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セカンダリィ・ワールド RMT  作者: 鏑木カヅキ
グランドクエスト編
19/105

第十七話 勘違いとすれ違いと幼い心

 『小鳥亭』に帰った俺は、所持金とクエスト状況を確認した。


 所持金     

 ・1,921,200ゼンカ


 ギルドランク  

 ・D  20340/5000(残り0でランクアップ)


 クエスト達成数

 ・討伐クエスト   0

 ・納品クエスト   564

 ・昇格クエスト   1

 ・グランドクエスト 0

 

 クエスト評価値

 ・討伐  なし

 ・納品  なし

 ・その他 なし


 結構、貯蓄出来た。これは予想以上に貯まるんじゃないだろうか。


 計算すると、日割りで286,000ゼンカ。三年で算出すると、313,170,000。310mか。三億一千万ゼンカというのはかなり大きいのでは。


 でも正直この状態で三年やり続けるのは難しい。ギルドも買い取ってくれないだろうし、なにより精神的に厳しい。こつこつやるのは嫌いじゃない。けど、三年同じ作業をずっと繰り返すとなると、精神汚染されそうだ。


 今回は偶々イエロースライムジェルが高騰していただけだしな。


 やっぱり先に進む方がよさそうだ。


 それに装備を整えたり、まともな食事をしたり、或いはアイテムを買ったりすれば浪費は免れられない。


 運が良かったと思って、また違う素材を集めるか、他の方法を模索するしかない。どちらにしてもスキルもステータスも限界がある。最近ではスキル値が一日中狩っても1も上がらないし厳しくなっている。


 ちなみに昇格クエストは簡単だった。『イエロースライムジェル』の納品だったからだ。おかげですぐに終わった。


 もう少し。もう少しだけ時間が欲しい。


 俺はUIを弄りつつ、ベッドに横になっていた。

 食事をする時間も惜しい。ここ一週間『ムサドッグ』ばかり食べている。露店で打っているホットドッグみたいな食べ物だ。結構美味い上に安い。仮想現実では栄養バランスを考えなくてもいいのは助かる。


 今日もムサドッグを頬張りつつ画面を見て、指を動かす。


「ねえ、何してるのよ」

「ちょっとな」

「またそれ?」


 辟易としている様子だ。

 のらりくらりと躱している俺にむかっ腹が立っているといったところだろう。


「毎日スライムばっかり狩って飽きない?」

「飽きた」

「でしょ? もうさ、転職しなさいよ」

「やだ」


 これは意地だ。俺は意固地になっている。

 それはわかっている。けれど志半ばで断念したくはなかった。断念し続け、諦めつづけそうしてどうなったかは俺がよくわかっている。


 流れるように指を動かす俺を見てリリィは言う。


「……正直さ、もうあたしも飽き飽きしてるわけ、わかる?」

「ああ」

「あ、あんたの顔も見飽きたわけわかる?」

「……ああ」


 今日は一段としつこい。


「ナビだから傍にいないといけないけど、もう解放して欲しいのよ」

「そうか」

「……聞いてるの?」

「聞いてるよ」


 不愉快だけど聞いてる。

 毎日聞いてる。もういい加減にして欲しい。


「だからもう少し待ってくれって」

「もう待てないの! 毎日毎日! 夜になんかしてるし!」


 なんでそこまでしてリリィは嫌がるんだろうか。

 確かに、俺を慕ってはいないのだろう。仕事を終えたのだからもういいだろうという気持ちもわかる。でも彼女はAIだ。時間に捕われた人間とは違う。


 システムのリソースを割いている、という面では問題はあるだろう。けれど、一プレイヤーのナビを他のプレイヤーに割り当てないと困るくらいなんだろうか。


 いや、それも俺の自分勝手な考えか。

 苛立つのもわがままだ。俺がリリィの意思と役割を無視しているのだから。


 目標はすぐそこだ。上手くいくかはわからないけど、もう話してもいいかもしれない。


 それに毎日のように非難されていい気分なわけがない。せめて説明した方が良いだろう。反対されるだろうと思って黙っていたけど、ここまで来て止めろとはリリィも言わないはずだ。


 そう思い、俺は口を開く。


「実は、な」

「あ、あんたもしかして、あたしのこと好きなの?」

「……は?」


 からかうような口調だった。いつもと違う。どうやらかなり怒っているらしい。

 その目は見たことがある。蔑視だ。見下す視線。俺を嘲笑している。


 俺は思わず、過去を思い出して絶句してしまう。


「言い返さないってことは、そうなんだ? ち、ちょっと、やめてよね。AI萌えって奴? それともフィギュアとか妖精とか小さいのが好きな口?」


 違う。そんなんじゃない。


 俺は別にリリィにそんな感情を抱いていない。


 ただ、親近感を持っていただけだ。だから、離れるのは寂しいと思っただけだ。

 けれど言葉に出来ない。俺は過去の妄執に捕われていた。


 俺を蔑んだ奴らの顔がリリィと重なってしまう。


「さ、最悪! き……き、気持ち悪い!」


 その言葉を最後に、俺の視界は暗くくすんだ。


 やっぱりそうだったんだ、という思い。リリィはナビだから俺と接していただけだったんだという確信だ。


 仕事が終わった、役目が終わった、だから解放して、というリリィの心の叫びだと思った。今までのやり取りはただの仕事。役割。プログラム。そして、プログラムにない今の状況ではリリィの本心が出ている。


