第二十七話 黒魔女の森にて
敵を殲滅し終えた俺達は、自然と集まった。
「終わったな。驚いたぞ、以前戦ったMOBとは強さが段違いだった」
「そうねぇ。もっと弱い敵ばかりだった気がするわぁ」
「そうなのか……?」
「ああ。以前のルートはソロでも余裕があるくらいだった。ボスもな。だが、こいつらは明らかにパーティーでなければ厳しい」
「やっぱり、こっちが正規ルートなんでしょうかっ!」
「別ルートかもしれんな。クリアして見なければわからんが」
「そうだな。とりあえずは、一段落した、ってことだけわかればいいだろ。それより、ちょっと聞きたいんだけど。さっき戦闘中にスキルを閃いたみたいなんだけど、こんなシステムもあるのか?」
「それは、閃きシステムのことねぇ。戦闘中に時々スキルを閃くのぉ。装備武器のスキルってことはわかってるんだけどぉ、どういう条件で閃くのかはよくわかってないのよねぇ。初心者で幾つも閃く人もいれば、上級者でほとんど閃いてない人もいるしぃ」
「そうなのか……じゃあ、偶々だったってことか」
「そうねぇ、そう考えた方がいいわよぉ、狙って覚えられるものじゃないからぁ」
運が良かった、ということか。だったら、閃くことを期待し過ぎるのはよくないかもしれない。閃いたらラッキー程度に思っておこう。
「……ん? なんだ、これ」
俺は周囲の異常に気づいた。
足元には死体が転がったままだ。消える様子はなかった。
「なんで残っているんだ? 普通、MOBは消えるよな?」
「……もしかすると、まだ生きているのではないか?」
サクヤはおもむろに近くの村人の傍で屈み、背中に触れた。
「感触はある。オブジェクトとして残っているとみていいだろう」
よく触れるな。擬似データとは言え、人の死体に。
「なにか理由があるのかしらねぇ?」
「村人さん達、思わず倒しちゃいましたけど、倒さない方がよかったんでしょうか?」
「いや、襲われた上に、逃げるのは難しそうだった。倒すのは正規のイベントだと思うぞ」
こっちの手札は蠢く石しかない。しかしこれで村人達を救えるとは思えなかった。
なにかを意味しているんだろうか。ここでなにかしろということか?
「どうするぅ? このまま、森に行く? それとも、村人を助ける方法を模索するぅ?」
「ふむ……考えるに、またなにかありそうな気はするな」
「でもでも、もう村の中は探しつくしましたよ?」
ニースの言う通りだ。俺達は村内をくまなく探索した。その結果、井戸の中で重要アイテムを見つけたわけだが、まだ他になにかあるとは思えない。
「……多分だけど」
俺の言葉に全員が視線を向けて来る。
慣れ始めてはいるけど、注目されるのはやっぱり苦手だ。
「え、えーとだな、村人達は死んでない。それでさっきのは操られたみたいに見えた。つまりあの老婆を倒せば自然に正気に戻るんじゃないかと思う。ほら、ゲームでイベント戦とかあるよな、それでHPを0にしても生きているっていうの、あの状態なんじゃないか?」
「気にする必要はない、と?」
「恐らく。もう手がかりはないし。森へ行って、老婆を倒すか、解決方法を聞き出すかするフェーズなんじゃないかと思うんだけど」
「そうねぇ。私もそう思うわぁ。というか、また探し物をするのはちょっとねぇ」
俺もレベッカの意見に賛成だ。謎解きは嫌いじゃないけど、探索は好きな方じゃない。
「ふむ、私も同意だ」
「私は、どっちでもっ!」
四人で頷き合うと、俺達は村人達を避けて、森へと向かった。
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薄気味悪い。それが黒魔女の森を見た、俺の感想だ。
枯れ木と、黒い葉をつけた木々がそこら中を埋め尽くし、不穏な雰囲気を漂わせている。空気が重い、と感じるのは視覚的に暗いからだろう。灯りは必要ない。さすがにそこまでは暗くはないが、それでも葉の傘が邪魔をして、日光は十分に注がれていない。
ギャーギャーと鳴き声が聞こえる。MOBかそれともただの効果音なのか。
「な、なな、なんか聞こえましたよ!?」
「気にするな。ただの声だ……しかし、ニースは本当に覚えていないのだな」
「え、あはは、そうなんですよね……」
サクヤは冷静沈着だった。しかしニースはびくびくと辺りを窺い、恐る恐る進んでいる。
ギャーギャー、ガシャガシャ、ギャーギャー、ガシャ……。
「レベッカの鎧も効果音みたいになってるな」
「あらぁ? ごめんなさいねぇ、うるさくて。でもこれがいいのよぉ? この重厚感! 鉄の無機質で冷たい質感! 最高だわぁ」
「あ、うん。良かったね」
おざなりに返事をする俺だったが、レベッカは恍惚の表情を浮かべている、ように思えた。顔が見えないのは中々に不便だが、不思議と読み取れる。レベッカの所作が仰々しいというか、動作が大きいおかげかもしれない。
地を這うような音と風音、それに葉の擦れる音が不気味さを演出している。
俺達は獣道よりはマシ程度の林道を進んだ。
敵と遭遇していない。一度も姿が見えなかった。
「おかしいな。ここら辺まで来て、MOBが一体もいないとは」
サクヤも首を捻っている。どうやら俺の覚えた違和感は間違っていなかったらしい。
