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静の日常

「師弟そろって稽古場で倒れたって言うから、何事かと思えば。あんまり余計な心配、かけないで頂戴」


 私は自分の後を引き継いだ現組長で、義理の妹の夫だった、今は女性の姿をしている(ああ、ややこしい)土間に説教をしていた。


「おかみさん。どうも、ご心配おかけしました。つい、油断しました」


 土間は殊勝に謝っている。私はもう、おかみさんと呼ばれる身ではない気がするのだけれど、彼女が「彼」だった頃から(本当にややこしい)そう呼ばれているので、お互いに癖になってしまっている。


「あなたは昔から考えなしにカッとなる人だから。勢いだけで組に入れてくれと頼んだり、刀を取り上げられても喧嘩に飛び込んだり、妻の妊娠中に仇打ちにまで飛び出すし。挙句、心は男のままなのに、女性の姿に手術までしてしまうし」


「はあ……」


 土間はあいまいに相槌を打つ。きっと、また始まったと思っているに違いない。私は土間に説教する時には、このあたりの事を言わずにはいられない。だって、その後、本当に大変だったのだもの。


「身体の力なんて必要ない。心の強さが欲しいと言う、あなたの気持ちは分からないでもなかったけれど、精神が男性のまま、肉体だけ女性になったのはやっぱり無茶過ぎたわ。辰雄がピンチの時には、力ではどうにもならないからって、ダイナマイト、身体に巻きつけたって言うじゃない。そんな精神構造じゃ、男の身でも女の身でも一緒でしょうが。本当に頭に血がのぼると、厄介な人なんだから」


「いえ、でも、こうして女になったからには、私は女らしくなって見せます! 私は富士子のように、力に頼らない、心の強い、女になるのが目標なんです!」


 そういいながら土間は、両手の拳を握って、目いっぱい「男らしく」力を込めて言う。力が入り過ぎて腕にコブまで浮き上がってしまう。そーいうところが問題だっていうのに。


 大体土間は、富士子さんを理想化し過ぎなのよねえ。血が上りやすい上に若くして富士子さんを亡くしているものだから、彼女の「アラ」が全部吹き飛んでしまって、ほとんど神格化してしまっているわ。



 土間がこの手の事で、鼻血を出してひっくり返るのは、若い頃には頻繁にあった事。


 なにせ、精神は完全に男性で、性的にも間違いなく男性的な人間が無理やり女性の身体になっているのだから、肉体的には相当に無理がある。でなくても彼は若い頃には口説き上手でモテていたし。つまり、本来女性への興味は強い方だったと言う事でしょうね。


 おかげでこっちは土間の世話には随分追われたわ。女性のスカートが風にひるがえっては倒れ、男の多い組の中で、その手の雑誌を見つけてしまっては倒れ、夏の女性が薄着になる季節になれば、外を歩くだけで倒れ(何を考えていたんだか……)。


 周りの私達も慣れるのには苦労したもの。男だらけの中で、腕っ節は強いとはいえ土間の見た目は女。暮らしているうちに、つい、気も緩んでくる。


 幾度、脱衣所で騒動があった事かしら。彼に女性のしぐさや、身のつつしみ方を教えるのに、どれだけ苦労させられただろう。思えば戦いの毎日だったような。


 それでも月日が経つうちに、心が落ち着いてきたのか、自分の身体で慣れたのか(そういえば、初めのうちは、風呂でのぼせる事も多かった)そういう事態は起こらなくなっていた。そこにいたるまで、土間にも、組の連中にも、涙ぐましい忍耐の日々があった。



 でも、これほど時間が流れても、やっぱり中身が「男」である事に変わりは無いのね。こんな事がまだ続くのでは、先々色々と心配だわ。


「土間、あなたが求めているのはあくまで、精神的な強さでしょう? もう、女にこだわる必要、ないんじゃない? 身体を戻す事は出来なくても、無理に女性的になろうとするのはやめたらいいんじゃないかしら?」


 と、いうか、頭に血がのぼると女性的じゃなくなってしまうし。すぐ、のぼせる性格も直ってないし。


「いいえ! 私はそんな、半端な気持ちで女になった訳じゃありません。努力と、気合と、根性で、この身体に見合う、立派な女になって見せます!」


 その台詞を言っている姿が、顔に青筋立てて、すでに男性的な表情になっているのだけど。そもそも女らしくなるのに気合と根性が必要な時点で、どうかとも思うのだけど。



「分かった、分かったから。あなたの場合は、男だ、女だと言う前に、その頭に血がのぼる性格をなんとかしないと」


 すっかりのぼせて、力の入っている土間に、私はなだめるように声をかけた。土間の方でも「ハッ」と我に帰ったようで、


「すいません。性別の問題じゃありませんでしたね。この気性は、本当になんとかしないと」


と、ようやく本当に反省すべきところに気が回った様子。分かってくれたのかしら?


「心頭滅却。心の鍛え方が足りないんだわ。失礼します。稽古してきます!」


 いえ、そのノリがすでに、のぼせている感じなのだけど。でも、土間はさっさと稽古場に戻って行く。

「あー! 土間、見てみて、私の傑作合成写真の、第二段!」


 礼似さんの興奮した声が聞こえたかと思ったら、直後にドサリと大きな音が。


「大変ッス! 組長がまた、倒れましたー!」

 智の叫ぶ声がする。


 ああ、この組の先々が本当に心配だわ……。





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