第二十四話 ヘルプ!
死んだ。
俺は死んで土左衛門になり、水面にぷかぷか浮いていた。
視界はモノクロになり、右側に復活までの制限時間と書かれている。三時間猶予があるようだ。
正面には『ホームポイント:ロッテンベルグ南西門まで戻りますか? ※ペナルティはありません』と文字が出ていた。
水底から視線を外せない。身体が動かせない。グロウ・フライは死亡と同時に掻き消えてしまった。
クの字に曲げた身体は、浮力で浮かんでいる。なんだかとても虚しい気分になった。
『おい、まさか死んだのか?』
サクヤのWISだ。どうやら俺の背中が見えるらしい。
『だ、だだ、大丈夫ですか!?』
ニース。死んでるのが大丈夫なら、大概、大丈夫だろう。
『見えるわぁ。浮いてるのが見えるわよぉ』
実況ありがとう、レベッカ。
『す、少し待っててください。ホームポイントまで戻らないでくださいよっ!』
もう好きにしてくれ。
ああ、なんか落ち着くな。海の上でゆらゆらしてるみたいな、妙な安心感があった。
このまま目を閉じれば、眠りそうな心地よさだった。
しかしそれもつかの間、俺の身体はなにかにグイッと持ち上げられ、井戸の外へと向かった。そのままゆっくりと地面に降り立つ。
うつぶせで死んでいるため、周囲の状況がよくわからない。不便だ。
「本当に死んでるな」
「と、とりあえずトラクションで運んでみました」
運んでみました、って死体を運んでみた奴がいたら危ない奴だろ、それ。
「なんというか、すごい恰好ねぇ」
俺は、半目で身体はずぶ濡れ、なぜか姿勢を正してあおむけ状態だ。起立して、そのまま倒れこんだ奴みたいになっている。
なんとか横は見える。心配そうにしているニースがいた。
「リ、リハツさん何があったんですかっ!?」
「聞いても救難信号しか出せないだろう」
信号? そう言えば喋れないと助けを呼べないよな。
画面を見ると、救難信号というボタンがある。手動は出来ない。思考操作使えなかったらこれ、どうなるんだ? 死ぬくらいなら、もう使えるだろうということなんだろうか。とりあえず思考操作で押してみた。
ピコン、ピコン。
「あ! 救難信号です! 近いですねっ」
「近いってか、目の前よねぇ」
「リハツから発信されているな。意訳すると、話してないでどうにかしてくれ、といった感じか」
サクヤさん、マジでわかってらっしゃる。
「ニースはリバイブを使えるのか?」
「あっ! 使えますねっ!」
おい、それ蘇生魔法のことだろ。話してないで使えるなら助けて下さいよ。
「では……ん? ちょっとモーションが複雑ですね。えと? こうしてこうして、こう?」
ニースは人差し指を立てて、文字を書いたような仕草をした後、手首を回転し、手のひらを突き出した。その後、杖を正面に掲げる。
ぱぁ! と俺の身体が輝く。煌めく豚。俺、降臨。
ふわっと身体が浮かび、直立状態になると、そのまま地面に降り立った。
背中に翼が生えた気がする。そうか、俺は天使だったんだ。
「あー、助かった。さすがに死」
『リハツは死んだ』
天使じゃなかったわ。
「死んだわよおぉぉっ!?」
「生き返ったのに、すぐに死んじゃいましたよっ!?」
「ふむ、どういうことだ?」
おいおい。これはつまり、お前は生きてる価値がないという、システムのお達しか?
さすがに酷いんじゃないですかね?
まさか疫病のせいか、と思っていたが、他の面々はダメージを受けていないわけだし、俺だけHPが減るということはないだろう。
そうだ。なにが起こったかわかる方法があるじゃないか。そう思い、ログを確認してみた。
『リハツは生き返った』
『蠢く石が瘴気を放っている。リハツに20のダメージ』
『リハツは死んだ』
これは、もしかしてさっき拾ったアイテムのことか?
「どど、どうしましょう?」
「なにか呪いでもかかっているのかもしれん。呪いは蘇生してもそのままだからな。だが、ダメージを負う呪いがあるのかどうか。普通は能力激減とかだろうからな」
「じゃあ、リハツさんはあれじゃなぁい? 小石に足をぶつけて、死んだみたいな」
「さすがにそれは……ないと思うが」
自信持てよそこは。サクヤさんよぉっ! あんた勘は鋭いんだよ! 方向性を見失うことが多いだけで!
