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第三十五話 スキルアップとしばしの休止

 巨木に囲まれた地点、そこが俺の狩場だ。


 樹林の駐留地点から一時間ほど行った先にある場所だった。居住エリアから遠いため、MOBから逃げることには距離をとる方法しかない。


 MOBにはアクティブ、ノンアクティブの二種類がいる。近づくか、或いはなにかの行動を起こせばタゲってくるのがアクティブ。攻撃しない限り絡んで来ないのがノンアクティブだ。


 以前、ニースが複数のガーガーに絡まれて逃げていたが、ガーガーは同種リンクのタイプだった。


 アクティブには視覚、聴覚、嗅覚、魔術神術感知がある。その名の通り、様々な行動に気を遣わなければ、気づかない内に多数のMOBの標的になっている、なんてことも少なくない。


 そして別途同種リンクが存在している。これはMOBと戦っていると、近くの同種族のMOBがリンクするということだ。


 つまりSWのみならずネトゲではMOBの特性を熟知しなければならない。昨今では、MOBの頭上に特性を示すアイコンなどが出ている場合もあるが、SWではそれはない。


 俺とリリィは周囲を見回すと、MOBがいないことを確認した。


「昨日と同じ配置みたいだな」


 SWでは随時アップデートが行われている。そのため、時間経過に伴いMOBの配置、強さなどが変わる可能性があった。今の段階では問題なさそうだ。


「そのようですね」


 リリィが無感情に言う。


 これが代替人格だ。慇懃な感じで慣れないが仕事はしてくれる。わかりにくいので、仮リリィと名付けよう。リが多すぎて呼びにくいけど。


 やっぱりいつものリリィじゃないと違和感がある。リリィには素っ気なくしたが、内心では寂しいとも思っていた。


「じゃあ、釣ってくるから」

「はい」


 俺は巨木前に仮リリィを残し、草木に分け入った。


 黒魔女の森とは違い、自然の猛威を感じる景観だ。植物たちが我が物顔で聳え立っている。アマゾンの奥地とかこんな感じなんだろうか。


 少し進むとMOBを見つけた。


 巨人族だ。衣服は腰布だけで、半裸。髪と髭は伸びっぱなしで、眼光は鋭い。棍棒を手に持ち、皺だらけの顔を周囲に向けている。


 アナライズで敵を解析すると、『あなたの敵う相手ではない』『弱点は水属性』『視覚感知型』とメッセージが出る。そして腹部が赤く光った。あれが弱点の場所だ。


 簡易的だが敵の情報を知ることが出来るようになったのは助かる。


 俺は袋からスローイングナイフを取り出し構えた。

 出来れば弱点に当てたいところだが、俺の投擲スキルは低く、命中率もダメージも高くない。練習が必要だな。


 一呼吸おいて、ナイフを投げた。

 すると、巨人族の腹に見事に的中する。


 『リハツはスローイングナイフ(弱)を巨人族の新兵に投げた』『巨人族の新兵はクリティカル、2のダメージ』

 『リハツの投擲スキルが0,4上がった』


 クリティカルでも2か。いいんだ、わかってたからな!


 巨人族は俺に気づき、怒りの形相で迫って来る。

 何度見ても怖いんですけど、その顔。


 俺は踵を返し、巨木まで全力疾走した。


「来たぞ!」

「かしこまりました」


 冷たく言い放つ仮リリィ。その様子を受け、俺は巨人族に向き直る。


 『リハツは巨人族の新兵にプロヴォークを放った』

 『リハツのヘイトスキルが0,4上がった』


「よし、いいぞ!」

「はい」


 『リリィはリハツを応援した』『リハツのVITが僅かに上昇』

 『リハツの使い魔強化スキルが0,2上がった』


 巨人族が巨大な棍棒を振りかぶる。まるで小さな山が動いているようだ。


 『巨人族の新兵はリハツを攻撃した』『リハツは回避した』

 『リハツの視力スキルが0,2上がった』

 『リハツの脚力スキルが0,1上がった』

 『リハツの体力スキルが0,1上がった』


 俺はひらりと躱す。


 動きは鈍い。集中すれば当たりはしない。


 『リハツは巨人族の新兵にクリス・クリスを放った』『巨人族の新兵に1のダメージ』『巨人族の新兵に1のダメージ』『巨人族の新兵に1のダメージ』


 クリス・クリスは三連続の突きだ。使い勝手がいいが、攻撃時間は単発より長く、使いどころを間違えるとMOBの反撃をくらってしまう。


 1が最低ダメージなため、長時間戦えば勝てなくもないが、そんな非効率的なことをしに来ているわけではない。


 俺の目的はスキル上げだ。巨人族はソロなら平均でスキル100は必要な相手で、俺が敵うわけがない。当然、倒すことは難しいし、ダメージを与えられないため、腕力や短剣スキルはほとんど上がらない。


