第十六話 絢爛豪華なギルディズム
私はサクヤ。サクヤ・カムクラ。ラーメンが好きだ。
私の仕事は冒険者ギルドの受付、経理だ。最初は営業スマイルも抵抗があったが、今では問題なく業務を行えている。
元々接客業には興味があった。だが元が無愛想だったために、現実ではことごとく断られてしまったのだ。しかしSWならばそれを叶えてくれる。そう思い馳せ参じた。
結果、私は念願叶って受付をしている。しかも経理という重要な業務まで与えられている。なんという僥倖。私は今幸せだ。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
奴だ。奴の存在が私達を脅かしているのだ。
私は今日も、冒険者ギルドで受付業務をこなしている。
完璧な笑顔、完璧な応対、完璧な所作。
かんぺぇきぃだぁ……。
自己陶酔するのも一瞬の出来事だ。
現在、私は常時WISを開いている。グループにはギルドメンバーが全員入っている。
私は一呼吸おいて、小さく口腔を開き、定時連絡を開始した。
「こちらサクヤ。現在異常なし」
『ご苦労。引き続き業務を頼む』
「了解」
ギルマスの声が強張っているのがわかる。
豪胆で冷静沈着。思慮深い人格者。その上ダンディなオジサマで奥様方の人気がある。そんな彼でさえも畏怖している。
Rめ。今日こそは負けん!
私は自慢の黒髪を揺らすと気合いを入れなおした。
大和撫子を目指す私だ。これくらいの困難に折れてなるものか。
と、入口を見ると新たなお客様がやってきた。
私はいつもの笑顔を浮かべ、そのプレイヤーの顔を見た。
奴だ!
「コードR発令! コードR発令! 間違いありません、奴です!」
『なんだって!? 今日は時間が早いじゃないか! くそっ! まだ搬出準備出来てないぞ!』
アキラが苛立ち気に叫んだ。彼女は男勝りで姉御肌なドラグーンだ。とても頼りがいがある。だがそんな彼女も、今は動揺してしまっている。
『予備倉庫の状況はどうにゃ!?』
にゃむむが声を荒げる。彼女はとても可愛く愛嬌があるキャリナだ。小柄で愛玩動物のようでもある。普段は子供っぽいが、とても数字に強い。しかし今日はしっかりしてもらわなければ困る。
『シット! 予備倉庫は第一から第五まで満杯だ! こんな時に、依頼品が溜まるなんて。近隣の道具屋に声をかけたのかよ!』
『無理にゃ! もうアレで一杯にゃ! 運搬業者か行商人が来るまで待つにゃ!』
『それ何時だよ!』
「くっ! R接近、来ます!」
Rは私の列に並んだ。他の受付嬢にも緊張が走っている。
くっ! これは確実に標的にされている!
いつもいつも私の受付に来ては、こう言うのだ。
「あ、あの、今日もお願い出来ますか?」
少しにやついて、卑屈な笑顔を浮かべる。最初は不慣れなのだな、と思った。しかし、違ったのだ。間違いない。奴は愉しんでいる。私達の、いや私の困る姿を見て、内心ほくそ笑んでいるに違いない。
事実、奴は毎日のようにやってくる。同じ素材を大量に持って来るのだ。
ギルマスも最初は「良いお客さんじゃないか。最近納品がレア4以上に偏っていてね。少し困っていたんだ」なんて言いながら、ほほほっ、とか笑っていたのに今では。
『落ち着きたまえ! まだ大丈夫だ!』
一喝だった。しかし声は間違いなく焦っていた。
『我々には事前準備がある。予備倉庫がなくとも、すでに第一倉庫は空けてある。そうだろう?』
『あ、ああ、そうだった。つい、焦っちまって』
『そうだったにゃ。忘れてたにゃ……』
そう、そうなのだ。昨日受け取れなかった分、今日に繰り越されるだろうと考えていた量も考慮して倉庫を空けている。
予備倉庫は狭いが、本倉庫はその比じゃない。それが丸ごと空いているのだ。
ならば問題はない。素材は腐らないからいつでも置いておけるし。ただずっととはいかない。日々他のプレイヤーも納品するからだ。
ただ基本的にロッテンベルグはレア度が低いか、異常に高いかの納品しかない。ある程度先へ行くと、いくつか村があるからだ。そこにも冒険者ギルドの支店がある。ロッテンベルグに納品するのは、周辺の敵の素材、少し遠征した先にある『爛れた者どもの樹林』で手に入れた素材だけ。
つまり納品される数は多くないということだ。
前述の理由に加え、ロッテンベルグは経由都市であり、人の行き交いは激しいが、冒険者ギルド自体はさほど忙しくない。
そして初心者の多くはすぐに先へ進むのだ。
だからRの行動は珍しい。そのせいで私達は対応に迫られている。
「いらっしゃいませ」
一人一人とこなしていく。
WISはグループ通話状態だ。他のメンバー達が息を飲んでいるがわかる。
そしてついに奴の順番が回ってきた。
「いらっしゃいませ!」
かぁんぺぇきどぅあぁ……。
こんな状態でも完璧にこなす私。やはり接客の才能があるらしい。
しかし奴は私の美麗な業務対応など気にもしていない様子で言った。
「あ、あの、今日もお願い出来ますか」
来た! 待っていたぞ、R!
