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良平の日常

「乳母車が欲しいって?」

 ウチの組長が、俺に聞き返す。


「あの、乳母車というか、ベビーカーを買いたいんです」


 正直ウチの組の経済状態は、余裕があるとは言い難い。固いシマをもっているので安定はいいが、それほどボロい儲けがある訳じゃない。


 勿論俺や御子も自分達の取り分は受取っているが、組員を養っているとそう、多い額ではない。真見は女の子だから大人になっても組に残るかは分からない。先々の事も考えると、ある程度の教育も受けさせたいし、でなくても事情のある子だから、金の事で人生の幅を狭めたくないのが親心。


 だから始まったばかりの子育てに、ある程度の出費は仕方がないとはいえ、なるべく無駄遣いは避けてやりくりするように努力はして来たのだが、今回は組長に頭を下げて、かわいい孫のために財布のひもを緩めてもらおうと思った。ようは、ジジ心に訴えて(情けないが)スネをかじろうと言うわけだ。



「それはかまわんが、お前達がレンタルで十分だと言ったんじゃなかったか? それに、真見を乳母車に座らせるのは少し早くないか?」


 組長がいぶかしく思うのも仕方がない。どうかすれば「真見のために」と金銭感覚を狂わせて、何でも買い与えようとする組長を、(金でつられてたまるか!)と、押しとどめていたのは俺なのだから。


「あの、乳母車じゃなくて、ベビーカーなんです。今時のベビーカーは種類も豊富で、新生児から寝かせて使えて、成長に合わせて座らせることのできるタイプもあるんです」


 口で説明するだけではなく、パンフレットの写真を見せてあれこれ特徴を解説する。まるでセールストークだ。要らないと言ったものを買ってほしいと頼むのだから、より、丁寧に説明した。


「これがあれば、御子も気がねなく散歩に出やすくなると思います。レンタルのように、汚れや、傷に気を使う事もありませんし、お義父さんとの散歩の回数も、ずっと増えるでしょう」

 ズルイとは思うが、ここで殺し文句も使う。



 真見を育てるのは二人で一緒に。御子にばかり役割を振らない。その代わり、俺にも父親の威厳と存在感を真見に与えるべく、可能な限りのスキンシップを取る。そして何より、御子は『力』を使わない事。これが真見を育てる上で、二人でかわした約束事だった。


 生まれた以上は父親の責任は黙っていたってかかってくるんだ。だったら、主導権を母親ばかりに取らせては、俺は損な役回りにもなりかねない。でなくても母親には授乳という強みがあるし、御子にはお義父さんという強い味方もいるんだ。


 決して真見を、母親べったりな子にはさせないぞ。今の世の中、「イクメン」なんて言葉もあるんだ。父親の子育てが、母親のおまけみたいに言われた時代とは違う。親の心が分かる真見だからこそ、この子は「究極のパパっ子」にして見せるぞ!


 真見が生まれた時そんな夢も描いていたんだが。赤ん坊って奴はそんなに甘いもんじゃないらしい。



 とにかく泣く。すぐに泣く。突然に泣く。


 赤ん坊は泣くのが仕事。理屈では分かっちゃいるが、こんなに泣くとは思わなかった。


 生まれたての時なら泣き声も「ほやあ、ほやあ」と頼りなく、可愛いものだった。それでもこっちはミルクか、おむつか、寂しいのかと、いちいち気をもんだものだ。


 多分御子には分かっているのだろうが、そう思うと悔しいので、あやし役は可能な限り俺が率先した。勤め人ではない立場が、人生で初めて生きると思っていた。


 ところがどうやっても泣きやまない時が多々ある。抱き方、あやし方、色々工夫しても効果は無い。

 抱き癖がつくと言う話を聞いて、簡単に御子には抱かせないようにしていたのに、それでも御子が抱くと、真見はピタリと泣きやんでしまう。それどころか二人揃って『力』を合わせて、俺のいじけ具合まで見通してしまう。こっちの下心……もとい、親心なんて筒抜けのようなのだ。


 泣きやんでくれと必死で祈っているのに「かえって疲れる。私にあやさせてくれれば早いのに」と、御子の奴は見透かして言うし、組長さえ真見があんなに大泣きしても「ハルオの時より、腹筋がある」なんて平気な顔をしている。こっちはノイローゼになりそうだってのに。経験者は神経が太い。



「外の空気に触れれば、母子ともに気分がいいでしょうし、俺の苛立ちを感じる事もないでしょう」


 真見はおそらく、俺が思うように出来ない苛立ちに反応している。それが御子には伝わっているのに、閉じこもった中で俺の意地に振り回されて疲れている。やっとそこが分かってきた。


「良平もさすがに限界か? 生みの母親に張り合おうと言うのが、そもそも無理なのだ。子育ては母親にはかなうものではない。真見の事は、わしと御子に任せればいい」


 やっぱり言われてしまった。組長の顔も、心なしか、緩んでいるように見える。真見を通して俺のもくろみは御子にバレているし、悔しいが、ここは降参するしかない。


「その方がいいようです。父親の出番なんて、まだまだこれからいくらでもあると思いますし」


 御子の二番手、へたすりゃ組長にも抜かれて、三番手になりそうで焦るのだが。


「その通りだ。だが、わしが買ってやる物は真見の手元に残るし、御子にはかなわずともいずれ、『究極のジジっ子』になるかもしれんがな」そう言って組長は余裕の笑みを浮かべている。


 チクショー! 組長もそこを狙っているのか! 新米だと思って、実の父親を舐めるなよ。負けん! 俺は負けんぞー!



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