後編
「体平気?」
「・・・うん。」
「・・・よかった。」
その答えに、何だか色々とほっとした。
青かった空は、既に朱鷺色や赤紫が混じっていた。
そのままでいる度胸もないので、息が整うのも待たず、
後始末をし、脱ぎ散らかした服を身に着ける。
一方、彼女はそのままの姿で、布団に包まっている。
背中に視線を感じるが、改めて顔を見るのは気恥ずかしい・・・気がする。
渇きを覚え、ぬるくなった水に目が留まる。
「何か、冷たいもの持ってくるね。」
良い口実を見つけ、台所に向かおうとすると、声がかかる。
妙にはっきりとした口調だった。
「もう1本、それある? それちゃんと飲んでみたい。」
「・・・わかった。」
男の僕だって、色々と思う事がある、
まして、女の子の彼女は、もっと思う事がいっぱいあるはずだ。
そんな事を考えながら、グラスを洗い、広げた布巾の上に並べて置き、
食器棚から、別のグラスを出してトレイに置く。
そして、冷蔵庫を開けると、ケーキ屋の箱が目に入った。
あー、シュークリーム・・・・・・。
背中に暑さの為ではない、嫌な汗が伝う・・・まさか。
部屋に戻ると、彼女は服を着てベットに座っていた。
目は、ずっとメニュー画面を映したままのテレビに向いている。
違和感を感じた。
先程までの雰囲気とは違う。
さっきは、何かを噛み締めるような、改めて認識するような、
しいていえば、前向きな事を考えている感じだったのだが、
今は、取り返しのつかない事をしてしまった時ような、そんな感じがする。
途端に心配になり、トレイをテーブルに置き、隣に座って尋ねた。
「どしたの?」
んー、と言いよどんだ後、しぶしぶながらに答える
「・・・美晴にね、感想よろしくって渡されたの・・・このDVD。」
「・・・あー」
脱力した。
のろのろと立ち上がり、下に座り直す。
「見事に嵌められたって事かな?」
「・・・たぶん、そうだと思うよ。はい、これも食べよ。」
ケーキ屋の箱を開けて示す。
「シュークリーム?」
「たぶん、これも小道具だと思う。」
言いようのない妙な空気に支配される。
彼女は目を閉じて、呟いた。
「感想も・・・映画のじゃないよね?」
「・・・だろうね。」
仕掛けられた罠に、自ら嵌った自覚はあったものの、
見事な計算と、見事に踊らされた自分達に呆れる。
まったく恐ろしい。
方々に糸を展開させ、中央で優雅に座し待つ。
そんな蜘蛛のビジョンが浮かぶ。
そんな事を考えていると、
「・・・それとさ、途中で気付いて少し心配になったんだけど・・・でも、用意周到?」
少し、顔を赤らめて目を逸らしながら聞いてきた。
あーそこですか?
やっぱりそう思うよね、突然の展開で準備なんてしてないし、
してたらしてたで、あれだし・・・
夏休み前の出来事が、頭を過ぎる。
彼女の弟に、色々と感謝している事を伝えるのには、少し抵抗があるので、
ここは誤魔化す事にしよう。
「お守りのご利益があったって事かな。」
「お守り?」
「無理やり渡されたものだけど、見事に願いが叶ったみたい。」
不思議そうな顔をしているが、
「まぁ、共通の知人ってやつかな? 美晴さんじゃなくて。」
「・・・誰だろ?」
本気で考え込んでいる。
知人と言ったので、弟とは思わないだろう。
「それより、せっかく持ってきたんだから飲もうよ、また温くなるし。」
特に返事も待たず、ペットボトルに手を伸ばす。
キャップを捻ると、ぷしゅっ、と炭酸飲料特有の
小気味良い音が響いた。
シュワーという細かな音を立てて、グラスに注ぐ。
両方のコップに注ぎ終わると。
お互いグラスに手を伸ばし、口に運ぶ。
「あのね、」
「ん?」
「これ美味しい。」
「甘くないけど?」
「・・・いいの。」
たぶん、同じ事を考えている。
・・・きっと、忘れられない思い出の味になりそうだ。
終わりです。
なんか、色々といじめた感じです。
出て来ない美晴さんが、色々と仕組んでます。
あと、聡太の台詞は私の台詞です。
クリスタルガイザーのライム風味って、どこいったんですか?