「もう一度、蘇生しますか?」
あ、ちょっと待って。
俺は急いで、所持品を確認した。
蠢く石
…三秒ごとに瘴気を放ち、所持者に20の固定ダメージを与える。属性は呪い。グランドクエスト黒魔女の森の重要アイテム。
こいつのせいか。やっぱりな。ということは、残りの10ダメージが水中ダメージだったわけだな。道理でダメージが多いわけだ。
とりあえず対策をすればなんとかなりそうだな。
「いや、もう無理だろう。さすがに」
「理由はわからないけどぉ、また死んじゃうでしょうねぇ」
「ホームポイントまで戻って貰った方がいいですかね?」
「それがいいだろうな。原因はわからんが、死に戻りすれば、ステ異常は治る」
待て待て。俺はいけるから!
俺は反射的に救難信号を出した。
ピコン、ピコン。
「あっ、近くで誰かが救難信号出してますよっ!」
「いや、これはリハツだろう」
「蘇生してくれってことかしらねぇ。でも、また死んじゃうんじゃない?」
ピコン、ピコン。
「ん? 何か鳴ったぞ?」
「早く蘇生しろって言ってるのかしらぁ」
ピコン。
「む? 一回になったぞ」
「特に意味はないんじゃないぃ?」
ピコン、ピコン。
「なにか言いたいんでしょうか……?」
ピコン。
「ふむ……これは一体」
「もしかしてイエス的な感じかしらぁ?」
ピコン。
「やっぱりそうだわぁ」
「面白い使い方をするな、リハツは」
「イエスなら一回、ノーなら二回にするぅ?」
ピコン。
「イエスですね! えと、蘇生した方がいいですか?」
ピコン。
「ふむ、なにか考えがあるのか?」
ピコン。
「と、言っているが?」
「じゃあ、蘇生しますね!」
ピコン。
もう、ピコンピコンうるさいんだよ! でもこれしか手段がないし……。
「待ってくれ」
サクヤさん待たないで!
「もしかしたら、ここで蘇生するから死ぬのではないか?」
「た、確かにそれはあるかもですねっ」
「でもぉ、私達はダメージないわよぉ?」
「それは、もしかしたら、井戸の底で何かを見つけたとか。それでダメージを負っているのではないか?」
おお、サクヤ冴えてるじゃないか。でも今はさっさと蘇生してくれると嬉しいな。
ピコン。
「当たりみたいだな」
「じゃあ、移動させた方がいいのかしらねぇ」
そっちは違う! 井戸の底で呪われたから離れればいい、ってことじゃないの!
ピコン、ピコン。
「む、ノーだな。どういうことだ?」
「わかりましたっ! さっきのは井戸の底で何かを見つけたって質問にイエスだったんですよっ! ダメージは別の原因があるのではっ?」
ああ、もうなんか複雑になってきたよ。質問は一つにしてくれ!
ピコン、ピコン。
「違う、みたいねぇ。うーん、もしかして、移動させるってことにはノーだったんじゃない? それだったら筋は通るわ」
おお、レベッカ。さっきから思ってたけど、おまえが一番的を射ているぞ!
俺は思考操作で救難信号を出そうとした、が。
「待て」
だから待たないで! なんで間違った方向に行くんだよ、サクヤは!
言葉を挟んだら意味が通らなくなるから、ピコンピコン出来ないだろ!
「移動には時間がかかる。確かトラクションはクールタイムが長かったな?」
「そ、そうですね。リキャストまで2分かかります」
「となると、ここでリハツに直接聞いた方が早いのではないか?」
その発想はなかったわ。サクヤ、前言撤回する。おまえは冴えてる!
ピコン。
「あ、賛成みたいですねっ」
「ふむ、やはりな」
したり顔をしているけれど、半分くらい間違ってたよサクヤ。
内心ほっとした俺は、ニースが蘇生してくれるのを待った。
「じゃあ、いきますねっ!」
再び先ほどと同じ動きをするニース。
俺の身体が直立不動で虚空に浮かび上がり、発光する。俺、降臨。
地面にゆっくりと降り立ち、すぐさま袋から『ムサドッグ』を取り出すと口に放り込んだ。ムサドッグは料理でもあるが、回復にも役立つ。回復量に三秒ごとに20回復だ。丁度いい。
「もぐもぐっ! よし、あのな」
『リハツは死んだ』
俺、死んだああああっ!?
