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セカンダリィ・ワールド RMT  作者: 鏑木カヅキ
グランドクエスト編
20/105

第十八話 ラーメン大好きサクヤさん

 翌朝。朝日が昇り、俺達を照りつけている。


 このままここにずっといたい衝動に駆られてしまう。


 けれど、それではリリィが帰れない。

 せめて最後に後腐れなく、誰も巻き込まないようにしなくては。


 転職したらまたここに来よう。


 鉛のように重い身体をなんとか引き起こし、俺は覚束ない足取りでギルドに向かおうとした。


「行くの、か?」


 後方から声がした。しゃがれて、聞き取りにくい。けれど、言っていることは明瞭に伝わった。


 振り返ると、隣に座っていた男がこちらを見上げていた。


 初めて顔を見た気がする。隣にいたのに知らなかった。


 彼は若かった。俺と年齢はそんなに違わないだろう。無気力ではあるが、目に生気がないようには見えない。しかし、俺を見ているようで違うものを見ているような気もする。浮世離れしている。それが彼の第一印象だった。


 昨夜の雨が汚れを落としたらしく、衣服も肌も小奇麗になっていた。そのせいか、どこにでもいる青年のように見えた。


「……ええ」


 驚くほど自然に声が出た。

 どもりもせず、自分の声かと疑うほどに淀みなかった。


「そうか」


 彼はそれだけ言うと再び地面を見つめる。

 不思議な感覚だ。初めて会話し、初めて顔を見合わせた間柄なのに、どうしてもこうも安心してしまったのだろう。


「いつでも来い。来なくてもいい。来たければ来たらいい」

「はい」


 その会話を最後に俺はその場から離れた。

 確かに感じた。俺はその時、彼に共感していた。


 同じ苦しみを味わったものにしかわからない。彼は俺を理解し、俺は彼を理解した。


 ただそれだけのことだった。


   ▼


 時刻は午前九時少し前。そろそろ冒険者ギルドがオープンする時間だ。


 俺はその時を待ち、店先で待機していた。


 リリィの姿はない。期待しているわけではないが、いつでも彼女は俺の場所へ移動出来るのだ。それをしないということは、そういうことだ。


 落胆はない。どちらかと言えば安堵している。

 これでもうなんのしがらみもなくなる。無駄に誰かとの関係を悩み、一喜一憂することもないだろう。元々俺達の間にはなにもなかったのだから。


 九時きっかりに扉は開いた。いつもの受付の女性が顔を出すと、俺は一礼する。


 引きつった表情を返して来た。

 あんたまでそんな顔をするのかと無性に腹が立つ。


「お、おはようございます」


 彼女の挨拶におざなりに返事をすると、中へと入った。

 開店間もないため人はいない。


「あの、転職クエストってあります?」

「え? ええ! ありますよ!」


 黒髪の受付に言うと、途端に表情を明るくした

 嬉しそうにしやがって。なんなんだ一体。


 受付まで誘われて説明を受けた。


「転職クエストは通称でして、グランドクエストをクリアすると転職出来るようになります。Dのグランドクエストは簡単なので、お客様ならすぐクリア出来るかと」

「そうですか」

「えーと、こちらですね」


 机の下をごそごそ探ったと思ったら、受付台の上に書類を差し出してきた。

 手に取ると概要が書かれていた。


 グランドクエスト『黒魔女の森』 

 …必要ランクD


 概要     

 …ロッテンベルグの西にある、メリアの村で疫病が発生した。

  冒険者にはその解決を頼みたい。

  どうやら近辺の『黒魔女の森』に原因があるようだ。

  恐らく魔女の仕業だろう。

  どうかメリア村の人々を病から救ってほしい。

  メリア村の中には、冒険者の資質を見極める能力を持つ占い師もいる。

  村人を救えば、新たな可能性を見出すことが出来るだろう。


 報酬

 …転職が可能になる

 …家が購入可能になる

 …露店を出せるようになる

 …サブジョブを解放

 …クイック・イクイップが使用可能になる

 …習得スキル値全て+1(制限:40まで)

 …50000ゼンカ

 …他


 『クエストを受けますか?』というメッセージが出たので即座に『はい』を押す。


「受けました」

「かしこまりました。クエストが完了しましたら、再びここに戻って報告をお願いいたします」

「はい」


 ここにもう用はない。

 さっさと済ませて、あそこに戻ろう。


「あの」

「……なんですか?」

「いえ、その、念のため装備を整えて、回復アイテムを買っていく方がいいかもしれません。ソロですよね」

「それがなにか?」

「初めてのボス戦でしょうから、準備はしておいた方がいいかと。それに一応パーティーで戦う相手なので。お客様は十分スキル値が上がっているでしょうが」

「ご忠告どうも」


 別にどうでもいいけど。

 立ち去ろうとすると、また声をかけられた。


「あの」

「なんですか……」

「いえ、大丈夫ですか? なんかお疲れみたいですけど」


 疲れ? そんなものはまったくない。むしろ快調だ。


「別になにもありません」

「そ、そうですか」

「もういいですか、さっさと行きたいんで」

「す、すみません」


 なにを謝ってるんだこの人は。

 意味がわからないやり取りで、気疲れしてしまった。


 俺は店から出ようと、再び足を踏み出す。


「あ、あのやっぱり」

「だから! なんなんですか、さっきから!」


 一々邪魔してこの人はなにがしたいんだ。段々、頭に血が昇って来た。


 なんだ? 俺をイライラさせたいのか?


