第二十話 予定調和の音がする
ロッテンベルグにある販売店は多岐に渡っているが、おおまかに分けると三つだ。
一つ目は装備販売店。武器、防具の他に、衣装などがある。衣装は見た目だけ変える、いわばアバターだ。ステータスはあがらない。
二つ目はアイテム販売店。道具、薬品がこれにあたる。道具は能力を上昇するもの、研石のように耐久を回復、または減りを遅くするものがある。薬品は治癒関係だ。薬品店単体の場合もあるし、道具屋の中に薬品が売っている場合もある。
そして三つ目。これは非常に多くの種類があり、一概には言えない。その他としておこう。職人の技術を生かした特殊な商売から、運搬、流通、漁業、林業、工業、サービス業などがここに含まれる。第一次産業、第二次産業、第三次産業の中でゲーム的な要素を多く含まない商売、がここに入る。
当然、飲食業も含まれる。余談だが、レストランなどで食べる食事にも特殊効果があるものもあるが、通常はただの料理だ。効果を付与する場合は、別途料金がかかる。カレーはただの食事で2500ゼンカだった。やっぱり高い。
さて、それを踏まえて俺達が行こうとしているのは道具屋だ。
ロッテンベルグにも幾つか道具屋、薬品店があるが、俺は適当に近場の店へと向かった。
小さなボロ屋だ。周囲に人の気配はなく、裏路地に少し入ったところにある店だった。店先に『ボッタクリ商店』と大きく書かれている看板があった。
「……リハツ。本当にここでいいのか?」
「なんともアレでアレな感じねぇ」
勇ましいというか、自虐的というか。猛然とした商売の姿勢に、俺は感慨さえ覚えた。
「ここでいいだろ」
「待て待て。せめて評価値を調べよう」
評価システムとは、プレイヤーや店の評価をし、その評価値を参照出来るものだ。詐欺の防止にもなるし、依頼を中断したり、未達成であったり、もしくはパーティーを組んだ際、なにかしらの問題を起こした場合などでは低評価をつけ、他のプレイヤーに知らせるというものだ。
サクヤは視線を動かし操作している様子だった。
「ちなみにぃ、タゲると評価が見れるわよぉ」
「そうなのか」
俺はレベッカの言う通りに、店をタゲって見た。
この大きさなのに、問題なくターゲットサークルが地面に出る。
名称
…ボッタクリ商店
目的
…道具の販売
住所
…ロッテンベルグ タイタス区3ノ12
評価数
…89
評価値
…2
評価内容
…15
評価内容に目を通してみた。
『評価1 名前:名無しのナナシ
…店主がうざい』
『評価1 名前:漆黒のオレ
…店主が商売をする気がない』
『評価5 名前:壇・ダダン
…店主がはげ』
『評価1 名前:リーベルハイト・サメハダ
…店主に声をかけられ、突然、機嫌が悪くなり追い出されました。二度と行きません』
『評価2 名前:いつもそこから
…ボッタクゥゥリィ! 名前がイイね!』
『評価なし 名前:ドキュン・ド・キュン
…ここはゲームです。確かに実際に顔を合わせているわけではありません。ですが礼儀は必要です。それはプレイヤーとの交流があるから当然のことです。
ネトゲをしている人ならまずはマナーを守りましょうと考えるのは当たり前です。ですがここの店主はそれが出来ているとは思えません。
私は楽しい気分で「ボッタクリとかマジパネェ、この名前付けた奴、ッベェっしょ」とテンション高く入店しました。それなのに、いらっしゃいませもなく、私が「ありえねぇっしょ。らっしゃっせぇって言ってみろって。ほらセイ!」と優しく声をかけたのに、店主は顔を顰めて無視を決め込みました。
私は段々と不愉快になりました。
しかも自作のSW主題歌を歌い盛り上げようとしたのに、追い出されました。
本当に最低です。この店は最低の店です。みなさんも気を付けてください。
つまり私が何が言いたいか、もうお分かりですね?
また来たいです』
『評価1 名前:ステルスな人
…この店チョーあり得なくなくなくない!?
もうマジ無理。あ、でも店主はスラッとしてたな。ダイエット効果があったのかも!
そうそう、ダイエットと言えば、最近新しい商品が出たんだヨ!