 嫌われていたんだ。


 それもそのはずだ。俺は身勝手な行動をとっている。彼女の気持ちをないがしろにして、勝手に突っ走っている。


 でも、少しは思っていたんだ。離れるのが少しは寂しいと思ってくれてるんじゃないかって。そう思いたかった。


 現実は違った。それだけのことだ。


 俺みたいな奴に親近感を持たれても誰も嬉しくないだろう。リリィもニースもそうだ。だからこれは当たり前の結果なんだ。


「と、とにかくさっさと転職しなさい! あ、あたしがいなくても一人立ちしないと、あんたはいつまで経っても、自立出来ない……」


 リリィの言葉は止まった。俺を凝視している。

 恐らくは驚愕だろうか。それが彼女の心を支配しているように見えた。


 俺はどんな顔をしているのか自分でもよくわかっていない。


「ジョブクリエイト」

「……え?」

「ジョブクリエイトしたかった」

「ど、どういうことよ」

「ランクアップして、ジョブを見てみた。希望のジョブがなかった。だから、ジョブクリエイトしようと要望を出してた」

「……だ、だからどういう意味」

「企画が通りそうだった。もう少しで。だから時間が欲しかった」


 先ほどの勢いはリリィにはなかった。ただ戸惑っているということだけはわかった。それしかわからなかった。


「ジョブの名前は、フェアリーテイマー。ナビを使い魔に出来るジョブだ」

「………………え、うそ」

「けど、もう意味はないな。意味はなかった最初から」


 バカらしい。無駄だったんだ。


 俺が浅はかだった。少しでもリリィが俺に絆を感じてくれていると勘違いしていた。勘違いしようとしていた。


 わかってたんだ。初日の夜、簡単にお役御免だと言ったリリィを見て、俺はわかっていたはずなんだ。彼女が俺に関心がないってことを。


 それでも、嬉しかったから。優しくしてくれたのが嬉しかったから。もしかしたら、これからも一緒にいられるんじゃないかと思っていた。


 気持ち悪いと思われても仕方がない。


 きっと必死だったんだろう。引きこもりから脱却するきっかけを探していた。そうしなければ脱落したあの人達みたいになる、その焦燥感が俺を突き動かしていた。だから縋った。親切にしてくれたリリィに。仕事でもナビでもAIでもいいと、そう思った。


 それもすべて思い込みで勘違いだった。独りよがりだったんだとわかった。


 もういいだろう。努力しても報われないのはわかっている。特に人に対しては、俺を誰も見てはくれない。献身的になっても、必死になっても伝わらなかったことばかりだった。だから、こうなったんだ。それを忘れようとしていた。


「明日、朝、すぐにギルドに行って転職する、それでいいだろ」


 ここにいたくない。どこでもいい。一人になりたい。


「ま、待って」

「まだ、罵倒するのか……もうたくさんだ。やめてくれ。俺が悪かったから」

「そ、それは!」


 もう聞きたくない。これ以上、あいつらと同じ目や声をしたリリィとはいたくなかった。


 俺は逃げるように部屋を出た。

 『小鳥亭』から外へ。大通りには誰もいない。


 雨が降っていた。

 別に冷たくもない。適温のままだ。少し濡れた感触がするけど、大したことはない。


 俺はそのままふらふらと適当に歩き回った。

 自分がどこにいるのかもわからない。まともな思考が俺には残っていなかった。


 弱い。なんて弱いんだろうか。


 一人で生きていこうとすればよかったのに。他人に助けを求めてしまった。そんな資格は俺にはないことはわかっていたのに。


 気づけば、彼らがいた。救済プログラムを断念した彼らだ。

 いつの間にか、辿り着いたらしい。


 路地裏、ただの通路。左右は建物の壁があるだけで、屋根はない。無骨な石畳に座っているだけの置物のようにも見えた。


 彼らは雨を気にもせず、生気のない瞳で地面を見つめている。最初は不気味で、哀れだと思っていた。けれど今は、なぜだか羨ましいと思っていた。


 俺は彼らの近くの座った。


 誰も何も言わない。視線も向けない。ただ漫然とそこにいる。オブジェクトのように、ただのプログラムのような錯覚さえ覚えた。

 座っているとだんだんと妙な感覚に襲われる。


 心は次第に重くなり、やがて何も感じなくなる。過去のしがらみも今の希望も全て雨と共に流れて、俺はなにも考えないように努めた。


 そして彼らの気持ちが少しわかった。


 ここは誰も俺を傷つけない。食事も必要ない。生理現象もない。誰も嘲笑しない。息をしているだけでいい。


 これが自由なのだと、そう思った。

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