第二十一話 男心と青春マインド
これはなんの冗談だ。
サクヤが半ば強引に仲間になり。レベッカが半ば強引に仲間になり。今度はニースに会うなんて。
一週間連絡をとっていなかったため、多少気まずい。
だが、もう一々他人の心証なんて気にするつもりはない。そんなのは無駄な労力だ。
「ニースか」
「こ、こんにちは! お出かけ、ですか?」
「ああ。グランドクエストに行こうと思ってな」
「そ、そうですか……?」
「なんで疑問形なんだ?」
「あ、いえ」
ふるふると首を横に振るニース。
そう言えば今日の装備は前と違っている。もこもことしたフードつきのローブで、下はフリルのスカートを履いている。以前よりも、よりファンシーになった気がする。
「また女の子なのねぇ」
「リハツは、意外に女たらしなのか?」
「俺の外見をしっかり見てもそう言えるのなら、眼科に行くことを勧める」
冗談にしたって性質が悪い。
しかしこうも時間をとられてしまっては、クエストを終えるのがいつになるのかわからない。早く達成して、楽になりたいんだが。
「じゃあ、俺達は行くから」
「あ、ええ、はい……」
「気のせいかな。私はまた、でじゃぶを感じるぞ」
「私もよぉ。なんかこの後、予想通りの展開になりそうな気がぁ」
「なにをこそこそ話してるんだ。さっさと行くぞ」
なんとなくイヤな予感がする。虫の知らせか。
俺達はシルフィー通りを抜け、南西門へと向かった。
「あら、当てが外れたみたいねぇ」
「そう、だな。しかしいいのか、あの娘。寂しそうにお前を見ていたが」
「知らねえよ。どうでもいい」
「……そうか」
固定を断った相手だ。今更何を言えばいいんだ。それに連絡をしていなかったし、もうフレンドという間柄でもなくなっているだろう。顔を知っている程度、そんな関係性だ。
別に構わない。このクエストが終われば、俺は一人になる。
誰とも関わらない。もしも会話があっても、俺を傷つけることがない。最低限のものだろう。あの場所にいた人達は俺の気持ちをわかってくれる。
そう考えると、足取りが軽くなった気がする。
メリアの村はロッテンベルグから西だから、南西門から出れば、比較的近いだろう。実際マップにないし、どれくらいの距離があるかはわからない。
二人に聞くか。
「そう言えば」
「あの!」
聞き覚えのある声、むしろさっき聞いた声に、俺は憮然と振り向いた。
「わ、私も一緒に行ってもいいですかっ?」
マジかよ。マジカヨ。
「だ……だめですか」
俺の顔を見て落胆するニース。どうやら忌避感が顔に出てしまったらしい。
別にニースがどうとか言うつもりはない。悪い子ではないと思う。ただ、面倒だし、もうすでに面倒が二つある。
しかし断るのは、難しい。先の、レベッカの参加を断れなかったのと同じ理由だ。
待てよ。そもそもこれが最後のクエストなんだ。だったら、そこまで気にする必要もないのではないだろうか。
「まあ、いいけど」
「本当ですか!? よかったっ!」
相好を崩すニースだったが、なぜか周囲にパステル調のエフェクトが出ていた。
「で、ではパーティーに誘って貰えますか?」
「あ、ああ。そう言えばまだ組んでなかったな……ついでに二人も誘う」
「了解だ」
「はいはーい」
「私はサクヤ・カムクラだ。ラーメンが好きだ」
「レベッカ・タブリスよぉ。好きなものはぁ、色々かしらぁ」
「ニース・ホワイトですっ。す、好きなものはおいしいものですっ」
「あらあら、可愛いわねぇ。この娘」
「い、いえ! そ、そんな」
女三人寄れば姦しいとは言うが、本当だな。もう少し落ち着いて話せないんだろうか。
三人をタゲって『パーティーに誘う』と選択した。
すると、画面左上に三人のゲージが並ぶ。すぐに参加を認証してくれたらしい。
「ニースは回復アイテムは持ってるか?」
「は、はい、一応持ってます」
「そうか。パーティー戦はよくわからないから、レベッカとサクヤに先導して貰うことになるけど、いいか?」
「ふむ、いいだろう」
「サクヤちゃんにお任せぇ。私はどちらかと言えば、自由奔放なスタンスだしぃ」
「いや、そこはコンビネーションが大事だから自重しろよ」
「わかってるわよぉ。大丈夫、だいじょぶ!」
不安だ。不安しかない。
このパーティー大丈夫なんだろうか。
タンクはレベッカ。重鎧戦士。
アタッカーはサクヤ。侍。そして俺。見習い冒険者。
ヒーラーはニース。僧侶。
俺だけ初期ジョブか。別に気にならないけどな。
バッファーがいないけど、最初のクエストだし四人で十分だろう。フルパーティーなら六人。タンク一人、アタッカー三人、バッファー一人、ヒーラー一人が基本だが、目的によってはヒーラーを二人にしてアタッカーを減らしたりするようだ。
とにかく今回は四人で行こう。これ以上、増やしたくない。
「あら、ニースちゃんじゃなぁい」
もうやだ。ほんとやだ。
「あ、パンドラの店主さん!」
煌びやかな私服だが、絶望的に容姿が浮いている。視覚的暴力だこれは。人間という動物は理知的なものだ、しかしこの目の前にいる生き物は違う。本能の赴くままに、着飾っているとしか思えない。
ふと思い浮かんだのは孔雀だった。
俺はもう我慢の限界だった。フルスロットルであった。
「もう行くぞ!」
駆け足で門へと向かう俺。
「お、おい、待て」
焦ってついてくるサクヤ。
「あらぁ、走るとガシャガシャ音が増しますぅ」
鎧の金属音をかき鳴らしながらレベッカも追従する。
「あ! ま、待ってくださいリハツさん! ごめんなさい、店主さん、またお店行きますね!」
ニースは店主に向かい、礼儀正しくぺこりと頭を下げて、俺を追う。
「あらん、つれないわねぇ。あの男の子ぉ♪」
そんな声がぎりぎり鼓膜に届いてしまった。そんなの届けるな!
