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セカンダリィ・ワールド RMT  作者: 鏑木カヅキ
チュートリアル編
13/105

第十三話 お金は大事

 冒険者ギルドはロッテンベルグの北東、施設区画にあった。


 歩いている間もリリィは無言で思案顔のままだ。こう見ると、人間にしか見えない。見た目は妖精だけど、人格があるように思える。多分、人口無脳なんだろうけど。


 さて俺はというと、当然ながら大通りを歩くのは回避している。ニースがいた時は、緊張していて周りに目がいってなかったけど、今は違う。


 マップを確認する。


 正門は四つ。各通りの端にある。つまり北東門、北西門、南西門、南東門があるということだ。円状の街に×型の大通りがあると言えばわかりやすいか。各区画を半分に切るように通っている。


 北東の通りはフレイアル通り、北西の通りはウィンディ通り、南西はシルフィー通り、南東はタイタス通りという名称がついている。雰囲気から、火水風土属性のあやかって名付けたんだろう。


 飲食店は商店街に拘らずに各区画に点在しているが、『パンドラ料亭』は南東にあった。北に突っ切れば、北東の施設区画へ行ける。細い路地を通ることになるけど、問題はないだろう。


 大通りに比べ、路地裏は薄暗い。アンダーグラウンドな雰囲気が漂っており、俺は内心びくびくしながら進んだ。


 リリィは、居住エリアでは抜刀出来ないと言っていた。

 少し気になって、ヘルプ画面を開く。


「PK……はあるのか」


 ただし、PKエリアでないと攻撃は出来ないらしい。


 しばらくして施設区画へ。かなり遠い、徒歩三十分位かかった。利便性を追求し過ぎないというのはわかるが、これはこれでかなり大変だ。

 街中だけでも移動する手段があるといいんだけど。


 そう言えば町の外はどうなっているんだろうか。


 俺はマップを縮小してみた。


 しかし、街の外の地図は白紙だ。南東通りからほんの少し先が明るくなっているだけ。左上にコンパスがあり、それ以外にはなにも描かれていない。


「これってマッピングしないといけないのか……」


 紙に書く必要はないが、実際に訪れないと地図にならないみたいだ。

 ロッテンベルグは米粒程度。マップはA4ノートの見開きくらいはある。


 ひっろ! SW広すぎるだろ!


 地図埋めるの大変だなこれは。

 なんて考えている内に冒険者ギルド前までたどり着いた。


 木造の三階建て。横幅は家が三軒ほどの広さだ。施設にしては規模は大きい方だろう。


 窓は全開で内部が見える。冒険者風の風貌をしているプレイヤーが多い。

 中は人でごった返している。通れないくらいではないが、混雑しているように見えた。


 人ごみは嫌いなんだよな。疲れるし。なんか生気が吸い取られるような気がして。


 ふと入り口横を見ると、閉店時間は午後十一時となっている。時刻は午後九時前。もたもたしている時間はなさそうだ。


 さっさと終わらせよう。


 中に足を踏み入れると、まず目に入ったのは左右の壁に貼り付けられた紙。隙間がほとんどなく、表面には依頼とか内容とか報酬が書かれている。


 入って左側はプレイヤークエスト、右側はギルドクエストらしい。上部に看板がかけられている。


 どうやって受けるのかと思い、依頼書を凝視すると、選択肢が出た。


 『この依頼を受けますか?』


 なるほど、これはタゲって調べた状態か。

 対象を調べる場合は凝視すればいいらしい。思考操作も必要だろうが。


 しかしこれ一つ一つ調べるのは骨が折れる。


 見ると、冒険者達の大半は受付に並んでいた。

 受付の数は五つ。そのどれもが列を作っている。


 考えるに、受付で聞いた方が早そうだ。時間があれば、一つ一つ調べていただろうけど。コミュ障は人に聞くと一瞬でわかることも、どうにか一人でしようとするというものだ。自慢にならないけどな!


 とりあえず一番短い列の最後尾に並んだ。

 進みは早い。数分待つと、俺の番がやってきた。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ」


 若い女性が満面の笑みではきはきと喋った。


 これは選択を間違ったか。苦手な感じだ。


 見た目はポニーテールで黒髪。純和風という感じなのに、おしとやかという印象は受けない。ちょっと目つきが鋭い気がする。


「あ、あの、初心者なんですが、ギルドクエストを」

「はい、何か素材をお持ちですか? それとも討伐クエストでしょうか?」

「あ、あのイエロースライムジェルを納品したいんですけど」

「かしこまりました。それではこちらの会計石に触れてください」

「あ、はい」


 レベッカさんの店で経験はある。


 会計石に手をかざすと、トレード画面が映る。イエロースライムジェルの個数を選択し、決定ボタンを押した。


「確認いたしました。イエロースライムジェルが201個ですね」

「すみません、何個単位かわからなくて、全部出しましたけど」

「いえいえ、現在は端数分も承っておりますので。ではこちらになります」


 我ながら、間の抜けた話だが、単価を聞いてなかった。

 まあ、冒険者ギルドは不正をしないだろうし問題はないとは思うけど。


「40200ゼンカ!? あ、あのこんなにするんですか?」


 脳内で即座に計算する。露店でスライムプリンは一個80ゼンカだ。これでは原価割れではないのだろうか。しかし、素材一つで完成アイテムは複数というのもあり得る。それでも、かなり高いような。


