紙飛行機禁止令
すぴばる内『ものかき屋』コミュニティー第二期お題より作成。
【休日】【風】【諍い】 そしてキャラ縛り【鬼畜】が元お題になっております。
玄関の鍵を確認し、全ての窓をガムテープで塞ぎ、トイレの窓には鉄格子をつけた。
携帯も切ったし電話線も抜いた。
これならばホラー映画の怨念だって入ってこれまいと、俺は一人でガッツポーズ。
せっかくの休日を部屋の中で過ごすのは少しおしいが、平穏を得るにはこれしか方法がないのだから仕方がない。
唯一コンセントがさしっぱなしのテレビを付け、万年床になっている布団に入れば憧れの自堕落な休日の出来上がりだ。
普段から、『だらしがないおっさん』呼ばわれされている俺には、こういう休日の方が似合う。
ダラダラし、ぐだぐだし、独り身の寂しさをかみしめる。
幸せだ。幸せすぎて涙が出てくる。
「先生、なんで泣いてるんだ?」
声がしたのは布団の中からだった。
見たくない、見たくないが恐る恐る視線を下げればそこには幼い少年少女がうごめいている。3人も。
「なぜ入れた」
「合い鍵つくった」
まさか8歳のお子様にそんな知恵があるとは思わず、俺は頭を抱える。
「なあ先生、今日はお休みだぞ」
そう言ったのは、俺の務める小学校の生徒の中でも、札付きの悪ガキ『アヤネちゃん』である。
「良いお天気だぞ! 遊ぼう!」
何が楽しくて休日まで教え子と遊ばなければならないのだ。
それも相手は、可愛い顔して無駄に男勝りのアヤネちゃんとその一味だ。
正直昔付き合っていたドSで鬼畜な彼女より、よっぽどたちが悪いのがアヤネちゃんだ。
朝でも夜でも休日でも、気がつけば俺の家に入り浸り、人が楽しみにとっておいたアイスを勝手に食べたりするのだ。
「先生今日は疲れてるんだ」
「大丈夫、今日は疲れた先生でも遊べる遊びだ」
そう言ってアヤネちゃんは服とぺったんこの胸の間だから紙飛行機を取り出す。
「今日は風が強いから、これを飛ばす」
「風が無くてもいつも飛ばしてるだろう」
むしろ風が強いと回収が大変だろう。
そう指摘するとアヤネちゃんは可愛らしく小首をかしげた後、ぽんと手を打った。
「じゃあ、先生は回収する係だ!」
「一番大変だろうそれ」
「大丈夫、先生は大人だから」
分からない、何故そう言う結論にたどり着くのかが分からない。
「アヤネちゃん、何度も言うようだが先生は疲れているんだ」
君たちには分からないだろうが、無駄に元気な小学生の相手をするのは非常にストレスがたまる物なのである。最近では保護者も五月蠅いし、俺ももう今年で33だ。腰とか膝とかもすぐ痛くなるし、筋肉痛は二日後に来るのだ。
「ということで、みんなだけで遊んでこい!」
「やだ! 先生が一緒が良い!」
「先生は一人が良い!」
「先生のケチ! ダメなオトナ!」
何でこんなお子様と低レベルな諍いをせねばならぬのかと頭を痛めつつ、俺は子ども達を布団から追い出し毛布をかぶった。
そんな俺を5分ほど揺すったり蹴ったりした後、ついに観念したのか子ども達の足音が遠ざかる。
少しだけ可哀想な気がしたが、彼女たちのお陰でもう半年ほど俺の休日は訪れていない。
来週は遊んでやるから。
そう心の中で約束し、俺はまぶたを閉じた。
まどろみの中で、俺はテレビの音をBGMに浅い眠りへと誘われていく。
ずっと望んでいた平穏。それにようやく指が触れた。
…はずだった!
「先生!」
それは扉が勢いよく開かれる音と、無数の子ども達の足音。
その数は先ほどの数倍に膨れあがっている。
布団から顔を出したくない。だが俺の意志とは関係なく、毛布は子ども達によって取り払われた。
「先生が来ないから、ここで遊ぶことにした!」
風もない!だから拾うのも簡単!
どうだと言わんばかりに、そう主張するアヤネちゃんの周りには、俺のクラスの生徒が勢揃いである。
仲が良いのは結構。だがここは、低収入の独身男の住む狭いワンルームである。
いくら子どもでも、20人もいれば人口密度も相当なものだ。
「よし、みんなやるぞ!」
だが子ども達は狭さも気にすることなく、一斉に紙飛行機を投げる。何故か俺に向かって。
距離がないので非常に痛い。
「やめなさい!先生怒るぞ!」
「先生はいつも怒っている」
それは君の所為だと膝詰めで説教したいが、それで懲りるアヤネちゃんではないだろう。
「とにかく帰りなさい! 大家さんに怒られるだろう」
「先生も怒られるのか?」
「ここの大家さんは怖いぞ。ゴジラより怖いぞ」
例えは古いが、説明は無用のようだ。
何せゴジラこと大家の松井さんが、開けっ放しの玄関からこちらを睨んでいたからだ。
「ゴジラだー」
そう言ってわらわらと逃げ出す子ども達。そう言えばあいつ等、靴脱いでねぇな。
「三上先生」
ゴジラに先生呼ばわりされると非常にむず痒い。
「あなたも遊ぶなら外に行きなさい」
ゴジラはそう言うと、ぼろアパートが揺れるほどの足取りで去っていった。
「ゴジラもああ言ってるぞ」
一人最後まで残っていたのはアヤネちゃん。
「…降参だ」
それから彼女は、俺に手を差し出した。
「わかればいい!」
「ただし、今日は紙飛行機禁止」
俺が言うと、アヤネちゃんは無駄に元気よく「おう!」と返事をした。
絶対分かっていない。これは絶対理解していない。
そして案の定サンダルを突っかけて外に出ると、アパートの廊下から、子ども達は空に向かって紙飛行機を投げていた。
強いが不快ではない春風が、子ども達の折ったぶきっちょな飛行機を空へと運んでいく。
「アヤネのが絶対一番!」
禁止令も忘れて、俺の横でアヤネちゃんが紙飛行機を空に放った。
風に舞いがった飛行機は青い空を切り裂き、そして…
「あっ」
アパートの向こうにある雑木林に引っかかった。
「先生、出番だ!」
どこまでも傍若無人な少女の頭を軽くこづいて、俺はアパートの階段を下りていく。
面倒くさい。面倒くさいが、飛行機が木に引っかかった瞬間のアヤネちゃん顔は、泣きそうに歪んでいた。
「俺も気付かなきゃ良いのに…」
ため息を重ねる俺の頭上を飛んでいく無数の紙飛行機。
今日は何回木登りをする羽目になるのだろうかと、俺は風に乗って舞い上がる忌々しい紙飛行機を仰ぎ見た。
※05/24 誤字修正しました




