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セカンダリィ・ワールド RMT  作者: 鏑木カヅキ
グランドクエスト編
35/105

第三十三話 すれ違いの結末

 夜光祭は続いている。


 一週間前、ニースとリリィと歩いた大通りは無数のグロウ・フライで彩られている。


 今の心境は違う。たった一週間で多くの変化があった。


 あの時に比べると自分に自信を持てたと思う。けど、やっぱり多少はわかっただけで見違えたというほどではないだろう。


 いいんだ。少しずつ変わればいい。


 リリィとの時間は短かった。けれど最初にいてくれたのがリリィでよかった。彼女のおかげで俺は前向きになり自分と向き合うことも出来たのだから。


 俺の後方には三人が並んでいる。

 会話はない。気まずく思いはしないが、悪いな、とは思う。


 施設区画へとやって来た。もうすぐギルドに到着する。


 時刻は十時五十分。急ぎ足で来たおかげでなんとか閉店には間に合いそうだ。


 空を見上げ、一週間の出来事を思い出す。感慨にふけっていると冒険者ギルドに辿り着いた。


 入口を見るともう人はまばらだ。

 俺はそのままギルドの中に入ろうと歩を進めた。


 しかし、ちらっと見えた光景に思わず足を止めてしまう。


「リハツ……」


 リリィがいた。


 入口の脇にある、柵の上でぽつねんと座っている。淡い光を放ち、粒子を零している。その姿は最初に出会った場面を想起させた。


 しかし表情は暗い。初対面の時に見せた、強気な姿勢も、見る人を明るくさせる笑顔もそこにはない。


「……リリィ」


 どうしてそこにいるのか、という疑問は言葉にならなかった。


 無言のまま俺達は時間を過ごす。


 ニース、サクヤ、レベッカは後ろで見守っているのがわかる。


 なにか言うべきだろうか。


 もう、彼女に対するわだかまりはない。一方的に感情を押し付けたことへの謝辞しかなかった。


 そうだ、謝ろう。


 そう思った時、リリィが口を開いた。


「ごめん」


 なにを言っているのかわからなかった。

 俺の方が彼女を困らせていたというのに。


「謝る必要はないぞ」

「でも、あ、あたし、言い過ぎたし」


 確かに少し言葉はきつめだった気がする。


 でも俺は気にしていない。傲慢だったのは俺の方だったのだ。


「気にするな。もう気にしなくてもいい」

「で、でも!」

「いいんだ。もう我慢しなくていい」


 俺はリリィに笑いかける。


 時間がない。リリィの希望はもう叶うのだ。だったら、すぐにギルドで報告を済ませ、転職出来るようにならなくては。


「悪い、リリィ待たせてごめんな。すぐに報告して転職出来るようになるから。そうしたら、リリィも解放される」

「え? ど、どういう」

「どういうって、リリィが言ったんじゃないか。もう解放して欲しいって。時間がもうないし、そろそろ報告をしないと間に合わないからな。大丈夫だ。もう心配しなくていい」


 俺の言葉にリリィは黙りこくる。

 嬉しくないのか? 散々言ってきたことなのに。


「……な、なによそれ」

「なにって……おまえがそう言ってたんじゃないか」

「やっぱり、怒ってるんじゃない!」


 憤るリリィに俺は戸惑ってしまう。


 意味がわからない。怒ってなどいないのに、なんでそんな顔をするんだ。


「お、怒ってないって。リリィの願いを叶えようとしているだけだ。おまえは、お役御免だって、もうさっさと転職出来るようになれって何度も言ってたじゃないか」

「あ、あたしは……確かに、そう言ったけど」


 時刻は十時五十五分。ギリギリだ。


「あと五分しかない。悪いけど、話している暇はないんだ。リリィもさっさと帰りたいんだろ」


 リリィの行動や言動は不可解で矛盾だらけだ。もしかしたら俺が怒っていると思って自分を責めているのかもしれない。だったら行動で示せばいい。


 報告をすればリリィも消える。そうなれば、もう俺のことを気にする必要もない。


 俺はギルドの中に入ろうとしたが、リリィに止められた。


「ま、待ってよ!」

「なんなんだ、時間がないんだ。ここまで先延ばしにしてきたことに決着をつけようとしているだけだろ。どうしたいんだよ、おまえは」

「どうしたい……って、そんなの」


 また閉口した。


 少し苛立ってしまう。リリィがなにをしたいのかわからない。


 リリィの言葉は要領を得ない。確かに、俺は身勝手に振る舞った。そしてリリィを巻き込んだ。しかしそれを反省し、今、終わらせようとしているのに。


「報告するなってことか?」

「そうじゃない、けど」

「だったらなんなんだよ! もう、いい加減にしてくれ! 俺の勝手でおまえを引き止めたのは謝る。悪かったと思ってる。けど今はおまえの望みを叶えようとしているのに、おまえは俺の邪魔をする。わけがわからない。なにがしたいんだよ、言わなきゃわからないんだよ!」