「また死んじゃったわよぉ!?」
「なんか食べて死んじゃいましたよ……そんなにお腹すいてたんでしょうか」
違うよ! 回復したかったんだよ! お腹も空いてたけども!
「私達はこうやって、食事をせずにリハツを救おうとしているのに、まさか、そんな所業に出るとはな、さすがの私も怒りを隠しきれん」
違う違う! そんなんじゃないって!
というかなんで死んだんだ俺は。
改めてムサドッグのフレーバーテキストを見てみた。
ムサドッグ
…ムサウサギの肉を挟んだホットドッグ。塩味が利いており、幅広い層に人気の一品。回復量は三秒に20。効果時間は1分。
問題、ないよな。回復するし。
回復? ん? なにか見落としが。
三秒に20、三秒?
これ、蠢く石のダメージが出る前に回復出来ないんじゃないか? 使用してすぐに効果は出ないし、即効性があっても、アイテムを使用するまでの時間がある。ということは、生き返ってムサドッグを食べても死ぬじゃないか!
「どうしましょう……リハツさん、もしかして投げやりになっているのでは」
「そうかもしれんな。あまり責めるのは酷か。悪かったなリハツ。大人げなかった」
なんで謝るんだろうか。勘違いに気づいたわけでもなさそうなのに。
「うーーーーん。ねえねえ、もしかしてだけど、さっき蘇生されてすぐに食事したのは、回復したかったからじゃないかしらぁ」
レベッカ、おまえ冴えすぎ。
ピコン。
「あ、イエスですねっ」
「なるほど、そういうことだったのか。考えてみれば、回復すれば時間稼ぎは出来る。その間に説明して貰えばよかったわけだ。リハツに策があると思い込み過ぎてしまった。私達も考えるべきだったのだな」
サクヤさんはちょっと考えるのをやめてほしいかなぁって思うな。
「えと、まとめるとぉ、蘇生して、すぐに回復してあげればいいのねぇ。回復は継続系じゃなくて、即効性があるものがいいかしらねぇ。サクヤちゃんと私で回復薬使ってあげましょう。ニースちゃんはリバイブ詠唱の余韻があるでしょうしねぇ」
今、俺の中でレベッカ株が急上昇している。
この人、意外に頭の回転早かったんだな。考えてみれば、一人で店を持つくらいだしな。
「了解ですっ」
「わかった。任せろ」
「ではいきますっ」
また蘇生が始まる。
もういい加減、終わりにして欲しい。いや始まって欲しい。
俺の身体が直立のままに空中に浮遊する。煌々と輝く俺の身体。そして降臨。
「回復を!」
俺の魂の叫びに呼応するサクヤとレベッカ。
「まかせてぇ」
「心得た」
小瓶に入った液体を俺にかけてきた。
すると、HPが200ほど回復する。次いで、俺はあわててムサドッグを食べる。
「やりましたかっ!?」
そのセリフ不安になるからやめて欲しい。
「もぐっ、こ、これでなんとか」
「それで何があったのぉ?」
「解呪魔法とかあるか? 今、呪いがかかってるみたいなんだ」
「ふむ、やはりな!」
なぜか自慢げに鼻を鳴らすサクヤだったが、俺の胸中に賛辞は浮かばない。
サクヤはちょっと黙ってて!
「あ、ありますよっ。ディスカースですねっ」
「それを俺にかけて」
「わかりました!」
ニースは杖を回転させ、最後に地面にトンと置いた。
すると俺の身体から、禍々しいエフェクトが飛び出し天高く舞い上がり霧散する。
HPを見ると、減っていない様子だ。
「持続性があるのか?」
「ええ、五分間呪いに耐性がありますよっ。即効性もあるので、解呪出来ますけど」
多分、この石を持っている間は呪われ続ける。一応、五分経ったら確認して、呪いが継続している場合はまたニースに頼むしかなさそうだ。
「それで、事情を説明してくれるのだろうな?」
「あ、ああ実は――」
俺は井戸に入ってから今まで起こったことを事細かに説明した。もちろん、触手のところから、ピコンの部分まで詳細にな。
ニースは感心した様子で聞いていたが、サクヤはなんともバツが悪そうにしていた。レベッカは顔が見えないのでわからないが、得心いったという声音だった。
そうして、俺達はグランドクエスト『黒魔女の森』の側面を知ることになった。