第十三話 お金は大事
冒険者ギルドはロッテンベルグの北東、施設区画にあった。
歩いている間もリリィは無言で思案顔のままだ。こう見ると、人間にしか見えない。見た目は妖精だけど、人格があるように思える。多分、人口無脳なんだろうけど。
さて俺はというと、当然ながら大通りを歩くのは回避している。ニースがいた時は、緊張していて周りに目がいってなかったけど、今は違う。
マップを確認する。
正門は四つ。各通りの端にある。つまり北東門、北西門、南西門、南東門があるということだ。円状の街に×型の大通りがあると言えばわかりやすいか。各区画を半分に切るように通っている。
北東の通りはフレイアル通り、北西の通りはウィンディ通り、南西はシルフィー通り、南東はタイタス通りという名称がついている。雰囲気から、火水風土属性のあやかって名付けたんだろう。
飲食店は商店街に拘らずに各区画に点在しているが、『パンドラ料亭』は南東にあった。北に突っ切れば、北東の施設区画へ行ける。細い路地を通ることになるけど、問題はないだろう。
大通りに比べ、路地裏は薄暗い。アンダーグラウンドな雰囲気が漂っており、俺は内心びくびくしながら進んだ。
リリィは、居住エリアでは抜刀出来ないと言っていた。
少し気になって、ヘルプ画面を開く。
「PK……はあるのか」
ただし、PKエリアでないと攻撃は出来ないらしい。
しばらくして施設区画へ。かなり遠い、徒歩三十分位かかった。利便性を追求し過ぎないというのはわかるが、これはこれでかなり大変だ。
街中だけでも移動する手段があるといいんだけど。
そう言えば町の外はどうなっているんだろうか。
俺はマップを縮小してみた。
しかし、街の外の地図は白紙だ。南東通りからほんの少し先が明るくなっているだけ。左上にコンパスがあり、それ以外にはなにも描かれていない。
「これってマッピングしないといけないのか……」
紙に書く必要はないが、実際に訪れないと地図にならないみたいだ。
ロッテンベルグは米粒程度。マップはA4ノートの見開きくらいはある。
ひっろ! SW広すぎるだろ!
地図埋めるの大変だなこれは。
なんて考えている内に冒険者ギルド前までたどり着いた。
木造の三階建て。横幅は家が三軒ほどの広さだ。施設にしては規模は大きい方だろう。
窓は全開で内部が見える。冒険者風の風貌をしているプレイヤーが多い。
中は人でごった返している。通れないくらいではないが、混雑しているように見えた。
人ごみは嫌いなんだよな。疲れるし。なんか生気が吸い取られるような気がして。
ふと入り口横を見ると、閉店時間は午後十一時となっている。時刻は午後九時前。もたもたしている時間はなさそうだ。
さっさと終わらせよう。
中に足を踏み入れると、まず目に入ったのは左右の壁に貼り付けられた紙。隙間がほとんどなく、表面には依頼とか内容とか報酬が書かれている。
入って左側はプレイヤークエスト、右側はギルドクエストらしい。上部に看板がかけられている。
どうやって受けるのかと思い、依頼書を凝視すると、選択肢が出た。
『この依頼を受けますか?』
なるほど、これはタゲって調べた状態か。
対象を調べる場合は凝視すればいいらしい。思考操作も必要だろうが。
しかしこれ一つ一つ調べるのは骨が折れる。
見ると、冒険者達の大半は受付に並んでいた。
受付の数は五つ。そのどれもが列を作っている。
考えるに、受付で聞いた方が早そうだ。時間があれば、一つ一つ調べていただろうけど。コミュ障は人に聞くと一瞬でわかることも、どうにか一人でしようとするというものだ。自慢にならないけどな!