 ハンティングナイフは3000ゼンカ。ニースに奢ってもらったカレーは2500ゼンカだった。比較すると、スライムジェルはかなり時間効率もいいのでは。


 というかカレー高すぎだろと思ったのは俺だけじゃないはずだ。美味かったけど。


「現在、イエロースライムの素材は高騰中ですので、割高になっていますね。ですので、一つ200ゼンカで引き取らさせて頂いております。金額は間違いではありませんよ」


 これは幸先がいい気がする。偶々最初に狩ったMOBの素材が高めに売れるというのは幸運だ。しばらくはスライム狩りもいいかもしれない。


「もし、また手に入りましたらお願いいたします」

「は、はい、ありがとうございました」

「とんでもございません。それではありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」


 俺は足早に立ち去った。どうも、後方に順番待ちしている人がいると焦ってしまう。


 しかしかなりの収穫だ。

 これは防具も揃えられるな。


 いや、まだ買わなくてもスライム相手で稼げばいいだろう。

 ふふふ、夢が広がってきたぞ。


「おっと、ランクはどうなってるんだ」


 UIを開き、ステータス画面を見る。


「ここにはないな」


 となるとクエストの中にあるのか。


 クエスト画面を開くと、左側に受諾中と書かれており、その下に空白が幾つかある。恐らくはそこに受諾したクエスト名が並ぶのだろう。


 右上部に目的の項目があった。


 ギルドランク  

 ・E  360/500(残り140でランクアップ)


 クエスト達成数

 ・討伐クエスト   0

 ・納品クエスト   10

 ・昇格クエスト   0

 ・グランドクエスト 0


 クエスト評価値

 ・討伐  なし

 ・納品  なし

 ・その他 なし


 ランクの貢献度が上がっている。クエスト達成数と、貢献度の増加分をみると、イエロースライムジェル20個につき一クエストらしい。貢献度は36で、それを十回分ということか。端数分は、貢献度には加算されないみたいだ。お金になるからいいけどさ。


 確認を終えると、俺はギルドから離れた。


「宿、どうすっかな」


 フレイアル通りにも宿はある。そう遠くないところ三軒。

 しかし相場がわからないし、初日から高い宿に泊まるつもりはない。安すぎるのも困り者だし。初心者に提供している宿も気がすすまない。


「『小鳥亭』ってとこ。安いし、食事もおいしいらしいわ。ベッドも柔らかいんだって」

「お、おお。そうか」


 マップを見ると、フレイアル通りにあるらしい。

 リリィの勧めだ。行ってみることにしよう。


 再び無言のままのリリィだったが、俺は声をかけられない。そのまま、『小鳥亭』に到着し、受付を済ませた。


 一人部屋を選択する時に、少し迷った。リリィも一緒かという思いがあったからだが、考えてみれば人間扱いするのはおかしいと気づき、シングルにした。


 値段は一泊5000ゼンカ。ちょっと高い気もするけど、まともな宿だとこれくらいなんだろう。カレー二杯分というのがなんか気にかかるけど。


 部屋に入ると、俺はベッドに倒れこむ。


「疲れた……すっげえ疲れた、なんか」


 一日で色々あり過ぎて、疲弊が凄まじい。ベッドの安堵感も凄まじい。


 ブーツを脱いで横になる。


 部屋は手狭だ。ベッドに窓、扉が一つ。小さなテーブルと椅子、それとクローゼットがあるだけ。五畳くらいしかないんじゃないだろうか。


 仮想現実の中なので、汗のべたつきもしない。風呂は入らなくてもいいんだろうか。


 引きこもりだったから、別に気にしないけど、人と接する機会もあるし、臭いがあるのなら、入浴はした方がいいのかもしれない。


 すんすんっ、と自分を臭ってみる。無臭だ。


「臭わないな」

「悪臭の類はないから。痛覚制限もそうだけど、嗅覚も制限しているってこと。無駄に不快な思いをさせないようにっていう配慮ね。いい匂いならするけど」

「ふーん」


 じゃあ、清潔にしなくていいのか!


