礼似の日常
「御子、あの神社の修理、終わったんだって? いやあ、あの時は悪かったわー。知り合いの社長の息子の結婚式も無事にやれそうじゃない」
私は久しぶりに真柴組に顔を出し、ありったけの笑顔を作って見せた。御子に曰く付きの神社に迷惑をかけているので、思いっきり低姿勢で、柄にもなく、季節のケーキまで手土産に持参している。
「礼似。あんたねえ、土間に頼みごとをしておいて、昔の奥さんをネタにからかったんだって? 土間ったらぐったりして当分あんたの顔は見たくないって、嘆いてたわよ」
御子は私に冷たい視線を浴びせながらも、しっかり、差し出されたケーキは受取った。
「あれは土間が、勝手に興奮しただけじゃないの。人をおばさん扱いしてハタチの小娘の顔とスリ変えないと、この身体の若々しさに気がつかないなんて、土間の方こそ失礼よ」
私の見た目年齢は、絶対、十歳以上、見ようによっては二十は若く見えるはず。これだけの若さと美貌を保てる女なんて、そういるはずは無いんだから、無反応って言うのは納得いかないわ。
「あんたに反応したっていうより、奥さん持ち出されて単純にショックを受けたんだと思うけど。完全に土間の過去の傷に塩塗ってんじゃない」
「土間の感性が鈍いからよ。ショック受けなきゃ、この身体のセクシーさに気がつかないんだもの」
「あんたの実年齢知ってる上に、土間は性別を変えているんだからしょうがないでしょ?」
「あら、美意識に男も女もないわ。御子こそ、そんな母親モードな顔ばっかりしてたら、良平にかまってもらえなくなるわよ」
そう言ってあらためて御子の顔をよく見ると、御子が随分疲れた顔をしている事に気がついた。
「御子、顔にクマが出来てんじゃない。どうしたのよ?」
御子はさらにため息までついている。
「真見もそろそろ機嫌の良し悪しが出てきたり、夜泣きも始まってね。でも、良平は私が真見の感情を先読みしてあやしてしまうのを許さないし。いちいち泣かせてからあやすのに疲れちゃって。このケーキは助かるわ。身体が甘いものを欲しているから」
そう言って紅茶を入れ終わると、私が口をつけるのも待たずにケーキを口に運んでいた。
「えー? バカみたい。良平の言う事なんか無視して、真見の機嫌を取っちゃえば?」
「そうもいかないわよ。二人で決めた事なんだから。それにね、真見も本気で機嫌が悪いと良平が抱いてあやしても泣きやんでくれないの。私の方が真見の機嫌の加減が分かっちゃうから、私に抱いて欲しがる時もあるのよ。赤ん坊に遠慮は無いから、私が抱くとピタリと鳴きやむでしょ? そのたびに、良平がいじけちゃって」
それで両方のご機嫌を気にして、御子が疲れちゃってるわけか。ああ、男ってめんどくさいなー。
「男が父親になるにはそれ相応に時間がかかるから。今は子育てと、父親育ての時期ってわけ。そんな時にあんたは神社でトラブってくれるし、土間はあんたの事でグジグジ愚痴を言ってくるし」
あ、まずい。御子の声のトーンが落ちてきた。土間も御子に愚痴らなくてもいいのに。これは相当機嫌の悪い所に顔を出しちゃったみたい。
すると、唐突に御子が私に言った。
「食べ物に釣られなくて悪かったわね。言葉で煙に巻かれるほど、私も甘くないわよ」
「ちょっ、私まだ、そんな事考えてもいないのに」
今、考えようとはしたけど。
「真見と一緒にいると、力なんか使わなくても勘が冴えわたるのよ。本人が考えるより先に、思考が読めちゃうの。良平にも、いじける前に『いじけるな』って言っちゃうから、余計にへこまれるし」
ひえええ。そっか、赤ん坊には遠慮がないから、真見が感じ取った感情、ストレートに御子に伝わっちゃうんだ。こりゃ、良平も大変だ。
「悪かったわね。人間離れした、ひねくれ者で。あんたに人の亭主を物好き扱いされたくないわ」
そんなこと考えちゃいないわよ! ……まだ、だけど。
「うっとうしくって悪かったわね! あんた、私にまで傷口に塩を塗りに来たわけ?」
御子のイライラを代弁するように、とうとう真見まで派手に泣き始めた。
「つ、疲れているみたいだから、また、今度来るね。今日は失礼するわー」
冗談じゃない。こんな調子でボルテージ上がられたんじゃ、御子に爆発されかねない。真見とセットでこんなに力がパワーアップされるとは思わなかった。御子は胆も太いし人一倍体力あるから、子育てだって余裕だろうと思っていたら、意外な盲点があったもんだわ。
私は大慌てで真柴組から退散する。しばらくここには近づけないわ。香に様子をうかがってもらわないと、半殺しの目にも会いかねない。乳飲み子抱えた母親に手を出すわけにもいかないし。
土間は神社の件で御子には何度も会っているから、今の御子の状態の事も知ってるはず。この間の仕返しに、わざと私に黙ってたんだわ。十分、恨み、はらしてるじゃない。
まったく、二人とも一筋縄ではいかないわ。私なんて可愛いもんよ。
最強の「おネエ」に、最強の「母親」。この二人に肩を並べて、ドレミを名のるのも楽じゃないんだからね!