 だが、回避することで、視力、脚力、体力スキルは上がる。特に視力スキルの成長は著しい。プレイ始めではまったく増えなかったのだが、恐らくは強敵と戦うことが条件だったのだと、俺は結論付けた。


 事実、黒魔女の森で、ゴーレムと戦ったあとに視力スキルが10近く上がっていた。たった一戦でこれだ。それで視力スキルだけが突出しているというわけだ。


 今回、わざわざ遠出したのは、スキル上げに加え、回避しつつ円滑に攻撃するという目標がある。回避だけに集中すれば、完全に避け続けることは難しくない。当然、長期戦になればなるほど集中は削がれてしまうが。


 なぜそんなことをしているのか、それはフェアリーテイマーのステは他の専門職やハイブリッドに比べ低いというところにある。特にスキル値が上がれば上がるほど差は歴然とするだろう。


 器用貧乏なスタンスでなにかに特化しなければ今後、厳しいだろうとの考えからだ。タンクのように攻撃に耐える防御力もなく、アタッカーのように火力もない。そのため、俺はゴーレム戦で掴んだプレイ方法『回避しつつ攻撃をする』という手法を選択したわけだ。


 視力スキルが今後、どのような方向で成長するのかは知らない。サクヤやレベッカに聞いてみたが、視力スキルに関しては育てているプレイヤーが少ないため、情報もないらしい。


 大体が、アナライズ、アイテム鑑定、遠視あたりで気にしなくなるらしい。かなり上がりにくいし、俺のような方法で上げるにはリスクが高すぎる。回避を重要視しているプレイヤーは少ないということだろう。


 問題は、回避だけしているとヘイトを稼げないし、ダメージを与えられないということだ。ゴーレム戦では無心で戦ったが、その後何度か挑戦してみた結果、あの時のような動きは出来なかった。


 だからこそ、ゴーレムに近いMOBと戦い、あの時の感触を掴もうとしているというわけだ。そして、さらにもう一つ目的がある。


 俺は右手の黒銀刀で巨人族の腕を斬りつけた瞬間、クイック・イクイップを発動し、右手の武器を瞬時に交換した。


 『リハツは右手にカーマインダガーを装備した』


 クイック・イクイップとは、戦闘中、非戦闘中どちらでも使用可能な、瞬間的に装備を変更するシステムだ。


 発動条件は、敵を攻撃している最中、以外で使用すること。つまり、敵を斬っている最中や、魔術や神術などのスキルを発動中は使えない。しかしこれには例外がある。


 スキルや通常攻撃後、すぐにクイック・イクイップを使うことで攻撃やスキルをキャンセル出来るのだ。


 いわば格闘ゲームのようなものだ。


 タイミングは非常にシビアで、思考操作との兼ね合いもあり、発動しないことも多い。


 しかしこれには利点がある。


 まずスキルコンボが出来るということ。本来スキルを使用すると、その後に硬直時間がある。身体は動かせるが、他のスキルをすぐに使用出来ない。もちろん、使用したスキル自体にはクールタイムがあるため、キャンセルした後に発動するスキルは、別のスキルということになる。


 簡単に言えば、硬直時間をなくせる、ということだ。そのため、攻撃回数が増える。もちろん、使用に伴いSPは消費するし、クイック・イクイップ後は通常攻撃が出来ない、というデメリットもある。


 これはSWで流布されているプレイングスタイルだ。ただ、MOBとの戦闘で使うにはタイミングの難しさ、思考操作の熟練度、SP消費の激しさなどの観点から、使いこなしているプレイヤーは多くないらしい。


 そして回避をしながら、クイック・イクイップを連続的に使用し、攻撃やスキルをキャンセルし、さらにスキルに繋げ、また回避し、という繰り返しの動作をするのは大変で、その割に効果自体は顕著ではない。だからサクヤ達は俺の戦い方に驚いていたのだ。


 それはそうだろう。こんなやり方、面倒だし、手間はかかるし、疲れるし、集中力は使うし、一回ミスったら死ぬか致命傷を負うしで大変だ。


 タンクはAGIが低いから、よほど大きな予備動作がある攻撃以外は回避するのは難しいしな。AGIは身のこなしに直結する。そうなるとアタッカーよりのタンクでなければならない。だが、そうなると防御力が低いのが常だ。俺もそうだし。


 そのような理由から、クイック・イクイップの主な使い場所は、耐久が減った武器交換とMOBへのとどめ時に使用する、というところらしい。とどめに使うプレイヤーも多くはない。思えば、サクヤとレベッカも使っていなかった。単に慣れていなかったのかもしれないが。


