Part8
「お前は知らないだろうがな、お前が病院に運ばれたあの日。あの日の時点でお前は俺に勝ち越していたんだ。 俺自身、勝ち負けにこだわるタイプじゃないんだが、何が何でもお前にだけは――――猿爪佐助だけには勝ちたかったんだよ。それがなんだ、テメェ、一向に姿を現さないじゃないか。お陰でこっちは卒業しちまった」
「・・・・・・その件については謝罪するよ」
「それは後できっちり受け取る。まずは俺の話を聞け。――――面会謝絶の時にも俺は欠かさず病院の下へ来たね。それで知ったんだよ、猿爪を助けるだけの医学は今の日本には存在しないってな。――――だったら、俺が貴様を救うしかねえだろうが」
――――――――イッタイコイツハナニヲイッテイルンダ?
自分の白衣の裾をつまんで俺に見せつける犬牙。
「後はご覧の通り。ようやくお前と同じ舞台に立てたわけだ。――――まったく、もうちょいさくっと帰国する予定だったんだけどな」
「じゃあ、お前が執刀医に――――医者になったのって――――」
「勘違いすんなよ。俺は、お前に負け越したまんまでいるのが嫌だっただけだからな」
「・・・・・・」
「じゃあルールの確認な。次の手術が成功したら俺の勝ち。失敗したらお前の勝ち、堂々と大手を振って俺に勝ち越してどこにでも逝きやがれ、それでいいだろう?」
これほど分の悪い賭けに挑戦するなんて、まったくばかげている。本当に、意外で、埒外で――――、けれど、こんな勝負も案外悪くない。不覚にも、コイツとの真剣勝負で負けてもいいと思ってしまった。・・・・・・何が真剣勝負だ、自分で言ってあほらしい。
俺は笑っていた。どうしようもなく、笑っていた。
「なあ、罰ゲーム。――――お前が勝ったら何してほしいか?」
「あ?」
俺の申し出を受けて考え込む犬牙。だが、結局はなにも思いつかなかったようだ。
「じゃあ、今度焼きそばパン奢れ。それでいい」
「随分安っぽいな。ハイリスクノーリターンだぞ」
「じゃあジャムパンと牛乳も追加で。これで満足か」
「それくらいでないとこっちもスリルがないよ」
テメェが賭けているのは命だろうが、と、犬牙は呆れたように呟く。命とパンのセット。どんな天秤においても、釣り合うことはないだろう。
まぁいいか、と、犬牙がこちらを向いてにやりと笑う。
「んじゃ、猿爪」
「なんだい、犬牙」
「白黒ハッキリ付けようじゃないか?」