『美顔ガン!』って言うんだけど、ネットで検索して頼んで試しに使ってみたら、なんと一か月で15キロも痩せちゃった☆』
「なにこれ。評価システムってどこもこんな感じなのか?」
「まあ、中にはこういうのもあるな」
サクヤは気まずそうに苦笑を浮かべた。
「私のお店も変な感想書いたり、評価する人いるわねぇ。ただ複アカは厳しいゲームだから、数は少ないけどねぇ。喧伝商売でもしてるのかしらねぇ」
「世も末だな……」
「あまりにひどいとシステムから警告がいくから、綱渡りでしょうけどねぇ。そこまでする理由がよくわかんないわよねぇ」
「で、入るのか? おかしな意見は無視しても、悪評は際立っているが」
「入る。他の店に行くのめんどいし」
「そ、そうか。中々の胆力を持っているな」
どうでもいいだけなんだがな。
俺はくたびれた扉を潜った。店内は薄暗く、視界が確保出来ているとは言えない環境だった。窓は開いている。どうやら日当たりが悪いらしい。
受付には店主らしき男性が座っている。
身体。たしかに細い。
目つき。たしかに悪い。
頭。ハゲてないじゃないか!
俺達が入店すると、ちらっとこちらを見た。しかし興味なさそうに視線を下ろしてしまう。何かの本を読んでいる。小説、だろうか。
「あらー、なんかすごいわねぇ」
同じ商売人として思うところがあるのかもしれない。レベッカはいつもの間延びした口調ではあったが若干刺々しかった。
「回復と、疫病と毒の治癒薬が必要だな」
「適当に選んでくれ。俺は初めてだからよくわからん」
「承った」
サクヤは流麗に頷くと、慣れた手つきでアイテムを物色していった。レベッカも店内を回り、興味深そうに商品を手に取っていた。
やっぱり、俺よりはかなり経験がある。一応二人とも転職しているわけだしな。
そう言えば、職人しかしていない場合は転職クエストとかグランドクエストとかはどうするんだろうか。生産職専用のクエストがあるのかな。
そんなことを考え、ぼーっと二人の様子を見ていると、店主が突然立ち上がった。そしてそのまま、俺のところまで来ると睨み付けてくる。
俺の身長は175センチ。高くも低くもないが、店主は180センチ以上あるのではないか。細身ではあるが、痩せ細っているというわけではなく、引き締まっているように思えた。
執事を思わせるシャツとスラックスを身に着け、長髪をオールバックにしているため迫力が三割増しだ。鋭い視線が俺を射抜く。居丈高な態度に、俺はイラついた。
なに見てんだ。俺をバカにしてるのか。
自分でもわからない。少し前まで俺はちょっとしたことに怯えていたはずだ。なのに、今は猛り狂う怒りの奔流に身を焼かれている。自分でも抑えきれない。これは癇癪なのだろうか。
睨み合うこと数秒。
レベッカは俺を見ていたが、フルプレートアーマーのせいで顔が見えない。
サクヤは逡巡している様子だったが、やがてこちらへと歩み寄って来た。
「…………い」
「い?」
店主の呟きに思わず俺は聞き返す。
サクヤもそれに気づいて、足を止めて動向を見守る。
「…………いら、っしゃい」
「あ、ああ。どうも」
挨拶をすると、店主は再び受付へと戻った。
本音を言えば、店主の声はほとんど聞き取れなかった。なぜなら異常に低音だったからだ。渋いとかそういう次元じゃない。地の底から聞こえる悪魔のささやき声みたいな。
しかし言葉の内容は接客の挨拶だったと思う。
一体、なんだったんだろうか。
戸惑いながらサクヤは元の位置へと戻った。
俺は俺で一応、どんなアイテムがあるか見るだけ見てみようと商品を一つ手に取ってみる。
「…………そ」
いつの間にか隣に店主がいた。
おまえさっき、受付まで戻ってなかったか?
「そ?」
おかしなもので、さっきまでの苛立ちはあまりなかった。自分でも理由は理解出来なかったけど、俺は自然に聞き返していた。
店主は俺を凝視し、表情筋を動かしもしない。口の周りだけ動かすような喋り方で、感情が読めず、不気味と言えば不気味だ。
「…………それは」
「それは?」
「…………防御」
「防御?」
「…………付与」
「付与のアイテム?」
コクリと頷くと、また受付へと戻って行った。
もしかして、商品の説明をしているつもりなのか? だったら不器用にもほどがあるだろ。むしろ無器用だろ!
防御付与のアイテムを元の場所に戻し、他の商品を見てみた。
ふと視線を感じ、受付を見る。すると、店主と視線が絡んだ。
そして店主はカッと目を見開く。もしもここにニースがいたら悲鳴を上げていただろう。
ガタッと、けたたましい音を鳴らしながら立ち上がった店主は、早足で俺のところへと来た。
「…………お」
「お?」
なんかこのやり取りにも慣れて来た。
「…………おまけ」
「おまけ、してくれるのか?」
コクコクと何度もうなずき、サクヤとレベッカを指差す店主。
これは、どういうことだ? パーティーがいるから、おまけ?
