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倉田の日常

「これまた、今度も派手に痛めつけてくれたな」

 言葉とは裏腹に俺はつい、笑みを漏らした。


「倉田さんすいません。直す先から傷つけてばかりで」

 良平は小さくなって頭を下げる。


 良平の義足を外して状態を確認すると、ものの見事な刺し傷や、削り傷が目に入った。


 今度は爆発物に入っていた金属の破片や、釘などが刺さったらしい。木製部分は刺し跡だらけで、接合に使っている金具も緩んだり、歪みが起こっている。また、派手にやったもんだ。


「なあに。道具は使ってこそ役に立つ。俺は飾り物は扱わない主義だ。この義足が痛むのはお前さんが積極的に生きている証拠だろう。かえって嬉しいくらいだ」


 俺は良平への気遣いだけではなく、心からそう思う。俺が昔携わってきた人斬り道具は、役に立てばたつほど、誰かを苦しめ、誰かを不幸にして来た。だが今の仕事は違う。


「俺の仕事が人様の人生を豊かにする日が来るなんて、若い時には想像もできなかったもんだ。しかも、他の義足なら他の誰かでも修理が利くが、お前さんの義足は俺が直すのが一番いい。直す人間が限られるのは道具としちゃあ半端なんだが、こんな風に頼られるなんて、職人冥利に尽きる」


「倉田さんの腕は一流ですよ。妥協もないし、どんな条件でも叶えるための手段をつくしてくれる。俺が真柴に残って妻子を持てたのは、倉田さんのおかげです」


「そう言ってくれると嬉しいよ。どうだ、赤ん坊も生まれたばかりで、大変だろう?」



 良平が俺の工房に来た時から疲れが顔に出ていた。身体より気疲れしたような表情だ。


「はあ。赤ん坊なんて、今まで気にとめた事もなかったですからね。何をされても心配だし、どうしたら喜ぶのかさっぱりだ」


「それがいいんだよ。俺たちみたいな奴は結構世間知らずだ。特にお前さんは若い時から組一筋で、連れ合いだって御子さんを選んだ。自分の価値観が通用しない相手に振り回される経験なんて、少なかっただろう?」


「そう言われれば、そうですね。特に最近は皆、自分の下の人間ばかりに囲まれちまった」


「俺も、刀研ぎの時はそうだったよ。足を洗って義足作りの教えを請うようになって、初めて知った世界がゴマンとある。目が開かれるってのはいいもんだ。赤ん坊の真っ白な魂相手じゃ、すべてが新鮮に感じるだろう。しかも女の子だろう? 可愛くってしょうがないんじゃないか?」


 ここで良平の目じりがはっきりと下がる。決して若いとは言えない年に出来た子。どれほど喜んでいるかが、自然と伝わってくる。ようはデレデレしているんだが。


「まだまだ、男とも、女とも、見わけがつかないような感じなんですがね。親から見れば可愛いもんです」



 声も抑えて、口元も懸命に引き締めようとしているが、目じりの下がり方が普通じゃない。どうせ抑えの利かない緩み具合なのだから、諦めればいいんだが。これじゃまるで百面相でもしているようだ。


「結構、結構。理屈の通じない赤ん坊に、思いっきり振り回されておけ。下手な女作るより、よっぽど人生の勉強になる」

 良平の幸せそうな歪み顔を見ていると、つい、からかいたくなってくる。


「その手の冗談は、御子がいる時には言わないでくださいよ。あいつ、今、普通じゃないから、冗談でも殺されちまう」

 下がった目じりが元に戻り、顔色を変えて良平が言う。からかいがいのある奴だ。


「彼女は千里眼だったな。娘も受け継いだそうじゃないか。これならお前さんの気の迷いも起きないだろうし、娘も下手な男に引っ掛る事がなくていいだろう」


「いや、そこは本当にまいってるんですよ。あの母娘、一緒にそばにいると、力が相乗効果で異様に強力になるんです。俺がまだ考えてもいない事さえ、先読みしちまう。理性の働く暇さえないんです。実は今日もたまらずここに逃げて来たんです。そのくせこっちは向こうの考えが読めないんですから」


「だったら、お前さんがせっせと娘の世話を妬く事だな。一緒にいるほど読まれちまうなら、それしか手はあるまい」


「でも、おむつやミルクはともかく、他はどう扱ったらいいか、さっぱりわからないんです!」



 おお、コイツがこんなにうろたえるところが見られるとは。これは面白い事になってくれた。


「そんなの、俺だって知る訳なかろうが。せいぜい娘の機嫌を取るのに慣れる事だな。ただ、慣れる頃には大人になって、どこかの男が娘をかっさらって行くんだろうが」

 今度は俺の方がニヤニヤする番だ。


「生まれたばかりなのに、そんな、嫌な話、しないでくださいよ」


「贅沢な奴だ。この世界じゃそう言うありきたりの幸せを持てる奴は、そう、多くは無いんだぞ。そういう苦労なら喜んで味わえばいいんだ」

 半泣きの様な良平に言ってやるのも、半分は嫉妬が混じっている。


「分かってますよ。だが、俺は真見をそう簡単にかっさらわれたりはしませんから」


 相手が妻子ではないとなると、いきなり自信を取り戻して胸を張る。そこもおかしい。


「お前ならそうだろうなあ。だが、お前自身も精神をしっかり鍛えないとまずいんじゃないか?」


「精神? 俺、だらけて見えますか?」

 良平は不満そうに言う。


「そうは言わないが、娘はお前の心を読めるんだろう? 普段から不埒な考えを持たないようにしないと、あっという間に娘がマセて、男が寄ってきちまうぞ」



 良平の顔がみるみる青くなる。血の気が引く瞬間って、こういうものなのか。


「俺……、どこかの禅寺で、修行させてもらおうかな……」


 まいってるなんて言っていた事も忘れてつぶやく良平に、俺はつい、吹きだしてしまった。



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