御子の日常
この間のお義父さんへのお灸が効いたのか、良平とお義父さんとの無駄な張り合いは大分収まってくれた。やれやれ、世話が焼けるんだから。
あれから良平は真見に接する時は、真見の事だけ考える訓練をするんだと言って、ひたすら真見を視線で追いかけまわしている。これじゃ真見もうっとおしいんじゃないかと思うけど、赤ん坊の順応力ってかなり高いらしくて、真見はあっという間に慣れてしまったみたい。むしろ、良平の方が必死で、横で見ていると「しもべ」って、こういう状態を言うんだなあと、感心させられてしまう。
お義父さんは、良平を意識するとどうしても真見に勘づかれる事が分かったらしくて、真見に直接訴えかけるのではなく、母親の私に真見の機嫌を計らせ始めた。
そして、事あるごとに私に媚びては
「ジイジはママの味方でちゅからね。賢い真見ちゃんなら分かりまちゅよねー」
と、真見の顔色をうかがっている。
組のみんなもようやく赤ん坊の存在に慣れてきて、初めの頃のようにちょっかいを出したがったり、浮足立った様子は無くなってきたみたい。
それより今は私と良平が真見に時間を取られるから、その穴を埋めるべく忙しくしている。私も早く家事や組の事に関わりたいとは思うけれど、健診で会うベテランの親や保健婦さんに、
「赤ん坊でいるのはほんのちょっとの間だけ。二十年の子育ての一瞬なんだから」
なんて言われると、この時間を他に割くのはもったいない気がしてしまう。
私、かなり得してるよね。家族も、組のみんなも協力的で、真見の気持ちまで察しがつくんだから。
良平やお義父さんが、真見にちょっと狂っちゃうくらいは大目に見なきゃね。ウチのツートップが二人揃って迫力無くなっちゃうのは問題かもしれないけど……。
そんなだらけ具合が見透かされるのか、どうしても目の届き方が悪くなるのか、シマの店の一つが、街の高校生の悪ガキに目をつけられてしまったらしい。
その店は少し引っ込んだ所にあるゲームセンターの向かいにあるので、ゲームに飽きた連中が軽い腹ごしらえに利用するようになった。
それはいいのだけど、ある日、店のバイトの女の子を強引にナンパしようとして、店主とトラブルになった。それをきっかけに悪ガキ達が店に連日の嫌がらせをして来たのだ。
相手が高校生なので、店主は商店会の会長に相談して防犯組織を作り、ウチの組でも見回りの回数を増やす事にした。これでおとなしくなるだろうと、警察や学校には相談しなかった。
ところがそれで甘く見られたようだ。悪ガキ達はおとなしくなるどころか、
「マッポも未成年相手じゃ、物を壊したり、大怪我でもさせない限り動けやしない。防犯パトロールなんてのは見かけ倒しにもならないし、学校なんていつでも辞めてやる。見回ってる真柴の連中ってのは、今、上の奴がアカンボ相手にグダグダになってるって聞く。どうせ本気で手なんか出せねえだろ? こっちは未成年ってお墨付きがあるんだから」
と、言って、店の前を通る通行人に因縁をつけたり、店先の看板や、近くの自販機を壊して逃げたりと、やりたい放題になってしまった。
「えらく舐めてくれたもんね。この真柴のシマを荒らすなんて、クソガキが。このままじゃ示しがつかない。良平、ここはガツンと締めてやりましょう。私も久しぶりに身体を動かすわ」
深夜の授乳の寝不足もあって少々イラついていた私は、頭にきて真見を抱いたまま立ちあがった。
「何言ってる。お前は出て来るんじゃない!」
良平は青くなって言ったが、私は止まらない。
「たかだか十代の世間知らずのガキ達に、こうも舐められてたまるもんですか! 喧嘩は良平に任せるけど、一言説教してやらないと、腹の虫がおさまらないの」
そう言ってお義父さんが止めるのも聞かずに、私は店へと向かう。良平が慌てて後をついてきた。
いざ、店に着くと、ガキどもは一斉に真見を抱いた私を見て唖然とした。やった。機先を制したわ。
でもここで私は胸がいっぱいになってしまう。目の前の子は言われのない万引きの罪を疑われて、親にさえ信じてもらえず、学校にも悪いうわさが流れて絶望的な気持ちになっていた。
隣の子は亡くしたばかりの母親を、父親や、その親類に足げざまに言われたばかり。その後ろのリーダー格の子は両親から見放され、親戚の家をたらいまわしなされながら邪魔者扱いに耐えていた。
私は思わず彼らの境遇を口にして、
「こんなにつらい思いをしてるのね」と、同情の言葉が出た。
彼らの感情や苦悩が、真見を通して生々しいまでに迫ってきたからだ。
すると彼らも感じるところがあったらしく、涙を流して反省の弁を述べはじめた。
ううっ。みんないい子じゃないの。なんでこんなにいい子たちを、みんな邪険に扱うのかしら?
良平の出番は無かった。彼らは店主に詫びて、二度と悪さはしないと誓った。私は彼らの親や、身内に、彼らの事を分かってもらえるように、最大の努力をする事を約束した。
事が解決してみると、あの時の感覚は、ちょっと普通ではなかった気がして来た。
何だか真見と一緒にいると、強い感情に限って、こっちの感情を相手に体感させてしまう事が出来るようだ。あの時は私と真見の感情がその場にいた皆に感染し、良平まで涙を流しちゃってたし。
真柴には、今では新しい噂が流れている。私は「千里眼」から「子連れの聖母」と呼ばれ、良平は、「電光石火」あらため、「真柴の泣き男」と呼ばれるようになって、すっかりいじけているのである。