いや、なんかニュアンスが違うような気がする。よくよく見ると、店主が指差しているのはサクヤ達が持っている道具だった。
「もしかして、一杯買ったらおまけしてくれるとか?」
店主は首肯した。心なしか、満足そうな表情に見える。無表情なんだけど。
そしてまた受付へ戻った。一々戻るくらいならここにいればいいのにな。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ」
サクヤが眉をひそめている。気持ちはわかる。店主の行動は周りから見れば、理解不能だ。多分、かなりコミュニケーションが苦手なんだろうけど。
しかし、あんな態度では商売になるまい。今までどうやって生きて来たのか。
「アイテムの質はどうだ?」
「質も値段も悪くない。むしろ上質だろう」
「と、なると低評価の原因はやっぱりあいつと……立地だな」
店内がもう少し明るければ印象も多少変わるだろうに。
「商品決まったら渡してくれ。俺が買う」
「私達も出すぞ?」
「はいはーい。当然出すわよぉ。なんたってレベッカちゃんは小金持ちですからねぇ」
「私もそれなりに貯蓄はある。なんせ冒険者ギルドで働いているからな」
「あら、あなた冒険者ギルドのメンバーだったのぉ?」
「ああ、まあな」
「……じゃあ、割り勘だ」
「うむ。それがいい」
「そうねぇ、それがいいわぁ」
押し問答するのも手間だ。ここは二人の言う通りにしよう。
クエストは俺の目的で、二人はクリアしているみたいだから、悪い気がしないでもない。しかし、勝手について来ているのだから、気遣いは無用だろう。
「店主には悪いが、三回にわけて会計して貰おう。これがお前の分だ」
「はい、こっちは解毒薬と疫病のワクチンよぉ」
手渡されたアイテムを一応調べてみた。
解毒薬【中】
…ステータス異常の毒を解除する薬。即効性があるが、クールタイムは1分。一つ500ゼンカ。レア度2。
ワクチン【中】
…ステータス異常の疫病を解除、予防する薬。即効性があり、また事前に使用すれば、30分疫病にかかりにくくなる。クールタイムは2分。一つ800ゼンカ。レア度2。
解毒薬は小瓶に入っており、緑色をしている。なんというか身体に良さそうにも見えるし、悪そうに見える。飲むのにちょっと勇気がいりそうだ。
ワクチンは錠剤だ。この時代に錠剤とは、世界観的に大丈夫なんだろうか。
各5つずつ購入することにして、受付へ。
「…………か」
「会計したいんだが、いいか?」
店主は頷き、了承の意を表した。
それぞれ会計を済ませ、袋の中に道具をしまう。
「…………あ」
「ありがとな」
「…………ま」
「またお越しください?」
何度も頷く店主を見て、なんだかおかしく感じてしまう。
接客が驚くほど下手なだけで、別に問題ないんじゃないだろうか。いや、接客が下手のレベルが下に振り切っているのが最大の問題なわけだけど。
俺達はひらひらと手を振り店を後にした。
「なんかぁ、おかしな人だったわねぇ」
「うむ。だが、商品自体には問題なかった。評価は的確とは言い難いな」
「そんなもんだろ」
他人の評価なんて適当なものだ。感想なんて個人的なもので、他人が同じように感じるかどうかは別問題だ。それに評価を正しく出来る人間は、そう多くないと思う。
誰しも勘違いし、思い込み、感情的になる。噂を鵜呑みにする人間の多さを目の当たりにすれば、人の汚さと自惚れを知ることが出来る。
他人のことなんてわかりはしない。わかろうとするからこそ、少しは理解出来る。
他人の気持ちを雄弁に語る、批評、一部を見ての人格定義。それらをする人間ほど、底の浅い奴らはいない。人間はそんなに簡単じゃない。だけど、自分にとって害悪でしかない人間を受け入れ、理解する必要もないと思う。
俺も、変わりはしない。人が嫌いなのだから。
「じゃあ、いよいよ出発かしらねぇ!」
レベッカが気勢を吐く。やる気があるのはいいが、ちょっとうるさい。口調はややおっとりしているような気がするのに、内面は意外に熱血なのか?
俺は小さくため息を漏らすと、タイタス通りからシルフィー通りへと向かおうと、一歩踏み出した。
「あ、リハツ、さん?」
そこにいたのはニースだった。