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第九十二話 最終日 ゲームオーバー

 意識の暗転、明滅、そしていつもの宿屋で目を覚ます。


 十日ぶりだが、身体に違和感はなかった。


「マスター、お久しぶりです」


 リリィ、ではなく簡易AIの仮リリィが、俺の正面を浮遊している。


 助かった。もしリリィがいたなら今の俺の顔を見せてしまう。間違いなく、いつも通り振る舞うことは出来なかっただろう。


 胸中は凄まじいほどに感情が入り乱れていた。


 閑寂な室内に電子音が幾つか聞こえる。サクヤ達からのメールだった。心配をしているという内容ばかりで俺のざらついた心は僅かに落ち着きを取り戻す。


 少しだけ冷静になり、今後どうするべきかを考えることにした。


 内藤が俺に望んでいるのは潜在能力をより発揮させること。


 つまりゲームを真剣にプレイし、今まで以上に活動的にならなくてはならない。


 もし内藤と会う機会が先延ばしになっていれば、通常通りに遊んでいただろう。だが、もう俺の中でゲームは遊びではなくなっている。


 問題は内藤が俺に対して接触をはかったことで、関係性が出来てしまったことだ。これからはシュナイゼルを介して、何かしら指示を送ってくるかもしれない。


 そして最大のポイント。

 俺の潜在能力が完全に開花し切ったらどうなるか、だ。


 現在は成長途中であるらしいことは内藤の言葉でわかる。つまり生かしておく価値がある。


 だがもしも、完全に成長して内藤の言う進化の境地に達してしまった場合や、途中で成長が止まり内藤の望む結果を出さなかった場合、俺は処分されてしまうかもしれない。


 あるいは実験サンプルとして扱われるか……最悪、より凄惨な人体実験をされてしまう可能性もある。考えたくもないが。


 そうなれば俺に関わりのある人間に危険が及ぶことはなくなるかもしれない。

しかしそれは希望的観測に過ぎない。失踪者となる危険性は全員持っているはずだ。

 ただ神山さんの協力者を生かす理由がなくなってしまう。俺が内藤の意に添わなければ、協力者も死ぬ。そういうことだ。


 つまり『成長の兆しを見せつつ、用無しにならないように潜在能力を開花させ切らない状態』を維持しなければならない。それは狙って出来るものではない。結局は堕落せず、死ぬ気で足掻き続けることが正解になる。


 制限時間があるということだ。それまでにどうにか解決の糸口を掴まなくてはならない。


 協力者が必要だ。俺は監視されているし、一人で動き回れない。恐らく、警察機関に訴えても途中で妨害が入るだろうし、より監視の目が強くなる。何よりどこに内藤の手先が潜んでいるかわからないのだ。


 無関係の人間は巻き込めない。出来ればすでに関わり合いがあり、俺に協力的な人間で、確実に敵ではないだろう人物。


 思い当たるのは一人しかいない。神山さんの協力者だ。


 そのために彼か彼女の生存を確約させた。もちろん、神山さんのためという思いもあった。


 今はこの世にいない二人の顔を思い出すと、心が項垂れてしまう。


 とにかく、まずは協力者の素性を探ることから始めるしかない。しかも内藤達に気取られないように。


 今は手段が浮かばない。だが、いずれ、どうにかして探り当て、協力を仰がなければ。


 恐らく神山さんの協力者にも監視はついている。しかし、俺よりは薄いはずだ。なんせ、俺と協力者の接点はないはずだから。


 俺は一先ずの目標を定めることで、少しだけ冷静になった自分に気づいた。


 とにかく時間が惜しい。これから出来るだけ戦闘をし、より力を成長させ、身銭を稼ぎ、借金を返しつつ、協力者を探し、内藤達に一矢報いる手段を見つけなければ。


 内藤清吾。


 三森先生を神山さんを殺した罪。俺の家族や友人達を人質にとったその傲慢さ。俺を侮った報いを受けさせてやる。


 俺は、思考に折り合いをつけると、支度をし、宿から出ることにした。


   ▼


 キッドに跨り、数時間。俺はロッテンベルグ北東にある『亡霊の住まう山』に来ていた。


 まだリリィは戻っていない。一日中メンテなのかもしれない。


 山周辺は霧が漂っている。山、という名称がついているが、実際は山をくり抜いた洞窟を進むダンジョンだ。ボスエリアだけがインスタンスエリアであり、洞窟内もフィールド扱い。そのためプレイヤーの姿はそこかしこに見受けられた。


 周辺は鬱蒼とした樹林があり、黒い霧のような形状をしたMOB達が跋扈している。


 俺は構わず洞窟内へと入った。


 ここの必要スキル値は平均90程度。パーティーでの話だ。現在の俺ではかなり手ごわい敵になる。ただ、巨人族ではスキル値が上がりにくくなっていたので丁度いい。


 ごつごつとした岩壁、地面も同様で歩いにくい。視界は比較的確保出来ている。入口付近だからか松明が備えつけられていた。


 プレイヤーがまだ多い。もう少し奥へ行こう。


 俺は分岐した幾つかの通路を抜ける。しばらくすると少しだけ広めな空間があった。回避するスペースもあり、MOBもいる。影のような見目をしている。『由緒正しき偽物』だ。『正しき偽物』の上位板だな。


