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セカンダリィ・ワールド RMT  作者: 鏑木カヅキ
グランドクエスト編
30/105

第二十八話 嵐の前の静けさ

「結局、最後まで来てしまったみたいだな」


 地図はほとんど埋められている。残りは帰り道の部分だけだった。


 俺達はすでに、森の最奥に辿り着きつつあった。


 鬱蒼と茂った森はどんどん深く、暗くなった。


 マップの進み具合と実際の時間を計算すると、もうすぐボスがいるであろう場所へと到着する。しかし金髪達とも遭遇しなかったし、老婆の姿はなかった。


 やはり黒魔女と対峙する他ないらしい。このクエストの正規ルートをクリアするチャンスは一回だけだ。失敗すれば、黒魔女を倒すしかなくなってしまう。そうなれば、また一からやり直しだ。さすがにその根気はない。


 繰り返す、か。俺はゲームをもうやめると決めていた。でも、三人と共に時間を過ごし、心境は大きく変わって来ている。


 楽しい、と思えていた。


 リリィと仲違いしてから冷え切った心は温かみを取り戻している。現金なものだとは思うけど、もう少し続けてもいいのかもしれない。


 少なくとも、ここにいる三人は信じてもいいと思い始めていた。


「どうしたリハツ? 立ち止まってないで進むぞ?」

「あ、ああ。悪い」


 言われて、足を止めていたことに気づく。

 俺は三人の元へ駆け寄った。たったそれだけで、自然とパーティーだと思えた。


「あれあれぇ? おまえら、まだこんなところにいたのかぁ?」


 嫌味な口調には聞き覚えがあった。

 金髪、バンダナ、ミナルが正面から歩いて来ていた。


 どうやら黒魔女を倒したらしい。表情には余裕と優越感が見え隠れしていた。


「俺達はもう倒したぞ」

「そうそう、マジ弱かったわ、魔女とかいう女。いい胸してたけどなぁ」

「おいおい、NPCだぞ……」

「どっちでもいいんじゃね? まあ、そゆことだから、お先に。あーあ、デブと一緒じゃなけりゃ、もう終わってたのになぁ。まっ、頑張れよ」


 金髪とバンダナは嘲笑を浮かべつつ、入口へと向かっていった。その後ろでミナルは肩を落としていた。気になって視線を送ると目があった。


「あ、ご、ごめんなさい……」

「いや、おまえが謝る必要はないと思うけどな。事情はよくわからねえけど」

「い、いえ……」


 尻すぼみの言葉だったが、ミナルはその場にとどまったままだ。


「行かなくていいのか?」

「あ、えと、はは……いらないと言われまして」

「いらない?」


 どういうことだ? どう見ても、初心者二人を手伝っていたのはこの少年だ。むしろ彼がいなければここまで来るのも時間がかかっただろう。なのに、お払い箱になったのか?


 俺は訝しげにミナルを見てしまう。その視線を受け、ミナルは慌てて言った。


「あ、えと、すみません、関係ないですよね。ごめんなさい」

「いや、別にそういう風に思ったわけじゃないぞ」

「あ、え? そう、ですか?」


 なんだか、少し前の自分を思い出してしまう。今もそれほど変わっていないとは思うけど。


「これも一応は縁だ。話してみるといい」


 業を煮やしたのかサクヤがミナルの背中を押した。


 特に関係があるわけじゃない。けど、途中で話を終えられると気持ちが悪い。きっとサクヤもそう思ったんだろう。


「その、あなた達とパーティーを組めなかったのは僕のせいだと言われまして……僕がいなければ、六人で組めた、その、あなたがいても、と」


 つまり、サクヤ達が断ったのは人数制限があるからで、ミナルがいなければ六人丁度になった、という考えらしい。なんとも自己中心的な思考の持ち主だな、あの金髪。


「あ、あはは、すみません、こんなこと言われても困りますよね……あの、すみません、僕、行きますね」


 ミナルは卑屈な笑みを浮かべ、立ち去ろうとした。


 小さな背中だ。背も俺よりかなり低い。華奢で頼りない。

 彼は俺とは違う。事情もよくわからない。しかし、一つだけわかっているのは、ミナルは現状を良しとしていないということだった。


「なあ」


 やめておけ、という言葉が脳内に響く。それは引きこもりの俺だった。


 けど、心の底で違う声が聞こえる。


 それでいい。もう振り返るな、と。


「は、はい?」

「実はさ、これからボスなんだけど、って、見ればわかるか。あー、えとだな……なんて言えばいいか」

「な、なんでしょう?」


 警戒しているようだ。俺がなにを言うのか想像出来ていないのだろう。

 でもいいのか。俺の勝手な判断で決めてしまって。


「ちょ、ちょっと待ってくれるか?」

「え、あ、はい……」


 ミナルは不安そうに俺を見ては、視線を地面に向ける。


 俺は、三人に向き直った。


「なあ、あいつパーティーに入れていいか?」

「ふむ」

「わ、私は……」


 思案顔のサクヤと、戸惑い気味のニースだった。


 それはそうだろう、サクヤはどうかわからないが、少なくともニースは金髪達に悪印象を持っているはず。その仲間であったミナルをパーティーに入れることは気が進まないと思っても不思議はない。


「お姉さんはぁ、別に構いませんよぉ?」


 軽い口調でレベッカが賛同してくれた。


 俺は内心、ほっと胸を撫で下ろす。


「……ふむ、一応理由を聞いてもいいか?」

「ほら、本来の、今までの黒魔女の森のクエストだと敵が弱かったって言ってただろ? でも村人達は結構強かったし、このルートだとボスが強いかもしれない。だから回復がもう一人いると助かるかと思ってさ」