 しかし、返って来た言葉は、俺の思っていたものとは違った。 


「……私も一緒に行ってもいいです?」

「はぁ? あんたなに言ってるんだ?」


 思わずタメ口になってしまう。呆れ果てていた。


 言動が理解出来ない。この人がなにを考えているかもわからない。


 あれか。また詐欺かなんかだろうか。俺に付きまとう理由はそれくらいしか浮かばない。そうか、わかったぞ。思い出した。俺が納品しに来ると、微妙にイヤな顔をしていた。最後に断られたのも、俺が同じ素材ばかりを納品していたからだ。


 なるほど。確かにそんな客がいれば困るだろう。だからその仕返しというわけか。


「スキルは同じくらいですし、いいですか? フィジはちょっと高いですけど」


 これはつまり同じパーティーに入って邪魔をしようとしているのか。

 いいだろう。別に他人なんてもうどうでもいいしな。


「……好きにしたらいい」

「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと待ってて下さい」


 足早に店の奥に行ってしまった。


 待つのも面倒だし、このまま一人で行く方がいい気がする。だけど、一度了承してしまった手前、それは気がすすまない。こっちに非がある状態にするのは好ましくはない。あくまで相手に非がある状態のままでいなければ意味がない。


 俺は憮然として、女を待った。

 数分して、ようやく戻って来る。


「お待たせしました」

「ああ」


 俺はさっさと外に出た。


 もう他人のために何かを犠牲にするのはうんざりだ。時間も労力も俺のためだけに使いたい。


「それで一応パーティーなので敬語をやめていいですか?」

「別にどっちでも」


 隣に並びながら話す女に、俺は面倒そうに返した。


「じゃあ、普通に話すぞ」

「……あんた、そんな話し方なのか?」

「そうだが、変か?」

「いや……まあ、個人の自由だろ」

「うむ。私もそう思うぞ。気が合うな」

「合わねえよ」


 合わせる気もない。


 これは選択を間違ったかもしれない。なんとも癖の強い女だ、こいつは。


 だが、って。男口調というか、女が使うと武士みたいな? 確かに見ると、和風な感じはする。長い髪を後ろで括っているし、女流剣士の印象を受けなくもない。


 しかし服装はミニスカートにシャツ。西洋風の正装のような感じだ。


 口調が破滅的に合っていない。


「私はサクヤ・カムクラだ。ラーメンが好きだ」

「おい、まさかその名前……」

「そういうことだ。みなまで言うな、色々と問題があるからな」

「お、おう」

「おまえはリハツだったな?」

「ああ」

「呼び捨てでも?」

「好きに呼べ」


 サクヤは俺から見て年上だろう。だが、年功序列なんて俺には関係のないことだ。


 敬語を使うのも億劫だし。それを気にするような人間ならさっさと見限る。元々、見限っているし期待もしていないけど。


「ではリハツと。私もサクヤでいい」

「そのつもりだ」

「そうか……ふむ」


 大通りに人が増えてきた。邪魔くさいが、まあ無視すればいいだろう。


「ところで先に装備を整えるのだな?」

「ああ。あんたは?」

「おっと、装備はまだしていなかったな」


 サクヤの腰に刀が装備された。漆黒の鞘で、俺の知っている現実の刀と酷似している。


 タゲって調べてみると、職業は侍らしい。タンクじゃなくてアタッカーみたいだな。


 衣服は着物を若干洋風のデザインにした感じだ。丈は太もも程度までの長さ。動きやすそうではあるが、侍というよりはくノ一っぽい。


「こしらえは現実の刀を模倣している。ファンタジーの刀はどうも風流がなくてな。芸術性を感じないのだ」

「こだわりがあるのは悪いことじゃない」

「うむ。おまえとは気が合うな」

「合わねえよ」


 こんなよくわからない会話を続けて、俺達はレベッカの店に到着した。


「ほう、ここか」

「知ってるのか?」

「ああ。中々腕利きだと聞いている。ただネーミングセンスはないとな」

「店名が『レベッカ』で店主もレベッカだからな。でも『パンドラ料亭』よりはマシだろ」

「ほほう、そこを知っているとはやるな。しかしあそこはラーメンがない。私にとっての希望はあそこには存在しないということだな」

「知らねえよ、そんなの」


 ほんとどうでもいいことばかり言ってるなこいつは。


 俺も変わりはしないか。


 雑談をしていると『レベッカ』が目の前にあった。最初は入店さえ抵抗があったのに、今は気軽に入ることが出来る。


 例え慣れたとしても、俺の糧になることはない。俺はもうあそこに戻ると決めたのだから。

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