Part4
「おい、お前。手ぇ離せよ」
「・・・何を言ってるんだい? このジャムパンは僕が先に手を出したんだよ。君こそ離したまえ」
「テメェこそ何ほざいてんだ? 俺の手が下にあるだろ。諦めて帰りな」
「・・・・・・」
ギリギリギリギリ・・・・・・。
当時高校一年生。両親が共働きだった俺の昼食は、中学の時から購買で済ませることがとても多かった。それは高校に入ってからも変わらないはずだった。
が、俺と全く同じ趣味嗜好を持つ男、犬牙の存在によって、俺の昼食は危機にさらされることになる。自分と奴の食べたいものがことごとく被る。今までは暗黙のルール、早い者勝ちが適用されていたのだが、今日この日、初めて直接対決となったのだ。
「あぁ! 水無月さん、こんにちは!」
「え?」
「もらったぁ!」
学園のアイドルの名を呼ばれ、思わず振り返り力が抜けた犬牙の手からジャムパンを引き抜くと、レジのおばちゃんに向けてダッシュ。犬牙の制止を振り切り、無事に会計を済ますと、俺は戦利品であるジャムパンを心置きなくほおばった。
お互いの名も知らぬまま、唐突に始まった初戦は、卑怯な騙し討ちで俺の勝利となった。
翌日の購買。
いきなり背後からドロップキックを食らった。
完全に予想外だった。まさかジャムパン一つでここまで恨まれる日が来るとは思ってもいなかった。
もんどりうって商品棚に突っ込む俺。大量のパンやおにぎりを撒き散らして振り返ると、そこには嫌にインテリぶったメガネの男。間違いない、犬牙だ。
彼の名前は後から友人に教えてもらっていた。おそらく、この頃にはお互いの名前も顔も把握していただろう。だからこそ、このような暴挙が可能だった。
「・・・昨日のジャムパンの恨みだ」
「お前は高一にもなって購買のパンを買い損ねてブチ切れるのか!?」
「俺がどれだけジャムパンが好きか知らないからそんなことが言えるんだよ・・・!」
「別に知りたくもねぇよ!」
「黙れ。さっさとそこをどけ。俺のジャムパンへの道を邪魔するな」
犬牙が足を一歩踏み出したその瞬間、その足元から、非常に嫌な音が聞こえた。
例えるなら、パンから何かが吹き出したような音。
二人とも無言になって足元を見ると、そこには見るも無残な姿となったジャムパン。
ホロリと、犬牙が涙をこぼす。
「な、泣くほどだと!?」
「きょ、今日のところは勘弁してやるぅう!」
雑魚キャラのようなセリフを残して、犬牙は走り去ってしまった。呆然とあとに残された俺の方を、誰かがそっと叩く。振り返ると、指をパキパキと鳴らす購買のおばちゃん。
「商品、よくもまぁ、ここまで駄目にしてくれたね?」
「理不尽だぁぁぁぁぁっ!」
第二試合の勝利と同時に、俺の購買でのタダ働きが確定した瞬間である。