由美の日常
「さて、お洗濯おしまい。今日も良く、乾きそうね」
洗濯物を干し終えた私は、青空を見上げながらホッと息をついた。
「そうですね。でも最近は突然滝のような雨が降ったりしますからね」
タエさんが一緒に空を見ながら言う。
「でも、洗濯物はすぐに乾くと思うわ。こてつの布団はお天気の具合を見て、タエさんが干してくれるかしら?」
「ええ、もう少し日が高くなったら雲行きを見て干しましょう。洗濯物もなるべく早くに取り込みますね」
「お願いね。今日はこんなに洗濯するつもりじゃなかったんだけど、今朝の散歩で、何故か私の横で川に落ちた人が何人もいたの。皆さん御無事そうでよかったんだけど、私もこてつもびしょ濡れになってしまって」
「……災難でございましたね」
タエさんは何故か頭を抱えるようにして言った。
「ねえ。私の周りって、他の人より少し、賑やかなのかしら?」
私はふと、思いついて言った。
「は? な、何故そう思うんですか?」
「私の犬を飼っている他の友達は、散歩中に頻繁に叫び声を聞いたり、転ぶ人を見たり、川や池に落ちる人を見かけたりはしないって言うのよね」
タエさんはなんだか難しい顔をして、懸命に考えていた。あら? そんなに難しい質問、しちゃったかしら?
「どこにでもそそっかしい人というのはいるものですよ。奥様は特にそういう人とのめぐりあわせが多いんじゃないでしょうか?」
「めぐりあわせね。そんなものかも知れないわね。そういう人たちのおかげで、気をつけて歩くから、私もこてつも事故にも合わず、怪我をしないで暮らせるのかもしれないわね」
「私もそうだと思いますよ」
タエさんは笑って同意してくれた。ちょっと疲れた顔にも見えるけど。
「じゃあ、私、いつもの引きこもりをするわね。こてつが私の裁縫部屋に入ってこないように見張っていてね」
「承知いたしました」
タエさんはいつものように丁寧に頭を下げた。
私は最近、ミシンがけに凝っている。針やはさみなどの危険なものがあるから、こてつの出入りは厳禁。でも、作っているのは全部、こてつのための物。
既製品にも色々な物があって楽しいのだけれど、こてつは柴犬にしては少し大柄な子だし、生地の柄もありがちなものになりがち。
でも、手作りならこてつにちょうどいいサイズに仕上げる事が出来る上に、市販品には無い柄の生地で、可愛らしい服を作る事が出来る。小物類も同じ生地で作れば、おそろいで楽しむ事が出来るし。
だから私はこてつのために、抜き取る羽こそないけれど、まるで羽を紡いで機を織る「鶴の精、おつう」のように愛情込めてミシンをかけ、裁縫部屋にこもるのがここ数日の日課になっている。
サイズの確認と、こてつに似合っているのか確かめたくて、時折部屋から出ては、こてつに制作途中の着物をあてがってみる。
「はーい、こてつ。じっとしててね」
するとこてつはかっちりと固まって、真顔で訴えるような目をして息を殺し、ぬいぐるみのようにピクリとも動かなくなる。
そんなに協力的だなんて、こてつも完成を心待ちにしているのね! おかーさん、頑張っちゃうわ!
そういえば今年は本当に、突然の豪雨が多いわ。この際、思い切ってこてつのレインコートも新調しようかな。ミシンがけが一段落したら、デパートに買いに行こうかしら。
こてつの新しいコート姿。どんなにかわいらしいかしら? 私はこてつをじっと見つめて、その姿を想像し、私の視線を受けたこてつは、一層、真顔になって少し後ずさりする。
こてつには沢山、たあ~っくさんの、服や、被り物を着せてあげたいわ。フリル、レース、リボンにお花。大好きな可愛らしい物をいっぱいつけてあげて、お母さん、ますます張り切るからね。
あら、こてつったらそんなに心配そうな顔することないのよ。あなたのためなら、お母さんは苦になりませんからね。
私は満面の笑みをこてつに向けてあげる。こてつは喜びのあまり、涙まで浮かべているようだった。