「い、言わないとわからないの?」

「わからねえよ! おまえが俺と一緒にいるのがイヤだって言ったんだろ! 俺の顔は見飽きたんだよな? 気持ち悪いんだよな? だったら止める理由なんてないだろ! 俺だって色々考えた。おまえに色々言われても我慢した。なのに、おまえはここで俺を引き止めて何がしたいんだよ! 全部おまえが言ったんだろうが!」

「……だって、しょうがないじゃない! そうしないといけなかったんだから!」


 逆切れだ。殊勝な態度から一変して居直った。その態度に、俺は更に腹が立ってしまう。


「なんだよそれ、だったら理由を言ってみろよ!」

「う、うるさい! 言えないのよ!」

「はいはい、嘘なんだろ? 自分が言っておいて、あとから文句を言われるのがイヤだから、責任転嫁してるんじゃないか!」

「してない! 本当にしょうがなかったのよ! あたしは、あんたの傍にいられなかったんだから!」

「はぁ、もうわかった。とにかく話しても無駄だ。おまえは理由も言わずに俺を引き止める。なら俺も自分の思うように行動するだけだ」


 これ以上ないほどにムカムカした。頭に血が上った俺は、そのままギルドに入ろうとする。リリィが身体で止めようとするが、構いはしない。手で退かせて、強引に中に入った。


「ま、待ってよ! 話は終わってない!」

「始まってもねえよ!」


 もう十一時一分前だ。さっさと終わらせないといけない。ギルドが閉まってしまうし、営業時間を延ばしてもらうのは忍びない。延ばせるのかどうかも、俺の頭にはなかった。


 受付へ向かう途中、何度もリリィは邪魔をする。その度に苛立ちが大きくなった。


 やっと諦めたのか、リリィが視界から消えた。


 これでもう全部終わる。それでいい。


 受付にはドラグーンらしき女性が座っていた。短髪で中性的だ。


 俺はその女性に話しかけようと口を開いた。


「一緒にいたいのよ!」


 背後から聞こえたリリィの声に俺は思わず、足を止めてしまう。


 なにを言ったのか一瞬、理解出来なかった。言葉の意味を飲み込もうとした時、受付の女性が柔和な笑みを浮かべて、台の上にカードを置いた。そこには『受付出来ません』と書かれていた。


「営業時間外です。申し訳ございませんがお引き取り下さい」


 と、完璧な笑顔で言われてしまった。


 俺は逡巡した後、ギルドを出る。


 そしてリリィの言葉を脳内で繰り返した。反芻しても意味がわからない。

 今までの行動や言動から、さっきの言葉にはまったく繋がらなかった。


 大通りの人は少ない。もうみんな宿か自宅に戻ったのだろう。


「リ、リハツ……」


 リリィは顔をしわくちゃにして、泣いていた。月明りに照らされた涙は、地面へと滴っている。蒼い月を背景にしたリリィの姿は幻想的で、初めて会った時とは違う神秘性を秘めていた。


 俺は前後不覚の状態だった。


 なんでリリィが泣いているのか。なんでリリィがあんなことを言ったのか。なんでリリィは俺から離れたいと言ったのか。それらを統合しても明確な答えは得られない。


「ご、ごめん……ぐすっ……ごめんなさい……あ、あたし、あたしあんたに酷いこと言った……で、でも本当に本意じゃないの……ごめん、ごめん」


 俺が泣かせた。俺のせいで泣いている。


 リリィがなにを考えているのか見当もつかない。何か理由かあって俺を罵倒していた、という言葉も説明がない。納得出来るはずがなかった。


 けど、リリィがあまりに必死だと理解してしまった。


 疑問は消えない。正直、理不尽だとも思う。でも俺のせいでもあると思った。

 動揺してしまう。情けなくおろおろしてしまった。


「……お、俺も悪かったよ、言い過ぎた。ご、ごめんな。だから、泣くなよ」

「だ、だって……リハツが……怒ってるんだもん……あ、あたしが悪いんだもんっ」


 女の涙に敵うものはない。


 もしも演技ならば、泣けば済むと思っているのだったらそんなのはどうでもいい。でもリリィは本気で悪いと思っているんじゃないか。


 短い付き合いだったけど、その間、リリィは弱音なんて吐かなかった。文句や愚痴は言ってもそれは本心ではないとわかっていた。弱い面を見せることはなく、そしてそれが当たり前だと思っていた。だってリリィはAIでNPCなんだから。