 解析して見ると『あなたにとって強敵』と出ていた。『強MOB』なら勝てるだろう。


 俺は苦無を握り投擲した。


 吸い込まれるようにMOBに当たる。瞬時にこちらを向いた。


 左右の手に握られている短剣と長剣が身体の一部のように感じる。いつものように攻撃を繰り出し、回避をする。変わらない。妙に合致した感触だ。


 これが潜在能力? 本当にそんな大それたものなのだろうか。実感がない。


 MOBは腕や影を伸ばす。だがそんな単調な攻撃は掠りもしない。

 すると、俺から距離をとり、MOBはぐぐっと姿勢を低くした。


 『由緒正しき偽物は思い出した』『由緒正しき偽物は名も知れぬ勇者オメガになった』


 次の瞬間、人の姿に変わる。瞳に光はない。だが見た目は人間そのものだ。


 軽鎧に身を包み右手には長剣、左手には盾を携えている。


 『由緒正しき偽物』が俺に迫る。


 遅い。


 俺は余裕を持ちつつ、刺突を避けようと半身になった。


 しかし、MOBの姿に黒ずくめの姿が重なる。突然、全身に汗が滲み、俺の動きは止まってしまった。


 剣の切っ先が俺の腹部に埋まる。

 

 『由緒正しき偽物の攻撃』『リハツに2198のダメージ』


 攻撃に吹き飛ばし効果があったらしく俺の身体は数メートル後方へと移動した。


 MOBが俺に追撃をはかろうと地を蹴った。


 いつもならすぐに態勢を立て直し、反撃に移る。だがそれが出来なかった。


「が……はっ、うっ……はぁ、ぐぅ!」


 激痛だ。


 痛みが全身を駆け巡る。


 痛い。痛い。熱い。胃が破裂したんじゃないかと思った。


 血液は出ていない。当たり前だ。ここは仮想現実なのだから。


 だが、この痛みは何だ。あまりに強烈な刺激に、俺は身動きがとれない。

 足は震え、立てという命令でさえ拒否する。


 俺は瞬時に答えを導き出す。



 あの野郎、痛覚制限をなくしやがった!



 これが、内藤の言っていたプレゼントなのか。


 必死で生きろと。痛みに、苦しみにのた打ち回りながらも無様に戦えと。そうでなくては成長は、進化は出来ないと、そう言っているのか。


 MOBが俺に向けて、剣を振りかざす。そしてまた黒ずくめの姿が脳裏にちらついた。


 恐怖よりも、痛みから逃れたいという欲求が強かったのか、身体が自然に動いた。なんとか躱す。我ながら無様な身のこなしだった。


 仮リリィが治癒神術で俺を癒してくれた。


 痛みは残っている。だが緩和した。つまりHPの増減で俺の痛覚は左右されるということだ。


 憎悪は無機質なMOBへと向けられた。



 ――そうか。もういい。



 もう考えるのも面倒だ。悩む時間もない。


 トラウマか? そんなものどうでもいい。


 自棄的な感情の中にある、憤怒の感情が急激に拡大し、俺は歯噛みしてMOBを睨み付けた。


「ふざけんなあァァ!!」


 俺の猛攻にMOBも反撃を見せる。同時に黒ずくめも思い浮かぶがそれごと斬り伏せる。


 怒り。怒りだ。不条理に対する、俺を虐げる人間への。


 斬る、突く、払う。

 避ける、いなす、受け流す。


 無心で四肢を動かした。


 やがてMOBの姿は消失する。倒したのだとわかっていても俺の手は止まらない。虚空には何も存在していない。しかし俺はひたすらに攻撃を続けた。


 しばらくして、おもむろに俺は腕をだらりとぶら下げた。


 そして膝をつき、地面を殴りつける。鈍い痛みが拳を満たす。


 何度も殴りつけた。それでも収まりがつかず、地面に額を叩きつけた。


「くそ……っ、ふざけるな、ふざけるなよ……なんだ、なんで、どうして……くっ……」


 精神を蝕む出来事の数々の中で、俺の精神は限界を迎えていた。


 心の拠り所はどこにもなく、頼れる人もいない。


 俺は孤独だ。それでも戦わなければ、放棄すれば他人を巻き込む。


 怒りで不安を消し去ろうとしても、目標を作り立ち止まらないようにしてもやはり無理があった。


 泣いていた。


 涙を流すのはいつ以来だったか。


 いつも一人で泣いている。誰にも見せずに心配をかけずに。


 そして目を逸らし続けていた事実を直視した。


 俺はとっくの昔に、まともな人生を歩めなくなっているという事実を。


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