 昨日は一時間ほどが最長記録だ。そこで一撃くらい、死んでしまった。ホームポイントは『樹林の駐留地点A』にしている。俺が滞在している場所だ。だから戦闘不能になっても問題はない。


 さて、今日はどれくらい避け続けられるか。


 『巨人族の新兵はフルスイングをリハツに放った』『リハツは回避した』

 『リハツの視力スキルが0,2上がった』

 『リハツはダブルバイトを巨人族の新兵に放った』『巨人族の新兵に1のダメージ』

 『リハツは右手に黒銀刀を装備した』

 『リハツはスラッシュを巨人族の新兵に放った』『巨人族の新兵に1のダメージ』

 『巨人族の新兵はリハツを攻撃した』『リハツは回避した』

 『リハツはサマーソルトを巨人族の新兵に放った』『巨人族の新兵に1のダメージ』


 スキル値は必ず上がるわけではない。しかし、長時間続ければ少なからず上がる。


 高揚する。レベル上げとか、高難易度に挑戦するのは好きな方だからな。絶対に無理と言われるとクリアしたくなる。


 俺の身丈の三倍はある巨人族を前に、うっすらと笑った。


   ▼


 『樹林の駐留地点A』に俺は舞い戻った。


 死んだんだよ。うん。


 光の粒子に包まれた俺の身体は、浮遊し地面に降り立つ。


「……ですよねぇ」


 今日、すでに15回目の帰還である。

 ま、まあでもスキル値も上がっているし、無駄じゃないよな。


 俺は悟った笑みを浮かべていた。視線の先には仮リリィが浮遊している。無感情な表情で視線を投げかけて来る。命令を下さいと言っているようだった。


 もう夕刻だし、そろそろ今日は終わりにしようか。さすがに疲れた。


 俺が入口から茅屋へと戻ろうとした時、リリィの表情が一変する。はっと目を見開き、きょろきょろと辺りを見回すと、俺を見た。


「た、ただいま」

「ああ、帰ったのか。おかえり」


 長い時間のメンテを終えたらしい。リリィ曰く、疲労はないが、なんとなく違和感が残るらしい。ずっとSWにいるのが当たり前のリリィにとって、この場から離れるのは慣れないのだろう。


 しかし、今日のリリィはいつも以上にそわそわしている。


「どうかしたのか? なにか問題か?」

「問題、っていうか……その、実はね」

「おう、どうした?」


 リリィは言い難そうに目を伏せ、ちらっと俺を一瞥しては視線を彼方へと向ける。


「言い忘れてたことがあって」

「なんだよ」


 疑問符を浮かべつつ、問い返す俺だったが、突然UIに見慣れないメッセージが現れ、ピコっという効果音が聞こえた。


「ん? なんだ?」


 『リハツ様 ログインから一か月が経過しました。診断のため、一時ログアウトしていただくようにお願いいたします。対応いただけない場合、五分後に強制的にログアウトします』


 そう書かれてあった。


 俺は疑問を色濃くする。あまりに突然の出来事だったからだ。いくらなんでも早急過ぎる。事前に連絡してもよさそうな内容だった。


 ふと、リリィを見ると乾いた笑いを浮かべていた。


「おい、そこの妖精」

「な、なにかしら?」

「まさか、俺に報告し忘れたとかじゃないだろうな?」

「そ、そそそ、そんなことあるわけないじゃない?」

「なら、なんでそんなに動揺してる」


 完全に狼狽えている。これは間違いなく、思い当たる節があるな。


「……わ、忘れてた。えへっ」


 こつんと頭を叩き、誤魔化すリリィ。


「……しっかりしてくれ」

「そ、そんな風に言わなくてもいいじゃない。あ、あんただって最初に、一連の流れは聞いているはずよ」

「放心状態だったからな……というか、おまえも救済プログラムを受けるプレイヤーはまともな精神状態じゃないって言ってじゃないか」

「あっれぇ、そうだっけぇ? わ、忘れちゃった、てへっ」


 誤魔化すのが下手すぎるんですが、この妖精は。

 俺は嘆息し、UIの設定を選択。そこにあるログアウトの文字を確認した。


「はぁ、帰るとなると気が重くなってきたな」

「あたしも我慢してるんだから、あんたも我慢しなさいよ。多分一日近くかかるわよ」

「なんで、こんな時間に」

「人が多いからじゃない? とにかく、時間もないし、さっさと行った行った!」

「わかってるよ」


 リリィに急き立てられ、俺はログアウトした。


 『ログアウトまで40秒かかります。操作をすれば中断されます』


 秒数が進むごとに、徐々に意識が薄れていく。視界が暗くなり、やがて景色は見えなくなると、俺は意識を失った。

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