アツシの日常
「アツシさん、ハルオとなに話してたんスか?」
事務所に戻った途端に、俺は智に質問された。ハルオがらみにコイツはすぐ、反応する。
「個人的な事だよ。お前に話すほどの事じゃない」
そう言って言葉を濁したが、智は全力で不満そうな顔をしていた。ちょっとは取り繕えよ。
智が事務所の前に張り付いていた時は、組長の若い時を思い出して、いかにも気になって仕方なさそうな組長をせっついてしまったが、コイツの世話を焼くお鉢が俺に回ってくるとは思わなかった。
大体、ここに来るような今時の若い奴(こういう事を言うと、年寄り臭いんだが)は、少しばかりの腕力と、へ理屈と言うか、知ったかぶりと言うか、浅知恵で世の中渡っていけると舐めてかかる奴が多い。そして智はことさら人の言う事に耳を傾けようとしない。
組長の若い時も結構生意気だったが、背伸びをしている可愛げなんかもあったものだ。
コイツも、ハルオを意識して対抗心を燃やしている辺りは可愛げがあるのだが、どうも、目上に対する緊張感の様なものが足りない気がする。これも時代の流れだろうか?
「……と、言う訳で、N社の開発部の課長が、開発部長のパワハラを受けているらしい。ここに俺が人権問題専門のカウンセラーを装って、この課長に近づく。N社の新しい商品の情報をコイツから聞き出して、D社に提供するんだ。その情報でD社の株価も吊り上げて、こっちも十分な儲けを取る。この課長には辞表をたたきつけてもらって、D社に鞍替えさせる。本人にはヘッドハンティングだと思わせておくんだが、そこで余計なトラブルを起こしたくない。コイツ、部長からのパワハラの憂さ晴らしに、ウチのシマのバーのママと浮気しているんだ。D社での待遇に文句でも言って来たら、この浮気をネタに俺が脅しをかける。コイツ、妻に頭が上がらない奴だし、ママの方でも実は手を切りたがっているから、ママも協力してくれる。智、お前、写真でも撮って上手い事、証拠固めの品を用意するんだ」
「つまんない仕事ッスね。インサイダーの片棒に産業スパイの真似ごと。脅しのネタは浮気ッスか? しかも俺、脅し役さえ回ってこないじゃないッスか」智は口をとがらせている。
「斬った張っただけの世界じゃないんだ。こういう仕事が、一番大口で確実な収入になるんだ。文句を言うな」
「アツシさんも、カウンセラーって柄じゃないッスよね? バレるんじゃないッスか?」
「必要とあれば何にだって化ける。お前とは年期が違うんだ」さりげなく胸を張る。
「へー。役者ッスね。お手並み、拝見させていただきます」
そういう言い方が生意気なんだ! と、大人げなく騒ぐのも余計軽く見られそうなので、ここは耐えておく。コイツには言葉よりも、実力を見せて睨みを聞かせる方が効くだろう。
さっそく俺はN社に乗り込み、開発部の課長に会った。勿論、裏のコネを使っての紹介で潜り込んだのだ。このくらいなら朝飯前だ。慣れた手つきで智に用意させた名刺を渡す。
「……なかなか、ユニークな名刺をお持ちですね」課長はそうニヤニヤする。ユニーク?
『ニューハーフショーの店 クラブ・ドマンナ ホステス あけみ またのご指名をお待ちしています』
智の奴! やりやがった!
「智!なんてことしてくれた!」俺は組に戻るなり、逃げ回る智を追いかけ回した。
「アツシさんの事だから、上手い事ごまかしたんッスよね? さすがだなあ」
「バカぬかせ! おかげで俺はあの店の常連だと思われたぞ! こんな立場で脅しなんかかけられないだろうが!」
ちょろちょろ逃げ回る智を追いかけ、俺はカッカしながら叫ぶ。畜生! 捕まらない!
「だから今回は俺が脅し役になってかまわないッスよね?」
「冗談じゃない! お前は、組長に言って破門してもらう!」
「あー、それ、無理ッス。組長が俺の協力者ッスから。そろそろ俺にもそういう仕事、させてもいいって言ってくれたッス。あの名刺も組長からもらいました」
組長もグルか! そういや、あの人とは長い事そりが合わなかった。刀を持たない組長に八つ当たりしていたから。こりゃ、俺に対する仕返しに違いない!
「組長が言ってました。刀の腕を伝えるだけが指導じゃない。アツシさんのやり方で、若手の世話を焼けるようになってくれって」
やっぱり根に持ってるんだ! 前言撤回。可愛げの欠片もなかった。組長は根っから、底意地が悪い人だ!
「華風組は代々、世話焼き上手な人間に恵まれて、助かるそうッス」
俺は世話焼き上手じゃない。ハルとは違う。断じて違う!
組長―! 勘弁して下さーい!