私達はすでに先手を打っている。貴様の謀略など、すべて握り潰してやる!
「はい、どのような素材でしょうか」
「あ、えと、イエロースライムジェルを」
飽きもせずに毎日毎日!
知っているのか。貴様のせいで、イエロースライムプリンの価格が暴落しつつあるのだぞ!
ジェル一つに対し、プリンは三つから八つ出来る。八つとなると、相当な調理師でなければ無理だが、三つは確実だ。ジェル百個あれば三百。
スライムプリンは七色ある。その一色だけが増えれば必然的に暴落する。
一日三千個あれば十分なのだ。ロッテンベルグではその数でいい。それを毎日毎日一プレイヤーが持って来てしまっては困る。じゃあ、買い取りをやめればいいって? 天下の冒険者ギルドが買い取れませんなんて言えるか! 商人ギルドから個人事業まで冒険者ギルドから結構な量を卸しているんだ。つまり卸売業の老舗なのだ。それがイエロースライムジェル如きを買い取れませんというのはプライドが許さない! というのがロッテンベルグ支店のギルマスの考えだ。
私はいいんじゃないかな、って思うんだがな。
それはそれとして、問題は奴の対処だ。
「おいくつですか?」
最初201個持ってきた時は聞かなかった。次に500個近くを持って来たので、イヤな予感がして聞くようにしている。
その予感は的中しているわけだが。
「えと、二千個大丈夫ですか?」
ばっかじゃないのこの人!
なんで個人で二千個なんて持ってるんだ!? しかも昨日の今日で。
ちなみに昨日も同じ数を言った。断腸の思いで千五百個でお願いしますと頼んでしまった。多分あれで、ギルマスの魂に火を点けてしまったのだ。
「ターゲット、納品数二千! 行けますか!?」
私は叫んだ。周りから見れば薄ら笑った程度にしか見えないだろう。
『二千!? ばっかじゃねえの!?』
それ私がさっき言った。心の中で。
『大丈夫にゃ! 本倉庫は、これから搬入される数を考えても五千までならなんとかいけるにゃ!』
『サクヤ君……ゴーだ』
ギルマスの低い声が聞こえた。ここに主婦達がいたら黄色い悲鳴を上げていただろう。
「かしこまりました。二千個でよろしいですね」
私は勝ち誇りながら言う。
どうだ。冒険者ギルドを舐めるなと胸中で悪態を吐きながら。
だが、
「あ、あのもしかしてまだ買い取ってもらえますか?」
ん? どういうことだ。
これは今後もということか?
そうか。挑戦か。私達に対する挑戦なのだな。
「聞きましたかギルマス」
『ああ、聞いた。我々に対する宣戦布告だ。明日からももっと納品してやるから、覚悟しろという、な。ふふふ、ここまで甘く見られるとはな……サクヤ君』
「は、はい」
『ゴーだ』
ここぞとばかりにいぶし銀な声音を出すギルマス。
私は感動に打ち震えつつ、答えた。
「構いませんよ」
「本当ですか!? じゃあ、あと三千百十二個追加で。合計で五千百十二個ですね」
時が、止まった。
「……今なんと?」
「え? え、えと、三千百十二個追加で納品して良いですか?」
私達は勘違いしていた。まだ買い取ってもらえますか、という言葉に、明日以降もという言葉を勝手に付け足してしまっていた。それはさすがに二千個以上は持ってないだろうという先入観があったからだ。
しかし奴はそういう意味で言ったのではなかった。文字通り、今、もっと引き取れ、そういう意味で言ったのだ。
「イエロースライムジェルだけで?」
「え、ええ」
…………。
ヒイイイイイィイアアアアアアァ!