「言っておくけど、お風呂に入らないと汚れるわよ。明日あたり、浴場に行った方がいいわ」


 しないとダメなのか……。


 がくっと肩を落とす俺だったが、それ以上何も言葉にはしなかった。


「聞かないの?」


 リリィはベッドの脇に座る。なんだか少し不安そうにしていた。


「ニースのことか?」

「……うん」

「なにか考えがあってのことなんだろ。話したいなら聞くけど、話したくないなら無理に聞かない」


 話したくないのに無理やり聞かれることは苦痛だ。何があった、何で、どうして、そんな言葉にどれほどストレスを感じたかわからない。当然、その理由は俺にある。だけど、だからこそ、俺は同じことをしない。


 いいじゃないか。話さなくとも。たった一日の付き合いしかなくとも、リリィを信用出来ると俺は思ったんだ。多分、リリィが俺のナビだからという理由もあるけど、それだけじゃない。彼女は俺の話を聞いてくれたし、笑わなかった。そして無理に聞こうとしなかった。


 それだけで信用に値すると思えた。そういう人が周りにいなかったからかもしれない。


「ネトゲをやめる原因で二番目に多いのってなんだと思う?」

「んー、ゲームが面白くないとかか?」

「それは一番目。触りでも面白くなければすぐやめるから。二番目は人間関係よ」

「なるほどね。それがどうかしたのか?」

「SWは始めるのに、資金がかかる。だから最初からやめる人はとても少ないわ。けれど、それでも辞めたり、サーバー移動する人はいる。人間関係でね」

「ニースのせいで俺が辞めるかもしれないって思ったのか?」

「可能性としてね。救済プログラムを受けているけど断念した人達、いたでしょ? あの人達の中にも前向きに頑張ってた人もいた。けど、ダメになったのよ。仲間外れにされたりとか、人づきあいが上手くいかなかったり色々とね。あそこにいた人は少なかったけど、他の街にも沢山いるわ」

「……俺がそうなるかも、ってことか」

「否定出来る?」

「出来ない、な」


 俺が引きこもりになったのは、人間関係のせいだ。

 だからリリィの言葉は的を射ている。


「もちろん、あたしがずっとこうやって過保護に出来るわけじゃないけど、いくらなんでも早すぎると思ったのよ。まだ初日だし。野良とか、たまにとかならまだよかったんだけどさ」

「固定となると、抵抗があるってことか」

「あんたもそうでしょ? それにあの子、なんか隠してたし」


 理由を聞かれた時、返答しなかった。言いにくい事情があったらしい。誤魔化さなかったのは好印象ではあったが、話せないなるとそれなりにニースにとって重要なことだという証明だ。


 良くも悪くも、俺が介入するにはレベルが高い。リリィは引きこもりの手におえることじゃない、という風に考えたのだろうか。


「ちょっとしたことかもしれない。けど、あんたで解決出来ないことかもしれない。あんたが受け入れられないことかもしれない。それは誰にでもある可能性はあるけど、確実に問題がある子と固定を組むのは、ね。互いのためにも一定の距離は置いておいた方がいいかなって。距離感って大事じゃない?」

「……そうか」

「それに、単純に信用出来ないし。いい子っぽいけど、なんというか……面倒臭そう?」

「ひどくない!?」

「正直さ、迷ったわよ。口を出すべきじゃないとも思った。あんたあの子を助けたじゃない? だから、あんたの性格が少しわかったし、このまま仲良くなれば更生出来るかもって思った。けど、さすがに敷居が高いと思ったのよね」


 ここで、そんなことない! 俺はニースと固定を組みたいんだ! と言えばそれなりに恰好がつくだろうが、俺には出来ない。そんな自信がないからだ。


 リリィは、まだ早いという意見だ。それには俺も同意だった。時間が経てば、おのずと変わるかもしれない。そう思えるくらいには、俺は前向きになっている。


 この考えが現実で出来なかったのはなんでだろうな。誰も俺に手を差し伸べてくれなかったからなのか、それともここが仮想現実だからか。いや、もしかしたらあの言葉、第二の人生を歩め、というものが意外に俺の心に残っていたのかもしれない。


 ここじゃない世界に行きたい。そう思っていたのはまぎれもない事実だったから。


「別に仲良くするなってことじゃないわ。たまにパーティー組むのもいいでしょうね。せっかくフレンドになったんだし、あの子も連絡くださいって言ってたし」

「俺から連絡出来るとでも?」

「無理、そうね……」


 そんなの出来たら友達100人出来てるわ!


「それで、納得出来た? 強引な方法だったけど、あたしは間違ってるとは思わない」

「まあ、もうちょっと優しくしてあげた方がよかったとは思うけど」

「え? 優しく言ったわよ?」


 おまえの中ではそうなんだろうな。おまえの中ではな!


「あ、うん、そう」

「それじゃ、今日一日を締めくくって、一番重要なことを話さないとね」

「重要なことってなんだ?」

「あんたの借金のことよ」


 最悪な言葉で締め切られた。


 考えないようにしてたのに! 

 あー、やだやだ。なんでこんなことになったのやら。


 俺のせいか。


 とにかくゲームを楽しむだけじゃなく、どうやって借金を返すかという部分が不明瞭だったし、俺も聞かなければならないということはわかっていた。


 その時が来ただけだ。わかっている。でも、イヤなものはイヤなんだ。


 俺の気がすすまないまま、リリィは本題に入った。


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