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勇治の日常

一番最初の「こてつ物語」に出てきた、勇治のその後です。

「おい、勇治。これを見ろ」


 俺は小さな自動車修理の工場を営む社長に、声をかけられた。社長と言っても、家族以外の社員は俺しかいないんだが。


「どうかしましたか?」

 なんとなく、言われる事に心当たりはあったのだが、とりあえずとぼけておく。


「どうかじゃない。なんだ? この溶接の仕方は? ここは面付けしておけと言ったはずだが?」


「点付けって、聞こえたんですが」

 しらを切ろうと無駄にあがいてみるが、


「嘘つけ。聞き違えたにしちゃ、細かく付けてるじゃないか。全面溶接するのが面倒で、お前、手を抜いたな?」


 やっぱりバレてたか。俺はつい、舌打ちしてしまう。


「こら、なんて態度だ。いつも言っているだろう? ウチみたいな小さな工場は、顧客の信用勝負だから、決して手を抜くんじゃないと」


「だってこれ、ホントの仕事じゃないじゃないですか。車のオイル漏れ修理に来た雑貨屋の、店の棚に使う棚受けをサービスで作ってやってるんだから」


 俺だって、バイクや車の修理に手を抜くほど馬鹿じゃない。信用以前の問題だ。


「作ってやってるとはなんだ! こういう小さなサービスで、ウチの姿勢を見てもらってるんだ。今は大手のディーラーだって、車検や修理には力を入れてる。ウチみたいなところがお得意に細かくサービスするのは当然だ。これだって立派な仕事なんだ。手を抜くな」


 随分畑違いな仕事だが。


「たかが棚受け金具に全面溶接なんて、大げさだなあ」

 点付けの溶接でも十分丈夫だと思うが。


「雑貨屋の棚はいろんな商品を乗せるから、安心して使えるように丈夫に作って、こっちの真心を伝えるんだ。こういう細かい事が客をウチにつなぎとめるんだ。ちょっとした事で気軽に声をかけてもらえる関係が、小さな工場じゃ大事なんだぞ。それをお前は……」



 いつもの説教が始まりかけたところで、いつもの声がする。


「どーもー。郵便です。勇治君、また説教されてるのかい?」

 見慣れた郵便局員が笑顔を見せる。


「どうもー。ご苦労様です」

 俺はこれ幸いと社長の説教から逃れ、郵便物を受け取る。


「毎日飽きずに小さな事でやりあってるなあ。二人とも、よっぽど相性がいいんだね」


「ま、まあ」

 照れ臭くてあいまいに答える。実は俺、この社長とは気があっている。社長もそこは分かっているらしくて、何でも引き受けるお人好しの社長も俺には文句や小言を遠慮なく言って来るのだ。


「あ、礼似さんからだ」

 俺は社長に向けて手紙をかざしてみせた。


「おお、この間のバイクの修理の礼だろう。相変わらずマメな人だ」


 俺が社長に声をかけられ雇ってもらったのは礼似さんのおかげだ。社長は昔、礼似さんの「走り仲間」だった。若い時から走るよりいじる方が好きで、とうとう小さな工場を経営するようになったそうだ。


「礼似さんって、大胆でおおざっぱだけど、こういう所は細かいんですよね。ちょっとした事でもメールじゃなく、電話をくれるし、仕事の後は手書きの礼状を必ず送ってくれる」


 俺が出会った礼似さんは、威勢が良くて、活発で、大胆不敵な人だった。でも、人の心を大事にする、優しい人でもあったっけ。この細やかさも良く考えれば礼似さんらしい。



「ああ、やっぱりそうだ。修理後の洗車やワックスがけも丁寧で気持ちが良かったと書いてくれている。満足してもらえたようだ。よかった。……おや? 今日はお礼の品を同封します? 他に何か入っているのか?」


 言われて俺が封筒の中を探ると、確かに何か入っている。引っ張り出すと写真が出てきた。だが、


「社長、これ……」


 その写真には礼似さんの、あられもない姿が写っていた。ご丁寧にキスマークまでついている。


「組の者に処分されて、かろうじて残った一枚です。せっかくだからお送りしますので、是非、目の保養に利用してね? じょ、冗談じゃないぞ。こんなもん、ウチの女房に見られちゃ大変だ。あいつも礼似さんを知ってるんだから。勇治、この写真はお前にやる。持って帰ってくれ!」


「いやです! ウチにだって年頃の妹と、やっと一緒に暮らし始めた母さんがいるんだ。二人とも礼似さんを知ってるんだから、こんなもの、持って帰れません!」


 俺は写真を社長に押し付ける。


「いや、お前の方が若いし、一人身だから色々役に立つだろう? 遠慮をするな!」


 社長も押し返す。


「遠慮なんかしてません! 大体これは社長宛の郵便です。俺が受け取る必要、ありません!」


「そんな事言わずに……」



 二人でもめている所に、ひょいと手が伸びてきて、写真をパッとつかんでしまう。手の主を振りかえると、そこに社長の奥さんが立っていた。写真をしっかり、眺めている。


「随分、いい写真を送ってもらっていること。あんた、いつ、礼似さんとそんな仲になったのかしら?」


 一瞬にして場の空気が凍りついた。さ、寒い。


「ちょっと、ゆっくり話を聞かせてもらえる?」

 奥さんはにっこりと笑う。だが、微妙にひきつっている。


「ご、誤解だ。お前も礼似さんの気性は知ってるだろう? これは茶目っ気なんだ。信じてくれー!」


 社長は奥の部屋に引っ張られていく。俺、自分があの人の子かと勘違いした時もあったが、そうじゃなくて本当に良かった。こんな無茶な母親じゃ、きっと人生大変だった。


 あー、助かったあ~。





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