真柴組長の日常
孫は可愛いもの。話には聞いていたが、目の前に小さな赤ん坊がいると、本当に可愛らしい。
現実的には御子も良平も実子ではないのだから、血の繋がった孫という訳ではないが、そんなことはどうでもいい。わしはこの子にとって、生涯「ジイジ」でいられるのだから。
何よりこの子は、わしに取って初めて、自由に、気兼ねなく愛情を注げる赤ん坊だ。
御子も少女の時から育てていたし、ハルオも赤ん坊の時から組にいた。その点ではこの子はこの組にとって三人目の子供の様なものだろう。
だが、御子は特殊な子だった。ここに来た時にはすっかり心を閉ざしていたし、心を開いてもらう過程でも、他人が御子のように心を読める訳ではない事を、真に理解するよう努めなくてはならなかった。
わしは御子のすべてを理解できる訳ではない。だが、御子のすべてを受け入れられる。それを心から分かってもらうだけで時間がかかってしまい、気づけば御子は大人になってしまっていた。
次にハルオを迎えたが、この子は本当に預かり子で、華風組も事情が許せばハルオを呼び戻すつもりがあったようだ。その辺の事もあって、亡き妻もハルオには「いつか手放す子」として接するように、心を抑えて育てていた。そんな彼女を気づかい、自分も愛情を真っ直ぐ注ぐ事が出来なかった。
しかし、ハルオは帰る事が出来ず、妻も亡くなり、それでも子供の成長は待ってはくれない。ハルオもあれよと言う間に成人してしまった。
だが、真見は違う。血の繋がりはともかく、御子の生んだわしの孫として、ここに迎え入れた子だ。
誰に遠慮する事もない。自分の初孫として、思い切り愛情を注いでやる事が出来る存在だ。
そう考えると感慨も深くて、真見が何をしようと、どんな顔をしていようとも、皆、愛おしく思える。
良平は愛情が空回りするのか、真見の泣き声一つにも一喜一憂しているが、そんなもの、まだまだ甘い。これから遠慮のない、だが、愛らしい我がままという自己主張だって始まるし、軽い病気や怪我だってついて回る。親の期待を良くも悪くも裏切り続けるのが子供と言うものだ。
わしにとっては真見の泣く姿も可愛いし、不機嫌さも自我の芽生えに思えて愛しい。見当はつかずとも、不満を感じて泣きだすのなら、感受性が豊かになっているのだろうと、嬉しくなるし、それで母を求めて泣くのもいじらしく思える。良平のように母親と愛情を競っているようではまだまだ、本当の親になるまで時間がかかりそうだ。
そんな新米親父が相手なら、わしにはまだまだ有利だろう。わしには真見がどんな境遇に陥ろうとも、味方をし続けてやる覚悟がある。勿論、御子や良平にもあるのだろうが、親である彼らはそんな事態に真見を陥らせない事の方に神経を注ぐだろう。
だが、わしはそっちの責任は親の二人に任せる。ようやく手にした愛を注げる子だ。老い先短い老人の我がままを、ありったけ真見への愛情に向けさせてもらう。こっちは人生の先が見えている分、切実なのだ。親より時間がない以上ジジ馬鹿を競って何が悪い。
しかし、御子はわしを生意気にもたしなめようとしてくる。
「お義父さん。あまり良平に張り合うようなこと、言わないでくれる? 良平も真見の事になると、すぐ、ムキになるんだから」
「張り合ってなどおらん。良平より、わしのほうに真見の関心が向いてしまうのは、あいつに余裕がないからだろう。祖父が孫を可愛がるのは当然の権利だ」
だからこそ、良平は散歩にもついて来られないのだ。わしは今、真見を連れた御子と共に、午後の陽ざしを満喫しているが、良平は自分の苛立ちを真見に見抜かれたくなくて、断念したのだ。
「真見を可愛がるのに、権利を振りかざすようじゃね。そう言う意地の悪さ、真見、すぐ見抜くようになるわよ。良平の苛立ちに戸惑ってるだけで、別に嫌ってるわけじゃないんだから」
「なんの。余裕のない良平に比べれば、真見もこの、ジイジのそばの方が居心地がいいでちゅよねー」
そう言って乳母車の(赤ん坊を乗せるのは乳母車と昔から決まっておる!)中の真見を覗きこむ。
「そうでもないみたいよ。お義父さんが良平と張り合ってるの、何となくわかってるみたいだから。お義父さんが張り合うのを察知して緊張するから真見、ぐずりだすのよ。良平のせいだけじゃないわ」
ギクッ。確かにわしと良平がいると、緊張感が漂っているような。
「思い当たる節、あるみたいね。今だって、真見、お義父さんをうっとおしがってる気配があるわ。ホントはパパと、ジイジが仲良く笑ってる方が、真見は嬉しいんだもんねー」
そう言いつつ御子が真見を抱き上げると、真見は機嫌よさそうに笑顔を見せる。
「つまらない意地の張り合いしてると、二人とも真見に嫌われるわよ」
そ、それは。それだけは避けたい。孫に嫌われてなんの生き甲斐があろうものか。
「そんな事は無いでちゅよね? 真見ちゃんは、ジイジの気持ちが分かる、優しい子でちゅよねー」
必死に真見にそう、訴えかけるが、
「そうでちゅよー。だからパパの気持ちも分かる、優しい子なんでちゅよー」
と、御子はわしの顔も見ずに言っている。ええい、お前は所詮、良平の味方か!
「あら、私はどっちの味方でもないわ。真見の気持ちを代弁してるだけでちゅよねー。ママと真見は、心が通じ合っているんでちゅからねー」
御子はそう言ってケラケラと笑っていた。
クウーッ。千里眼の母親には歯が立たんわい。せめて、せめて良平にだけは、負けてたまるかー!