とりあえず一番短い列の最後尾に並んだ。
進みは早い。数分待つと、俺の番がやってきた。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ」
若い女性が満面の笑みではきはきと喋った。
これは選択を間違ったか。苦手な感じだ。
見た目はポニーテールで黒髪。純和風という感じなのに、おしとやかという印象は受けない。ちょっと目つきが鋭い気がする。
「あ、あの、初心者なんですが、ギルドクエストを」
「はい、何か素材をお持ちですか? それとも討伐クエストでしょうか?」
「あ、あのイエロースライムジェルを納品したいんですけど」
「かしこまりました。それではこちらの会計石に触れてください」
「あ、はい」
レベッカさんの店で経験はある。
会計石に手をかざすと、トレード画面が映る。イエロースライムジェルの個数を選択し、決定ボタンを押した。
「確認いたしました。イエロースライムジェルが201個ですね」
「すみません、何個単位かわからなくて、全部出しましたけど」
「いえいえ、現在は端数分も承っておりますので。ではこちらになります」
我ながら、間の抜けた話だが、単価を聞いてなかった。
まあ、冒険者ギルドは不正をしないだろうし問題はないとは思うけど。
「40200ゼンカ!? あ、あのこんなにするんですか?」
脳内で即座に計算する。露店でスライムプリンは一個80ゼンカだ。これでは原価割れではないのだろうか。しかし、素材一つで完成アイテムは複数というのもあり得る。それでも、かなり高いような。
ハンティングナイフは3000ゼンカ。ニースに奢ってもらったカレーは2500ゼンカだった。比較すると、スライムジェルはかなり時間効率もいいのでは。
というかカレー高すぎだろと思ったのは俺だけじゃないはずだ。美味かったけど。
「現在、イエロースライムの素材は高騰中ですので、割高になっていますね。ですので、一つ200ゼンカで引き取らさせて頂いております。金額は間違いではありませんよ」
これは幸先がいい気がする。偶々最初に狩ったMOBの素材が高めに売れるというのは幸運だ。しばらくはスライム狩りもいいかもしれない。
「もし、また手に入りましたらお願いいたします」
「は、はい、ありがとうございました」
「とんでもございません。それではありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
俺は足早に立ち去った。どうも、後方に順番待ちしている人がいると焦ってしまう。
しかしかなりの収穫だ。
これは防具も揃えられるな。
いや、まだ買わなくてもスライム相手で稼げばいいだろう。
ふふふ、夢が広がってきたぞ。
「おっと、ランクはどうなってるんだ」
UIを開き、ステータス画面を見る。
「ここにはないな」
となるとクエストの中にあるのか。
クエスト画面を開くと、左側に受諾中と書かれており、その下に空白が幾つかある。恐らくはそこに受諾したクエスト名が並ぶのだろう。
右上部に目的の項目があった。
ギルドランク
・E 360/500(残り140でランクアップ)
クエスト達成数
・討伐クエスト 0
・納品クエスト 10
・昇格クエスト 0
・グランドクエスト 0
クエスト評価値
・討伐 なし
・納品 なし
・その他 なし
ランクの貢献度が上がっている。クエスト達成数と、貢献度の増加分をみると、イエロースライムジェル20個につき一クエストらしい。貢献度は36で、それを十回分ということか。端数分は、貢献度には加算されないみたいだ。お金になるからいいけどさ。
確認を終えると、俺はギルドから離れた。
「宿、どうすっかな」
フレイアル通りにも宿はある。そう遠くないところ三軒。
しかし相場がわからないし、初日から高い宿に泊まるつもりはない。安すぎるのも困り者だし。初心者に提供している宿も気がすすまない。
「『小鳥亭』ってとこ。安いし、食事もおいしいらしいわ。ベッドも柔らかいんだって」
「お、おお。そうか」
マップを見ると、フレイアル通りにあるらしい。
リリィの勧めだ。行ってみることにしよう。
再び無言のままのリリィだったが、俺は声をかけられない。そのまま、『小鳥亭』に到着し、受付を済ませた。
一人部屋を選択する時に、少し迷った。リリィも一緒かという思いがあったからだが、考えてみれば人間扱いするのはおかしいと気づき、シングルにした。
値段は一泊5000ゼンカ。ちょっと高い気もするけど、まともな宿だとこれくらいなんだろう。カレー二杯分というのがなんか気にかかるけど。
部屋に入ると、俺はベッドに倒れこむ。
「疲れた……すっげえ疲れた、なんか」
一日で色々あり過ぎて、疲弊が凄まじい。ベッドの安堵感も凄まじい。
ブーツを脱いで横になる。
部屋は手狭だ。ベッドに窓、扉が一つ。小さなテーブルと椅子、それとクローゼットがあるだけ。五畳くらいしかないんじゃないだろうか。
仮想現実の中なので、汗のべたつきもしない。風呂は入らなくてもいいんだろうか。
引きこもりだったから、別に気にしないけど、人と接する機会もあるし、臭いがあるのなら、入浴はした方がいいのかもしれない。
すんすんっ、と自分を臭ってみる。無臭だ。
「臭わないな」
「悪臭の類はないから。痛覚制限もそうだけど、嗅覚も制限しているってこと。無駄に不快な思いをさせないようにっていう配慮ね。いい匂いならするけど」
「ふーん」
じゃあ、清潔にしなくていいのか!
