第二十三話 井の中のリハツ
「ないな」
「ええ、ないわねぇ」
「ない……みたいですね」
「そんな、ないない言われても困るんだけど」
担当場所を調べ終えた俺達は、難しい顔で車座を作っていた。
村内に、特に異常はない。床、壁、地面、村人の顔色から懐まで調べてみたがなにもなかった。財布くらい持っててもいいのに。
一応言っておくが、女性のNPCは触ってないからな。まあ、SWではセクハラ行為が厳禁だから基本的には触れないけど。
「見落としがあるのか?」
「いや、多分見える範囲は調べてるだろ。ってことは、もっと違った視点を持たないと見つからない……か、ただの俺の勘違いだって可能性があるな」
「私はリハツさんの話が間違ってるとは思わなかったですけど……」
「どうかしらねぇ、確かに筋は通っているけど、システム的にそこまでやってなかったわ! みたいなすれ違いがあるかもしれないわよねぇ」
「期待していたけど、そこまでじゃなかった的な?」
「そうそう、そんな感じかしらぁ」
リンクシステムを買い被っているのだろうか。そう考えればそんな気もする。
俺は穿った見方をしているのかもしれない。
姿勢を崩して、思考を巡らせる。
そもそも別にここまでする必要はない。単純に意固地になっているだけで、諦めて先へ進んでしまえばいいのだ。
そうしてもいいか、と思い始めていた時、俺はふと手のひらを見た。
「土がついているな」
「当然、つくだろう」
手のひらに土がついている。それは普通のことだが、ここは仮想現実の中だ。
ここまでリアルに作っているのに、あんな齟齬があるものだろうか。
土を払うと地面にこぼれる。
そこで、俺は疑問に思った。
「土って掘れるのか?」
「ああ、掘れる」
サクヤは即答。つまりそれだけSWでは当たり前だということだ。
「例えば川も触れば乱れるし、桶ですくうことも出来る。この世界にあるものは素材でオブジェクトで物質で現実と変わらん。全てではないがな」
「……畑、掘るか」
「おー……掘るのぉ?」
そんなにイヤそうな声出さなくてもいいじゃない、レベッカさんよ。
「いや、さすがに厳しいよな……待てよ、じゃあ井戸はどうやって調べた?」
「えーと、中を覗いて見たわよぉ。それで、エフェクトは同じだったから、井戸は問題ないって思って、次に畑を調べたわねぇ」
問題はなさそうだ。なさそうだが、気にはなる。こういう場合、水源とか食料とかが発生源というのが定番だからな。
「ちょっと見てみよう」
俺は街の入口近くにある井戸へと向かった。
三人もついてきて、全員で中を覗く。
石造りの典型的な井戸だ。木製の蓋と屋根。縄が吊るされていて引っ張ると、括っている桶が昇る構造をしている。
「水をすくってみるか」
桶を井戸の中に垂らし、水をくみ上げてみた。水音、縄の軋む音、縄をかけている梁もギシギシと悲鳴をあげている。
桶の中には濁った水が入っていた。毒々しい。飲んだら病気になりそうだ。
「疫病のエフェクトはかかってるけど、多くはないか」
水面から揮発した毒物がもくもくと浮かんでいるようだった。しかし量的にはそれほど多くはない。村内を埋めるほどの規模ではないだろう。しかし妙に濁っているようにも思える。
「諦めた方がいいかもねぇ。そろそろ時刻も二時になりそうだしぃ、かと言って、ここで食べるのはちょっと気がすすまないのよねぇ」
「腹が減ったな。ラーメンが食べられれば……」
「まだ諦めるのは早いんじゃないですか!?」
三人中二人が諦めムードだ。
集団で行動すると自然とこういう風に意見がわかれる。そうなると後々面倒なことになりそうだし、ここらで進展がなければ先へ進んだ方がいいかもしれない。
表面上を観察しても情報は得られそうにないし、仕方がない。
「ちょっと降りる」
「井戸に? 本気なのか?」
「ああ、三人でロープを引いてくれ。仮想現実だし、そんなに重くないとは思うけど」
縄は多分切れないと思う。NPCの村なわけだし、破れたら誰も補修しないだろう。自動的に修繕するというのは、SWではどうも不自然な気がする。
しかし、MOBはPOPするわけだから、自然とも言える。あくまで希望的観測だな。
「ふむ……いいだろう」
サクヤは首肯したが、レベッカはなんとなく不満そうだ。兜で顔が見えないが、くねくねと身体を動かしている。首を横に振っているように見えなくもない。
しかし俺は気づかない振りをした。
「よしっ、任せてくださいねっ!」