 しかし今、目の前にいるリリィは一人の女の子のように思えた。


 だからか、すんなりと受け入れることが出来た。いつもそうやって来たように。


「も、もういい。わかったから。じゃあ、どうしたいかだけは教えてくれ」

「お、怒ってない……?」

「あ、ああ、もう怒ってないし、理由も聞かない」


 少しは腹が立っていたけど、もうそんな感情は消えていた。


 狼狽えるな。リリィが泣いているのは俺のせいだ。俺が大人げなく感情をぶつけてしまったからだ。


 もういいじゃないか。意固地になるのはもうやめようと決めたんだろ、俺は。


「ほ、ほんと? ほんとにほんと……?」


 深呼吸して平静を取り戻そうとする。リリィは情緒不安定だ。だったら俺が冷静にならなくては、彼女を落ち着かせることも出来ない。


 少しだけ間隔を空けると、驚くほどに頭が冷えた。


「本当だって。怒ってるように見えるか?」

「……み、見えない」

「じゃあ、どうしたいかだけ教えてくれるか?」


 声音が柔らかい。俺の声だとは思えなかった。

 昔を思い出してしまい、少し笑いがこみ上げてきた。こういう場面は何度か見てきた気がする。


「さ、さっき言った……い、一緒にいたい……だめ?」


 上目使いで俺を見る妖精は、怯えた子供のようだった。澄んだ濡れた瞳は淡い光を反射させ、どうしようもないほどの庇護欲をそそられてしまう。


 仕方ないな、と思わせてしまう力があった。


「いいよ。わかった、じゃあこれからも一緒にいてくれるか?」

「う、うん……」

「よし、じゃあ帰ろう。ジョブクリエイトの企画が通るまではグランドクエストは達成しないから。これでいいよな?」

「うん、それで、いいよ」


 リリィはやっと笑顔を見せた。


 なんだかよくわからなかったが、リリィに嫌われてはいなかった、ということでいいんだよな? 俺に辛くあたったのも何か理由があった、と。


 システム的な命令かなにかだろうか。仮にそうだとしても、フェアリーテイマーが実現したらそれも収まるかもしれない。


「よかった……」


 俺とリリィは照れながら笑い合う。まだぎこちないけど、時間が解決してくれるだろう。元々、一緒にいたのだから。


 一段落したと思った時、パチパチと複数の拍手が聞こえた。


「よかったな、おめでとう、リハツ」

「お姉さんも安心したわぁ、二人とも仲直り出来てよかったわぁ」

「よがっだでずぅ、ううっ、よがっだでずねえぇっ!」


 三人の様子に俺とリリィは戸惑ってしまう。特に、ニースは号泣していた。


 あ、こいつらがいること忘れてた。


 状況を理解すると、途端に顔が熱くなってしまう。体温は適温のままでも、恥ずかしい感情がなくなるわけではない。現実の俺の体温は急上昇しているだろう。


 リリィも同じなようで顔を真っ赤にすると、俺の後ろに隠れてしまった。


「ふむ、時間も遅い。このまま飲み明かしたい気分だが」

「二人の邪魔しちゃ悪いものねぇ。仲直りしたばかりだし、積もる話もあるでしょう」

「でずねっ! ……わ、私達は帰ります! またパーティー組みましょうね!」

「あ、お、おい!」


 三人は俺の言葉を待つことなくそそくさと帰路に就いてしまった。


 なんだ、これ、なんかすげえ恥ずかしいんだけど。


 リリィは俺の後ろに隠れたままだ。顔を見るのが恥ずかしいのかもしれない。俺もそうだからなんとなくわかった。


「か、帰るか」

「そ、そうね……うん」


 街燈はなく、月明りと残っているグロウ・フライだけが光源だった。けれど心は暗くなることはなく、俺は思わず笑みを浮かべる。


 リリィと仲違いしていた時とは違い、今はこんなに嬉しい。


 本心ではリリィと一緒にいたいと思っていた、それが無理で受け入れようとして、でもその願いは叶った。だから俺はこんなに気力が溢れているのだろう。


 街路を通り、『小鳥亭』へと向かう。


 少し歩くと、リリィが肩に乗って来た。


「こ、ここはあたしの指定席、だから」

「あ、ああ、そうだな」


 互いの視線が絡み、面映ゆく顔を逸らす。


 そうして俺達は先へ進む。その光景は妙にしっくり来た。

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