「言っておくけど、お風呂に入らないと汚れるわよ。明日あたり、浴場に行った方がいいわ」
しないとダメなのか……。
がくっと肩を落とす俺だったが、それ以上何も言葉にはしなかった。
「聞かないの?」
リリィはベッドの脇に座る。なんだか少し不安そうにしていた。
「ニースのことか?」
「……うん」
「なにか考えがあってのことなんだろ。話したいなら聞くけど、話したくないなら無理に聞かない」
話したくないのに無理やり聞かれることは苦痛だ。何があった、何で、どうして、そんな言葉にどれほどストレスを感じたかわからない。当然、その理由は俺にある。だけど、だからこそ、俺は同じことをしない。
いいじゃないか。話さなくとも。たった一日の付き合いしかなくとも、リリィを信用出来ると俺は思ったんだ。多分、リリィが俺のナビだからという理由もあるけど、それだけじゃない。彼女は俺の話を聞いてくれたし、笑わなかった。そして無理に聞こうとしなかった。
それだけで信用に値すると思えた。そういう人が周りにいなかったからかもしれない。
「ネトゲをやめる原因で二番目に多いのってなんだと思う?」
「んー、ゲームが面白くないとかか?」
「それは一番目。触りでも面白くなければすぐやめるから。二番目は人間関係よ」
「なるほどね。それがどうかしたのか?」
「SWは始めるのに、資金がかかる。だから最初からやめる人はとても少ないわ。けれど、それでも辞めたり、サーバー移動する人はいる。人間関係でね」
「ニースのせいで俺が辞めるかもしれないって思ったのか?」
「可能性としてね。救済プログラムを受けているけど断念した人達、いたでしょ? あの人達の中にも前向きに頑張ってた人もいた。けど、ダメになったのよ。仲間外れにされたりとか、人づきあいが上手くいかなかったり色々とね。あそこにいた人は少なかったけど、他の街にも沢山いるわ」
「……俺がそうなるかも、ってことか」
「否定出来る?」
「出来ない、な」
俺が引きこもりになったのは、人間関係のせいだ。
だからリリィの言葉は的を射ている。
「もちろん、あたしがずっとこうやって過保護に出来るわけじゃないけど、いくらなんでも早すぎると思ったのよ。まだ初日だし。野良とか、たまにとかならまだよかったんだけどさ」
「固定となると、抵抗があるってことか」
「あんたもそうでしょ? それにあの子、なんか隠してたし」
理由を聞かれた時、返答しなかった。言いにくい事情があったらしい。誤魔化さなかったのは好印象ではあったが、話せないなるとそれなりにニースにとって重要なことだという証明だ。
良くも悪くも、俺が介入するにはレベルが高い。リリィは引きこもりの手におえることじゃない、という風に考えたのだろうか。
「ちょっとしたことかもしれない。けど、あんたで解決出来ないことかもしれない。あんたが受け入れられないことかもしれない。それは誰にでもある可能性はあるけど、確実に問題がある子と固定を組むのは、ね。互いのためにも一定の距離は置いておいた方がいいかなって。距離感って大事じゃない?」
「……そうか」
「それに、単純に信用出来ないし。いい子っぽいけど、なんというか……面倒臭そう?」
「ひどくない!?」
「正直さ、迷ったわよ。口を出すべきじゃないとも思った。あんたあの子を助けたじゃない? だから、あんたの性格が少しわかったし、このまま仲良くなれば更生出来るかもって思った。けど、さすがに敷居が高いと思ったのよね」
ここで、そんなことない! 俺はニースと固定を組みたいんだ! と言えばそれなりに恰好がつくだろうが、俺には出来ない。そんな自信がないからだ。
リリィは、まだ早いという意見だ。それには俺も同意だった。時間が経てば、おのずと変わるかもしれない。そう思えるくらいには、俺は前向きになっている。
この考えが現実で出来なかったのはなんでだろうな。誰も俺に手を差し伸べてくれなかったからなのか、それともここが仮想現実だからか。いや、もしかしたらあの言葉、第二の人生を歩め、というものが意外に俺の心に残っていたのかもしれない。
ここじゃない世界に行きたい。そう思っていたのはまぎれもない事実だったから。
「別に仲良くするなってことじゃないわ。たまにパーティー組むのもいいでしょうね。せっかくフレンドになったんだし、あの子も連絡くださいって言ってたし」
「俺から連絡出来るとでも?」
「無理、そうね……」
そんなの出来たら友達100人出来てるわ!
「それで、納得出来た? 強引な方法だったけど、あたしは間違ってるとは思わない」
「まあ、もうちょっと優しくしてあげた方がよかったとは思うけど」
「え? 優しく言ったわよ?」
おまえの中ではそうなんだろうな。おまえの中ではな!
「あ、うん、そう」
「それじゃ、今日一日を締めくくって、一番重要なことを話さないとね」
「重要なことってなんだ?」
「あんたの借金のことよ」
最悪な言葉で締め切られた。
考えないようにしてたのに!
あー、やだやだ。なんでこんなことになったのやら。
俺のせいか。
とにかくゲームを楽しむだけじゃなく、どうやって借金を返すかという部分が不明瞭だったし、俺も聞かなければならないということはわかっていた。
その時が来ただけだ。わかっている。でも、イヤなものはイヤなんだ。
俺の気がすすまないまま、リリィは本題に入った。