こうして俺達は慌ただしく、街を後にした。
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サクヤの先導の元、俺達はロッテンベルグから西へと向かった。
見渡す限り平原だったが、遠くの方でささやかな緑が彩っている。あれは森だろうか。
「あそこに見えるのが『黒魔女の森』だ。そう遠くはない。徒歩でも二時間くらいで着くだろう」
「馬車的なものはないのか」
「ある。ただ料金がかなり高い。馬車は基本的に商いと流通を並行にして使う方が儲かるからな。交通手段としての商売は割にあわない。商売に便乗して乗せて貰うなら安いかもしれんが。基本的には、自分で馬を育てるか、モンスターテイマーにでもなって大型ペットを育成するかしないと無理だな」
「そうか……」
どうせ、このゲームを続ける気はない。
今回限りだし我慢することにしよう。
ズンズン先に進むサクヤを追い、俺達は西へと進んだ。
青空とちぎれ雲が旅立ちを祝している。爽快さはあるが、気分は晴れない。この時間が早く終わって欲しい。
「あ、あのリハツさん」
ニースが恐る恐るといった感じで俺の隣に並んだ。
「なんだ」
「リリィさんはいないんですか?」
「……さあ。宿屋にでもいるんじゃないか。どっちにしても転職すればいなくなるけどな」
「そ、そうですか」
会話は終わったと思っていたが、ニースはまだ何か言いたそうに俺にちらちらと視線を送ってくる。
「……なんだよ」
「い、いえ。その、いいのかな、って」
「だからなにが」
「わ、私と組んで、リリィさん怒らないかなって」
「ああ、それか。あいつが怒ろうがどうでもいいし、そもそも固定を組むのに反対していただけで、短期的に組むのには賛成していたからな。どっちにしても問題ない」
「……あ、あの……ごめんなさい。怒らないでほしいんですけど、ケンカ、したんですか?」
あれがケンカと言えるのだろうか。
俺が一方的に親しみを感じて、空回りしていただけだ。ケンカにもなっていないだろう。
俺は胸中に渦巻く感情の正体が、自分でもわからなかった。
「ケンカはしてない、かな」
「そうですか……その、お二人は仲が良さそうだったので」
「仲が良い?」
「え、ええ。私のナビはもっと事務的というか、感情とか人格はあったと思いますけど、壁があった感じで。お別れの時も淡泊だったかなと思います」
ナビによって性格が違うのか。どうせ消えるのに、そんなことをするのはなぜだろう。単純に、使い回しをよしとしなかっただけなのか。確かに、SW内を見るとそんな手抜きをするようには思えない。
「なになにぃ、何の話ぃ?」
レベッカがガシャ音を鳴らしながら話に入ってきた。
もしも、俺が自然に会話に入るならば鉄の心臓が必要だと思う。レベッカは単純に気にしてもいないんだろうが。
「レベッカさんはナビとどんな感じでした?」
「うーん、普通? 説明してくれて、色々気をまわしてくれて。最後は頑張ってぇ、みたいな感じで別れたかしらねぇ。ちょっと寂しかったけど」
「ちなみに私は、ラーメンのうんちくを語ったら、距離を置かれた」
「サクヤさん……」
「ラーメン好きなのねぇ……」
「構わんのだ。同志は中々見つからないものだからな。なんとなく、リハツには同じ匂いを感じるが」
「残念だけど、食べ物が好きなだけだ。ラーメンはその一つに過ぎない」
「そういえば、カレーについて語ってましたねっ」
「好物の中でも上位だからな」
この会話なんなんだ?
別に無言でもいいのに、わざわざ雑談する意味があるんだろうか。
内心辟易としていたが、話を振られては無視するわけにはいかない。
「話は戻るけどぉ、リリィちゃんは今日いないのぉ?」
「だから宿屋にいるだろ」
「……ふぅん、なるほどぉ」
三人が納得した風に頷いたりしていた。
一体、なんだってんだ、こいつらは。
そもそも、なんでぞろぞろとついて来ているのか。その理由も聞いていない。
手伝いのつもりか。それとも単純に俺を憐れんでいるのか。
しかしそれにしては、レベッカもニースも参加して来たな。ということは同情じゃないのか? なにか他に目的があるのだろうか。
色々考えた結果。答えは出ないし、不毛だと結論を出し、思考を停止した。
気に病む必要もない。それだけがわかれば十分だった。