が立っていた。一目で男勝りだとわかる風貌をしている。姉御! と呼びたくなるような衝動に駆られてしまう、そんな女性だ。
にゃむむとは違い緊張してしまう。リア充的な雰囲気を出している人間や、明らかに俺とは住む世界が違う相手だと余計に。アキラさんは後者だ。
「アキにゃ、いつの間にいたにゃ?」
「今、さっきだよ。あたい抜きで楽しそうにしてたら寂しいじゃねえの」
「こう見えて、アキラは寂しがり屋なのだ」
「う、うっせえな! サクヤもそうだろ」
サクヤはカッと目を見開き、気合いと共に吠えた。
「私は寂しがり屋ではない。寂しいのだ!」
「お、おう、なんか悪かったわ……」
自然とリリィと目が合うと、同時に苦笑を浮かべた。なんとも仲の良いギルドらしい。こういう場は、前は苦手だったけど、リリィがいてくれるおかげでいつも通りでいられる。
一人だったら「そ、そろそろ行かないと用事が、デュフッ」とか言っていただろう。
「なにをしているのかね?」
奥の部屋から渋めの男性が現れた。歳は四十代くらいだろうか。皺一つないスーツを着て、両手を後ろに回している。
ダンディという言葉が最初に浮かぶ。きっと、しっかりした男性で、何をしても「ほほほ、そうかいそうかい」と笑って許してしまう。そんな性格をしているんだろうな。
「プギャアアアアァ! Rが現れたァァァっ! 通報プギャブゥッル! ギャプギャプギャップルルゥッ! ここから去るプギャッ! 評価、評価、1で評価ぁあぁ、プギャギャッ! 去れ、去れぇぇい! プギャはギルドを守るギャプゥッ!」
…………。
なにこの人ぉっ!?
怖い怖い、目が怖い。言動が怖い。両手を翼に見立ててバサバサ振り回している。あれだ、近寄ってはならない人物だ。リズミカルにギャププギャ言ってる。
イッちまってるぜ! と言わんばかりに狂喜乱舞している男性を見て、俺はゆっくり冷静に言った。
「そろそろ行かないと用事が、プギャ」
口調が移ったじゃねえか!
「ギャププッ、ウプッ!?」
嗚咽漏らしてますけど!?
「ギ、ギルマス落ち着くにゃ。もう終わったんだにゃ、もう平和なのにゃ! 世界から争いがなくなることもあるのにゃっ!」
にゃむむとアキラは四苦八苦しながらギルマスと呼ばれた、ちょっとイッちゃってる男性を止めようとしていた。
「おい、暴れんなよ! くっ、このおっさんはっちゃけ過ぎだろ! サクヤも見てないで手伝ってくれ」
「……心得たくないが、心得た」
アキラが羽交い絞めにするも、尚もギルマスはバサバサと手を振り俺を威嚇する。
俺がなにかしたのか?
「リハツ、すまんが今日は帰ってくれるか。見ての通り、ギルマスがご乱心中なのでな」
「あ、ああ。なんか悪いな。それじゃ」
「ああ、また連絡する」
サクヤに手を振り、俺はその場から逃げるようにギルドから出た。
店内からはまだギルマスの奇声が聞こえた。
世の中いろんな人がいるもんなんだな。一つ、勉強になった。出来れば、もう二度と会いたくないものだ。
しかし今後も依頼が来るとなると、ギルドに行かないといけないしな。どうしたもんか。
肩に座っているリリィが無言なのが気になり、ふと視線を移すと、俺の首筋に抱きついたまま微動だにしなかった。
「おい、どうした?」
「ひゃああっ!? な、なに、なによ、なんなのよ!?」
「なにって、どうしたって聞いただけだけど」
「え? あ、べ、別に? な、なんでもないっていうか、なにもなかったっていうか」
気恥ずかしそうにしながら、俺の首から離れるリリィだったが、耳まで真っ赤だ。
「……怖かったんだな」
「う、うっさいわね! いきなりあんなの見せられたら怖いの当たり前でしょ! ばかっ!」
今日一つ発見した。リリィはオカルトは怖くないが、突発的なことには弱いということを。
こいつ、意外に弱点多いよな。完璧な性格よりは愛嬌があっていいけど。
リリィは俺から顔を逸らしたままだった。それでも肩から降りる気はないらしい。
俺はリリィの様子に小さく笑うと、大通りを歩いた。
ギルマスと呼ばれた男性の雄姿を思い出し、世の中広いなと思いながら。