「ギルマスウウウゥ!?」
『プギャギャギャ! ジェル五千百十二個プラス現状の在庫二千八百二十かけることの八、は!?』
オー……ギルマスが壊れた。
『え、えと、六万三千四百五十六?』
『プギャギャ! アラビア数字では!?』
『63456にゃ……』
『……通報だプギャ』
語尾がおかしなことに!?
『ギルマス!?』
『運営に通報だ! Rは化け物だ! 奴はバカ者だ! 通報だ! 評価しろ! 1点で評価するんだ! イエロースライムジェル事件と名をつけて、未来永劫語り継ぐのだ! プギャッハァー!』
『ギルマス落ち着いて!』
「あのぅ、無理ですか?」
「あ、えと、その」
無理ですか、じゃない! なんでむしろいけるって思うんだこいつは! もっとプレイヤークエストで探すとか知り合いの職人に声かけるとか、直接卸すとかそういう努力をしろ!
『無理無理! 無理に決まってるんだもんねぇ。断っちゃえギャップルゥ!』
語尾が変化した!?
『ギルマス!?』
『……心労溜まってたんだな』
『無理からぬことにゃ』
「あのぉ……?」
「少々お待ちを!」
「は、はい」
ギルマスを落ち着かせるのを諦めた私達は再度話し合う。
『どうするにゃ?』
『無理じゃねえの。さすがに5112個はやりすぎだろ』
「そ、そうだな。私もそう思うよ」
『でも、今日幾らか受け取ってもまた来るにゃ?』
『無限に続きそうで怖えぇわ……』
「ならば妥協するしかないな」
『どうすんだ?』
私は考えを二人に教えた。
もうこれしかない気がする。情けないけれど、そうするしかない。
『そうするしかにゃさそうにゃ』
『あたいもそう思うぜ』
『プギャギャ! ゴーゴー!』
三人の許可を貰って、私は決意した。
もうこれしかない。
「あ、あの?」
「わかりました。5112個ですね。承ります」
数を口にするだけで唇が震える。
周りのプレイヤーも聞こえていたのか、ぎょっとした顔をしていた。そりゃそうだ。初期の街周辺でここまで狩り続ける精神が信じられない。絶対先に行った方が報酬がいいのに。妖精を連れているから間違いなく初心者だ。もう転職も出来るだろうに、ここに留まる理由は、嫌がらせしか浮かばない。
今回は完敗だ。だが次は、次こそは……いや、もう勘弁して欲しい。
「あ、よかった。全部引き取って貰えるんですね」
「ええ。それでお願いなのですが」
「お願い?」
きょとんとして、実はわかってやってるんだ、こいつは。
「ええ、さすがにイエロースライムジェルだけの納品は限界がありまして」
「あ、そうなんですか」
そうなんですよ!
「なのでお客様に限っては今回で最後とさせて頂きたいのですが……かなりの量を引き取りましたし」
「うーん、わかりました。そっか、プレイヤーしかいないなら材料を消化するのも大変ですもんね、すみません」
「いーえー、それは気にしなくてもいいんですよぉ」
気にしろ!
「では会計石を……はい、今回の金額はこちらですね」
「766,800ですか。あれ、単価下がってます?」
あんたのせいだ! 実際はもっと下がってるんだよ。これが精一杯なんだ!
「え、ええ。これが限界でして」
「高騰時の単価200なら、1,022,400ゼンカですよね。うーん、まあ、大量に引き取って貰うしいいか」
「そうでしょう、そうでしょうとも」
R……いや、リハツとかいうプレイヤーはゼンカを受け取ると、満足そうな顔をした。
「それじゃありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
もう来ないでくれ!
「あ、また違う素材手に入れたら来ますね」
「え? あ」
「それでは」
肥満体を無理やりに曲げ頭を下げると、奴は外へと出て行った。
『あいつ、また来るぜ、きっと』
『次はガーガーの羽を大量納品とかだったりしてにゃ』
『食品系以外はさすがにないだろ。消費するのが大変だし』
内心では私もそう思っている。しかし奴のことだ。そんなことは頭にない。
もうギルマスの無駄なプライドに従うのは止めようと心に決めた。
『プギャ? ……奴は!? 本倉庫空いてるか!? 納品数を報告しろ!』
そして私はこの時初めて気づいたのだ。
ギルマスってヘタレだったのだな、と。