「さっきの金髪野郎共が倒したんじゃかしらねぇ。POPが遅いとかぁ」
「そうかもしれないな」
レベッカのさりげない口の悪さは気にしないようにした。
確かに、先に行った金髪達が倒した可能性もある。ここはフィールド扱いだ。インスタンではないから他パーティーと同サーバーということになる。
本来MMOでは一部、レイド、PVP、GVGなどはサーバー、チャンネルごとにわかれる。同じ作りのサーバーが幾つもあるという感じだ。
この場合のサーバーは子サーバーだ。親サーバーはSWであり、子サーバーはファンタジーサーバーであり、子の子サーバーがインスタンスダンジョンやエリアとなる。
SWにインスタンス形式があるのかどうかは知らないが、多分ボスがいるということはあり得るだろう。取り合いになるからな。
フィールドモンスターでボス級もMOBもいるかもしれないが、それはレアアイテムを落とす、いわばレアモンスターだ。グランドクエストのようにストーリー、メインクエストに関わる場合、フィールドのレア、ボスモンスターを絡ませることは悪手だろう。
「マッピングは出来ているか?」
「ん? ああ」
マップを確認すると局所マップになっている。『黒魔女の森』エリアだけのマップだ。ほぼ白紙だったが、すでに半分以上が埋められている。
森の構造は簡単だ。南の入口から西と東の細道で分岐し、途中脇道がある程度。二つの道が最終的に重なるというだけで、ダンジョンというほどに複雑ではない。行きに東、帰りに西を使えば全て網羅出来るという算段だ。
「大分、通ったみたいだ」
「ふむ……ここまでMOBがいないのは、やはり気になるな。おっと、宝箱だ」
途中に獣道を発見した。その奥にキラキラ光る箱が見える。装飾はおざなりで、期待をさせるような見目ではなかった。
しかし初めて見るリアル宝箱に否が応でも高揚感が浮かぶ。
「宝ですよっ! こんなところにあったんですねっ!」
「わかるぞ、ニース。ちょっとテンション上がっちゃう気持ちが。もしかして初めて見るのか?」
「え、ええ、記憶にないんですよね」
気まずそうに目を伏せるニース。思い当たる節もない、といった感じだ。当時の様子がわからないからなんとも言えないが、まったく記憶にないというのも違和感がある。どういう状況だったんだろうか。
俺はニースに気を使わせないように、内心をひた隠しにしながら続きを話した。
「よし、じゃあ、ニースが開けていいぞ」
「い、いいんですか!? で、でも」
「構わないさ。さあ、開けるんだ」
「ありがとうございますっ!」
ニースは喜色満面で宝箱に寄って行った。
俺の勘が正しければ、その表情はきっと一瞬で変わるだろう。どっちにしてもな。
「どきどきっ」
言葉で心情を表すニース。決してカマトトではないところがニースの凄いところだ。
天然なんだろうな。サクヤとは違った意味で。
すまない。ニース。俺はこういう時、どんな反応していいかわからないから、君に任せることにするよ。
ニースは時間を楽しむように、ゆっくりと宝箱の蓋を開けた。
と、次の瞬間、箱の中からプシュッと音がしたと同時になにかが飛び出た。
「ひゃあああああっ!?」
煙だ。乳白色の煙がニースの身体を包み込むと、徐々に空へと昇りやがて消えた。
「なな、なにが、なにが起こったんですかっ!?」
ニースのステータスを確認すると、横に黒い煙のようなアイコンが出ていた。
多分、これは暗闇だな。命中率が下がる状態異常だ。時間が経てば治るだろう。多分。
俺は一度頷くと、ニースの肩に手を乗せた。
「どんまい!」
「なにが、何がどんまいなんですか!?」
セクハラ扱いされてはたまらない、とすぐに肩から手を放した。
どうやら、何か条件があるようで、赤いウインドウは現れなかった。時間なのか、それともプレイヤーの行動に条件があるのかもしれない。
「さあ、行こうか。箱は空っぽだしな!」
俺は意気揚々と先へ進む。
「ううっ、なんで罠なんですか……」
ごめんなニース。俺は罠かしょぼいアイテムだと思っていたんだ。そして恐らく前者じゃないかと予想していた。だってSWは優しい世界じゃないからね!
囮にしてしまったことは心が痛む。ああ、なんてひどい奴なんだ俺は。
「なにを笑っているのだ?」
サクヤに指摘され、自分が笑顔になっていることに気づいた。
そんな、バカな。俺は今、己の行いを懺悔していたところだったのに。
「罠なんじゃないかって思ってたのよねぇ、リハツさんは」
「ははは、ご冗談を。まさか、そんなことは……ニース! ディスカース頼む!」
「あ、はいぃっ」
「誤魔化したわねぇ、今」
レベッカは勘が鋭い。サクヤもそれなりだが、見当違いの方向に思考が進むから放って置いて大丈夫だろう。
俺の悪事を告げ口されては、ニースの心証が悪くなるではないか。
だったら、やることは一つしかない。
「……また商品買うんで許して」
「それじゃあ、しょうがないわねぇ。黙っててあげるわよぉ」
心なしか上機嫌なレベッカだった。
やはりこいつ金が好きだ。商売人なのだから当然ではあるけど。
俺達の会話を理解していないサクヤを置いて、レベッカと俺は互いに「ふふふっ」と笑い合った。
ニースは隣で解呪をしてくれている。心の中で謝辞と感謝を述べ、俺は先へと進み続けた。