ニースは少し落ち着こうか。
俺は、ロープに掴まりぶら下がった。
「思いの外、軽いな」
「ゲームだしねぇ」
そのままゆっくりと井戸の中へ降りていく。
光は遮断されて、視界が闇で覆われる。
臭いは、あまりないようだ。自然の川のような若干の生臭さはあるが、問題はない。
そのまま腰まで水面が昇ってくる。
しかしまだ深いようだ。最終的に肩まで浸かってもまだ底まで着かない。
「下まで降りた。次の合図まで待ってくれ!」
「了解した!」
サクヤの声を確認すると、俺はぷかぷかと水に浮いたまま周辺を確認した。
薄目にするとエフェクトが少し見える。光があまりないため、かなり近づかないと見えない。
「灯りはなんかないのか!?」
「ライト降ろします!」
ニースはなにやら準備をしていたらしい。
中々、用意がいいじゃないか。
待機していると、上方から淡い光の玉が降りてきた。見覚えがある。グロウ・フライとか言ったか。夜光祭で飛んでいた。
「グロウ・フライですっ! 手に取って見てください!」
知ってる。知っているが、これがなんなのかは知らない。
アイテムなのか、それともモンスターなのか。だが、ニースが持っているということは道具なのかも。
俺は舞い降りる光球を受け取った。
手のひらの上でふわふわと浮遊を続けているが、手から離れる様子はない。
なるほどこういう風に使うのか。
「水の中でも大丈夫ですよっ!」
「わかった!」
グロウ・フライを片手に井戸の中へと潜った。
水は比較的透き通っているが、数メートル先までは見えない。透明度が多少はあるということは、やはり問題ないのだろうか。
深い。
1、2、3メートルと潜ってみたがまだ底に辿り着かない。
そう言えば、呼吸はどうなっているんだ? 一応止めようとしているけど、仮想現実で息を止めても実際の俺は止めていない。意味はないように思えた。
と、画面に時間が出てきていることに気づく。
秒刻みで三分。これが水中にいられる時間らしい。時間が過ぎるとHPが減るとかだろう。
5メートルは潜った。まだ見えない。
10メートルは潜った。さすがにおかしい。深すぎる。少し水が濁ったか?
15メートルは潜った。耳抜きしなくていいのは助かるが、時間があと二分になった。水が更に濁った。これは紫色だ。
20メートルは潜った。底が見えた。濃い紫色に水が変わっている。
25メートルは潜った。底に到着した。周囲は真紫色。発生源はここだ。時間は残り一分三十秒ほどしかない。急がないと。
口から水泡を出しながら、俺は周囲を探った。
まずは壁だ。
手探りで内壁を調べる。井戸はそう広くない。すぐに探せる。
少し探ると硬い感触がなくなる。
なにかある。と思ったら、単純に壁が欠けていただけだった。
残り一分二十秒。
時間がない。
壁を諦め、地面を調べる。
壁際に比べると、掴む場所がないため少し浮いてしまう。
手を動かし態勢を整えて、調査を続行していると、中心部分に何かがあった。
石? いや、違うこれは。
目の前に持ってきたそれを視認すると袋に入れた。俺は地面を蹴り、浮上する。
残り一分を切っている。
これなら何とか間に合う。潜水よりも浮上の方が早いはずだ。
しかし、その勢いは突如として弱まる。
「ぶほっ、ぶむむっ!?」
なんか出てきた!
うねうねしたのが出てきたああっ!
触手だ。内壁の隙間から触手が十数本伸びて、俺の足に絡まっている。
残り三十秒。水面まで距離にして20メートル。
俺は咄嗟に短剣を手に取り、触手を斬りつけた。
『リハツは触手Aを攻撃』『しかし触手には効かなかった』
そこは効いとけよ!
口から漏れる泡がだんだん大きくなってきた。もう肺に残っている酸素がないのか。
苦しくない。けど気分的に苦しい。
残り五秒。
もう無理だろこれ、と思いつつ、ふと考えが浮かぶ。
袋からワクチン(中)を取り出す。錠剤だが、水に溶ける様子はない。俺は一息に飲み込む。すると触手達は力を緩め、呻き声のようなものを上げだした。
今だ!
すぐに浮上のため、全力で水を掻く。
俺は結構泳ぐのは上手い方なんだ。身体が邪魔して遅いけどな!
画面が赤く点滅する。時間が過ぎてしまった。
HPがごりごり削られる。三秒間で30ダメージってバカじゃねえの!?
残り五メートル。HPは最大値が882あったのにもう72しか残っていない。九秒で死ぬ!
9、8、7、6、5。
「しぶぅっ、しぶっ!」
4、3、2、1。
「ぶぶぶうううぅっ!」
0。