Part7
「やぁ、猿爪くん。調子はどうだい?」
「・・・・・・何でお前がここにいるんだよ」
「いやぁ、君の親友と同姓同名の外科医が海外に留学してるって聞いたからね、ひょっとしたらと思ってコンタクトを取ってみたら、これがドンピシャでねぇ~」
「まさかこっちから探す前に会えるなんて思ってもいなかったよ」
「犬牙ぁ・・・いつからそこにいやがった?」
「お前が缶コーヒー受け取っているときにはドアのそばにいたぜ」
「ぐわぁぁあっ! 何それ、てことは、俺が泣くところもばっちり見られたってことか!?」
「『会いたいなぁ・・・、喜一に・・・』だってよ! 何だ猿爪、入院している間に去精でもしたかぁ?」
「犬牙先生、さっきコイツ、マジ泣きしていましたよ」
「マジで! うわ、超見たかった!」
「ご安心を、こちらに動画で残してあります」
ピッ(「会いたいなぁ・・・、喜一に・・・」)。
「黙れ黙れ黙れぇ!」
全身の痛みも忘れて犬牙にとびかかる俺を、爆笑しながら小森が押さえつける。それを見て犬牙が腹を抱えて笑っている。
文章にしたらこれだけのことだが、まるで今まで止まっていた時間が動き出したかのように感じられた。青春が、俺の手元に返ってきた。
何が涙の再会だ、結局はアホみたいなドンチャン騒ぎになっているじゃないか。
「いいんじゃないか? こういうのが俺ららしくて」
笑いすぎて出てきた涙をこすりながら、犬牙が息も絶え絶えに話かける。小森は俺が全身全霊を持って追いだした。今は俺と奴の二人っきりだ。
「いやぁ、こういうときは二人っきりにならないと物語の感じが出ないよね」
「このタイミングでメタ発言はやめろよ」
空気ブチ壊しだから。雰囲気が裸足で逃げ出すから。
「そもそも、なんでお前がここにいるんだよ。さっきのドタバタで聞き損ねたけど」
「決まっているだろう? 俺が医者で、お前が患者だからだ」
「それで説明になっていると思うのか?」
「思わないね」
「だよな」
なんだか、高校時代に戻った気分だ。放課後や昼休みの屋上でジャムパンをほおばりながらの時と、会話のレベルが何も変わらない。
「だからちゃんと説明しろって言っているんだよ」
多少のイラつきを隠せなくなった俺を、まるで無視して犬牙が口を開く。思わせぶりに、窓まで歩み寄り、外を見ながらという徹底ぶりだ。
「なぁ、猿爪。俺らっていつもはりあっていたの、覚えてるか?」
「どうしたんだよ、急に」
「いや、覚えているかって聞いているんだ」
「・・・覚えているよ。覚えているに決まっているじゃないか」
「さっきまで小森とその話してたんもんな」
ゆるりと、体を窓に漏れ掛けさせながる犬牙。俺はその姿を黙って見つめる。
「せっかくだし、久々に比べあおうぜ。まず、お前って結婚したか?」
「しているわけないだろ。ずっと入院してんのに」
「俺はしている。これで一勝。・・・てことは必然的に子供もいないだろうからもう一勝っと」
そう言いながら犬牙は白衣のポケットから手帳を――――擦り切れてボロボロになって、まるでずっと昔から大切にしていたような――――そんな手帳を取り出すと、さらさらと結果を書き込む。
「じゃあ、今年までのバレンタインでチョコ、何個もらったか?」
「看護師とか家族からは欠かさずもらってるから・・・平均年3個くらいか?」
「・・・結構もらってんなお前。じゃあ、お前の勝ち」
その後もわけのわからない質問が続けられて、それに俺が答えるたびに、勝敗数が変動していった。
かれこれ、十数個は答えただろう。ようやく、犬牙がボールペンをしまった。
「さてと、こんなもんでいいか。――――実は、これで俺とお前共に四七三戦―二三六勝―二三六敗―一分で引き分けってとこだ」
「その引き分けって何だっけ?」
「忘れたのか? 高二の冬に学園のマドンナの水無月ちゃんに二人で同時に告って、どっちもふられただろ? あれで引き分けだ」
「あぁ、なるほど」
それにしても、四七三戦か・・・、随分戦ったものだ。小さい揉め事から大きな直接対決まで。よくもまあ飽きもせずに続けたものだ。
「で、今日お前に会いに来たのは他でもない。決着をつけにきたんだ」
「決着?」
「そう、俺とお前との腐れ縁。そろそろ真剣に終止符を打たないとな」
そう言うと、犬牙は俺にビシリと、人差し指をまっすぐにつきつける。
俺を見つめる瞳も、同じくらいにまっすぐ。