第十二話 固定パーティー
「こ、固定……? 固定パーティーってことか?」
「は、はい……」
ニースは顔を紅潮させて俯いてしまった。湯気も出ている。
これはあれか、SW内の感情表現的なあれなのか。
『この子、見た目に反してぐいぐい来るわね』
おまえがぐいぐい行けとか言ったからじゃないのか、と避難の目線を送るが、察しの悪い妖精は気づきもしない。
しかし、固定か。
申し出は嬉しいけど、パーティーはちょっとな。ソロである程度経験を積んでからなら、少しは前向きになれるんだろうけど。
初日から固定、というのはどうなんだろう。
今日、話を聞いて色々教えて貰えた。それは感謝しているし、奢ってくれるのも同様だ。だけど、ニースは一年プレイしている。かなり俺よりも知識があるし、恐らくは資産もあるだろう。
パーティーを組むと、必然的にニースに頼るだろう。装備の作成とかもそうだし、もしかしたら俺の装備も買うとか言いだすかもしれない。実際、今日も奢ると言っていたし、それなりに所持金も多いのだろう。
かなりメリットはある。むしろデメリットは対人関係に不安があるということくらいだ。だけどニースなら慣れると思う。リリィとは普通に会話出来ているし、ニースに対しても時間が解決してくれるだろう。
でもそれでいいのか。
「だ、だめでしょうか……私、下手ですし」
「ち、違う! そのニースがダメとかじゃなくて」
「やっぱり組むのはダメなんですか!?」
そんな泣きそうな顔で見ないでくれ。罪悪感に駆られてしまう。
「そもそも、あんたはなんで組みたいって思ったの?」
「え、と、それは」
リリィの的確な質問に、ニースは言葉に窮した。
確かにそうだな。俺と組みたいって思った理由がよくわからん。
「こいつ、見てくれも悪いし、コミュ障じゃない? まあ、話せる分、マシな方なんだろうけどさ」
「おまえも今日、会ったばかりだよね!? 辛辣すぎるだろ!」
「まあ、こういう感じで結構接しやすい部分はあると思うわけ。でも、それだけで固定組もうとは思わないでしょうし。助けられたから? それとも初心者だし、自分よりも下だと思ったからかしら? 知識はあるし、優位に立てるもんね」
「あう、そ、それは」
「おい、言い過ぎだぞ……どうしたんだよ、突然」
「あんたさぁ、疑問に思わないわけ? こんな容姿がよくて、守りたい感じの女の子が、あんたみたいな奴と固定組みたいって言ってるのよ? フレンドくらいならまだいいけど、固定よ? 固定。常に一緒にパーティー組むのよ?」
「おまえさ、そんなこと言われたら、少し前の俺ならすぐにログアウトしてたよ?」
「あんたは意外に図太いから大丈夫よ!」
「もうやだ、この妖精……」
反論出来ないのが悔しい。
我ながら、部分的に気が大きいというか、あっけらかんとしている部分はある。リリィの場合は悪意を感じられないから受け入れられるというのもあるけど。
しかしリリィの意見は間違っていないとは思う。どうもニースには違和感がある。
助けられたから奢る。これはわからないでもない。しかし、フレンドから固定というのは飛躍しすぎな気はする。明日パーティー組まないかという提案なら、ここまでの齟齬はなかっただろうが。
俺とリリィはニースの言葉を待った。なにか理由があるのかもしれない。
単純な疑問は、疑念と変わり、猜疑心になる。ここで、ニースが納得いく答えを出してくれればいいのだが。
「だ、だめですか……?」
涙を浮かべて言った。どうやら理由を話す気はないらしい。
正直、固定を組んでもいい。不安はあるけど、ここまで必死になって誘ってくれるんだ。断るのも憚られる。
理由はよくわからないが、泣きそうな子を放って置くのは良心が痛んだ。
俺は返答しようと口を開く。
「ダメね」
おまえが言うんかい!?
「ナビ風情がって思うかもだけど、あたしにはこいつを助ける義務があるから。詐欺かもしれないし、利用されるかもしれない。それに、あなた微妙に信用出来ないし」
「リリィさん? ちょっと、慎重過ぎるのでは? それにパーティーを組むのは俺で」
「黙っててくれる?」
「はい、すみません……」
んもう、この妖精、怖いんだから。なんて空気を和まそうとしても口に出す勇気はない。
「そう、ですか……」
なんだろう。断られたから気落ちするというのはわかる。けど、ここまで落ち込むものなんだろうか。
「あんた職人やってるんなら、職人仲間の伝手とか、依頼者の伝手とかでパーティー組めるでしょ。野良じゃなければ、多少は気心が知れた相手と組めるでしょ。そうした方がいい。リハツと固定を組むのはやめておきなさい」
「わかり、ました」
空気が重い。なんで、こんなことになってんの?
確かに、俺は悩んだ。パーティー組んだらニースにおんぶにだっこになるんじゃないかとか、自分で知る楽しみが減るんじゃないかとか。けど、こんな感じになるくらいなら、組んだ方がよかった。
結局、その後は重苦しい空気のまま解散となった。
ニースに奢られるのが心苦しかった。途中の感じだったら、こんな気分にならなかっただろうけど。
俺達は大通りに出る。そこはまだ夜光祭が続いており、夜空を幻想的に照らしている。しかし行きとは違う印象だった。神秘性は失われ、仄暗く陰鬱な印象が影を落とす。
それは恐らく俺の心境が悪い方向に変わっているからだろう。
「れ、連絡待ってますから」
別れる寸前で聞いた言葉に、ニースの感情が表れているようだった。自信のなさそうな声音で、なにか焦燥感のようなものを感じた。
リリィはリリィで不機嫌だった。
うーん、わからん。なんであんなにリリィは固定に反対したんだ。
「なあ」
「今は、ちょっと黙って」
「……はい」
わからん。女心って奴なんだろうか。
いや、リリィはAIだけど。
正直、もやもやする。ニースに悪いことをしてしまった。しかしリリィの言い分もわからないでもない。口は悪いけど、リリィは悪い奴ではないと俺は思っている。
実際は固定を組みたい理由を聞いただけだし。言い方には問題があったけど。
だからリリィの意見を尊重したい。なにか意図があるはずと思い込みたかった。
とにかくここは無理に聞き出すのはやめた方がいいだろう。どう考えても、藪蛇だ。
俺は肩に乗ったリリィを気にしながらも、冒険者ギルドに向かった。