「た、確かに助かるかもですっ……でも、その、あの人は」

「ああ、金髪の仲間だった。だから、えと、イ、イヤだったら遠慮なく言ってくれていい。これは俺が勝手に言ってることだし」


 だめだ呂律が回らない上に早口だ。動揺しているのが丸わかりだった。


「うーん、どうもしっくりこないわねぇ。本音で言ってるぅ? まさか、嘘じゃないわよねぇ? 私に嘘をつくわけないもんねぇ?」


 まずい。裏レべが出てきた。


 やっぱりおためごかしが通じる相手じゃない。


 本心を話さないと説得出来そうにない、と思っていたところでサクヤの助け舟が入る。


「まさか、同情か?」

「かもしれない……」


 同情される方の気持ちはわかる。自分の存在が矮小に思えて、反発心が生まれてしまう。人の優しさを素直に受け取りたくないと思う、あの感情だ。でも、彼が同じ思いを抱くかどうかはまた、別の話だ。


 単純に同調しているのだろう。引きこもりであった俺は独りだった。だから、ミナルに優しくしようと、上から目線で考えている。何様だと思う。けど、見下しているわけじゃない。ただ、偶々そう思えただけにすぎない。


 深い意味はない。単純に放って置けないと思った。独りで苦しんでいた俺と重ねて、彼に少しでも優しくすれば、過去の自分も救われると考えているのかもしれない。


 彼女達が拒否するならそれも仕方がない。俺の意見はかなり身勝手だ。


 しかし、


「いいですよっ!」


 ニースは先ほどとは打って変わって、淀みない笑顔で答えてくれた。


「……いいのか?」

「はいっ! 回復一人いた方がいいですしねっ、それにリハツさんが言うなら、私は賛成ですっ」


 どうしたんだ。さっきまでニースは気が乗らない様子だったのに。


「そうか。リハツがそう言うなら、私も了承しよう」

「って、ことでぇ、仲間に入れることに決定しましょうねぇ」

「あ、ありがとう。あれ、でも、いいのか? レベッカはさっき本心を話せって」


 言った後で、はたと気づき、俺は口をつぐんだ。わざわざ言わないで良いことまで喋ってしまうとは。自分でも気づかないくらいに動揺していたらしい。


「いいのよぉ、わかったしねぇ」

「と、いうことだ。あまり待たせても悪いだろう。誘うといい」

「ですですっ」


 わからん。なんでこの三人は息がぴったりなんだろうか。普段はバラバラなのに、時折同じような行動をとる。


 疑念を浮かべたまま、俺はミナルの方を向いた。


 彼はずっと話しが終わるのを待ってくれていた。所在なさ気だったが、俺の視線に気づくと身体を竦めた。


「えと、だな。よかったらパーティー組まないか?」

「ぼ、ぼくと、ですか?」

「そうだよ。おまえ以外にいないだろ」


 俺は思わず苦笑を浮かべる。


「い、いいんでしょうか」

「俺達が頼んでる側だぞ。ただ、無理強いはしない。俺達とあの金髪達とは一悶着あったからな。パーティーを組めば後でなにか言われるかもしれない。そこまでは責任が持てないし」


 俺はミナルに深く関わるつもりはない。ただ居合わせたから、誘っているだけだ。彼の境遇を理解もしていないし、助ける必要があるのかもわからない。それに助ける力が俺にあるわけじゃない。自分のことも出来ないのだから。


「…………お、おねがいします」

「本当にいいのか? あ、俺達はおまえと組みたいと思ってる。回復が必要だし、悪い奴じゃなさそうだと思うしな」

「だ、大丈夫です。その、色々慣れてますから……それに、なんか、その、あなた達と一緒なら楽しそうだな、って思うので」

「そうか」


 俺とは違う。彼は勇気がある人間だ。自分で決断出来る。


 もしかしたらミナルは今の状況に甘んじているのは理由があるかもしれないし、脱する気がないのかもしれない。それも俺の勝手な想像にすぎないか。


 俺はミナルにパーティーの申請を送った。

 そしてすぐにメンバーにミナルが加わり、視界の端にゲージが出現する。


「よ、よろしくおねがいします。その、あまり強くはないんですが」

「気にするな。私はサクヤ・カムクラ。ラーメンが好きだ」

「わ、私はニース・ホワイトですっ! よろしくですっ」

「レベッカ・タブリスよぉ。よろしくねぇ」

「で、俺がリハツ。苗字はないんだ」

「ぼ、僕はミナル・ガイゼンです。よろしくです」


 ひとしきり自己紹介を終えると、俺は妙な感覚に襲われた。


「あれ、俺だけ苗字がないぞ?」

「ふむ、そう言えばそうだな。だが、中には名前だけのプレイヤーもいるから気にしなくてもいいだろう」

「このゲーム、名前入力で一度重複しないと苗字つけられないのよねぇ。出なかった? 同じ名前の人が何人いますって」

「で、出なかったぞ」

「ちょっと珍しい名前ですもんねっ」

「マジデスカ……」

「みょ、苗字がなくてもいいと思いますけど……」 

「ですよっ!」


 ですか……。


 一人仲間外れな感じがして、少し寂しい。


 逆に考えれば自己顕示欲を満たす気がしないでもない。だけど、あんまり目立つのは好きじゃないから意味がない。


「と、とにかく気を取り直して先へ進もうか」

「そうだな。ボスはすぐ近くのはずだ」

「それに道すがら、ミナルさんにも事情を話さないとねぇ。さっきクリアしたクエとは違うわけだしぃ」

「え、そ、そうなんですか?」

「ああ、実は――」


 俺達はミナルに経緯を話しつつ、奥へと向かった。


 そこに待ち受けるものは、きっと別の世界であると確信しながら。

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