Part6
ずっとこんな風に競い合う日々が続いて行くと思っていた。
しかし、運命の女神は残酷だ。学校の帰りに倒れた俺はそのまま救急車で病院に搬送された。医者の診断を受けて、そのまま入院。その時は、それだけで済むと思っていた。
俺の容体が、一向に良くならない。家族と医者がこっそりと話す姿も何度も目撃し、病室も個室へと移され、体に打ち込まれる注射や点滴が日に日に増えていった。
入院してから三カ月。主治医から重々しく告げられたのは、誰もが知っていて、それでいて自分がかかるわけがないと心のどこかで願い続けている病の名だった。
その日から一切の面談は謝絶。毎日のように見舞いに来てくれた犬牙とも、顔を合わせることは無くなった。
これが、俺と、俺の最大の親友であり宿敵である犬牙喜一との別れである。
彼と顔を合わせたことは、それっきりまるでない。
「――――こんなところですかね」
「ふむぅ、過去話というくらいだからもっと長々しくて重たい話になるかと思ったら、意外に早く終わったね」
平然ととんでもないことを言い出す小森。話の利き手として失格じゃないだろうか。
「ちなみに、つかぬことを聞くんだが・・・、結局勝敗はどうだったんだい?」
「勝敗?」
「決まっているだろう。君と、犬牙くんとの闘いの記録だよ。さっき、きっちり記録しているって言っていたじゃないか」
「いや、全然覚えてないですよ、そんなこと。――――犬牙なら記録していると思いますよ。
アイツ、一試合ごとに楽しそうに手帳に記録していましたから」
「そうかぁ、残念だなぁ。どっちが勝ったかちょっと気になっていたのに。」
心底残念そうな顔をする小森に苦笑い。
それでも、こうして昔のことを思い出すと、やはり犬牙との思い出が一番多いことに気がつく。けれども、それはきっと俺だけの想いなのだろう。猿爪佐助の青春は犬牙喜一なくしては語れないが、犬牙喜一の青春は猿爪佐助無き後も続いている。奴にとって、俺は青春時代を彩るページの一つに過ぎないのだが、俺にとっての奴は――――青春時代そのものだった。
「会いたいなぁ・・・、喜一に・・・」
気づくと、俺は泣いていた。
みっともなく、恥も外聞もなく、泣いていた。
最初は自分が泣いていることがわからず、ただ頬が何か熱いと、それしか感じなかった。
目の前に小森がそっとハンカチを差し出す。
「全く・・・、君ほど感情が滅茶苦茶な人間もいないよね。あれだけのエピソードでよくもまぁ泣けるものだ」
「俺だって泣くつもりなんかありませんでしたよ・・・」
小森に渡された缶コーヒーを、グイと飲み干す。やたらと甘ったるい液体が舌を覆い、喉の奥へと流れ込む頃には、気持ちは落ち着き、涙もひいていた。
「それにしても、やっぱり君は面白いねぇ。君ってやっぱりゲイなんじゃないのかい?」
「何をさらっととんでもないことを言ってるんんですか」
「いやいや、それはそれで面白いかなって。最近はその手のも需要が多いみたいだし」
「知りたくないですよ、そんな情報」
君が入院している間にネットの画像投稿サイトはすっかり腐ってしまったと、小森が嘆く。
正直どうでもいいんだが。大体俺、危機に影響を与えるとか言われているからパソコン触れないし。
「ふふふ、世の中はね、知りたくない情報や知らせたくない情報ほど耳に入ってくるものなんだよね」
「その通りですね。だから俺も知っているんですよ――――次の手術、失敗したらもうダメらしいですね」
「あ、知っていたんだ。参ったなぁ、当事者には隠しとかなくちゃだったのに」
俺の突然の暴露にも動じることなく、あっけらかんと笑う。ここまでぶっ飛んでいると、怒りを通り越して呆れすら感じる。
「知っていたんだぁ、じゃないですよ。医者としてどうなんですかそれ」
「どうなんだろうね? そんなんだから執刀医から外されちゃうんだろうね、僕は」
「当然の結果ですよね」
「これに関しては僕も甘んじて受けるつもりだよ。――――今日来たのはその件についての話だったんだけどね」
「・・・これでようやく本題ですか」
「そうそう、今日は新しい執刀医の先生の紹介に来たんだよ」
ちなみに、と。そう言って小森も手に持った缶コーヒーを飲み干す。
「僕も知っていたんだよね。君に無二の親友がいるってこと」
「は?」
「じゃあ、新しい執刀医の登場ですー、ワー、パチパチー」
全ての効果音を口で言いいながら、小森が指し示したドアには――――。