中編
続きです。
『Fin』の文字と共に黒く暗転し、美しいピアノの音が流れる。
そして、下から上へと、流れて行くアルファベットの文字列。
僕はそれを、ただ眺めていた。
二人とも無言だった。
何も言えなかった。
いや、話す言葉が見つからない。
隣に座る葵姉を、伺い見る事も出来ない。
正直、この映画がどんなストーリーだったのか、頭に残っていない。
映画に詳しい訳でもない僕は、世間の評価も知らない。
今、僕の頭に残っているのは、ベットで睦みあう男女の姿。
途中で停止させるのも恥ずかしく、動く事も出来ず。
映画は終わり、今に至る。
エンドロールも終わり、タイトルメニューに戻った頃、
・・・咳払いを一つ。
緊張で喉が強張り、声が出なかった。
「美晴さんからって・・・言ってたよね?」
「・・・うん。」
念の為確認して、改めて思う。
あの人は、悪魔だ。
透明なケースに、ホワイトーレーベルのDVD。
表面には、何も書かれていない。
油断した・・・思いっきり罠に引っかかった気分だ。
彼女の、人の悪い笑みを浮かべた顔が思い浮かぶ。
針のむしろにでも座っているような気分でいると、
葵姉が、口を開いた。
「刺激的な内容だったね。」
「う、うん。」
オブラートに包まれたような、見事な言葉の選択だね。
「でも、いいな・・・」
「えっ?」
ごめんなさい、僕はどんな話だったのか、記憶に無いです。
「お互いを思いやって、ストレートに思いを伝えて・・・」
「・・・・・・。」
そんな内容だったんだ。
「でも、最後に別れる事になっちゃったのは、ちょっと嫌かな。」
「・・・。」
そういえば、駅で別れるシーンが会った気がする。
「やっぱり、ハッピーエンドの方が、よかった~って気分になれていいかな。」
少し涙目で、微笑んでいる葵姉の顔を見ていると、
映画の内容を覚えてないなんて、どうでもよくなってきた。
「でもさ、死別じゃないから、このラストの後は、どうなるか分からないよ。」
「え?」
「この映画の彼はわかんないけど、好きなら、手に入れたいと思うし。
離れなきゃいけなくなったら、絶対もう一度捕まえに行く。」
「・・・。」
「出来れば、手放したくも、離れたくもないけどね。」
照れ隠しに、少し笑うと、
右側に、柔らかく暖かい感触を感じた。
「いいな、そういうの。」
目線が交錯し、お互い吸い寄せられるように、唇を重ねた。
「・・・所でさ、」
彼女は何? と首をかしげる。
朱に染めた頬も、声も、仕草も可愛らしい。
「魅惑的な彼女と一緒にいて・・・」
「ん?」
「刺激的な映画を見てさ・・・」
何を思い出したのか、頬の朱が増す。
顔を見ながらでは恥ずかしいので、彼女を抱き寄せて耳元で囁く。
「・・・この状況で、僕はどうしたらいいのかな?」
実は、本当に困ったので、素直に聞いてみただけなのだが、
しばらくの沈黙の後。
「・・・好きにしていいよ。」
最高の返事が返ってきた。
「本当に?」
「・・・女の子に、これ以上言わせるな。」
そう言って、頬を抓られた。
遠慮もなく、思いっきり。
「ひてっ、ひゃめてって・・・・・・つぅ~っ、」
もう、いい雰囲気も何もあったものじゃないので、
ひりひりと痛む頬をさすりながら、憮然として伝えておく。
やっぱり色々と、敵わない気がするから。
「・・・先に宣言しておくけど、僕経験ないから、上手くいくかどうかわからないよ?」
「ぷっ、あはははははっ。」
彼女は、腹立たしいほど大声で笑い転げた。
「・・・笑い過ぎ。」
「だって、正直者!?」
そうだよ、正直に言いました。
正直ついでに、更に情けない事まで呟く。
「見栄張って失敗でもしたら、立ち直れそうにないし・・・。」
ぴたりと笑い声が止み、正面から見据えられた。
あまりにも真っ直ぐで、視線を逸らしたくなる。
でも、それは何か負けたようで、
居た堪れない気分になりながらも耐える。
「あーもう、可愛いっ!!」
突然、力一杯抱き着かれた。
頭を抱かれているので、顔は必然的に胸に押し付けられる。
柔らかくて、ドキドキする反面・・・
縫いぐるみか、抱き枕にでもなった気分なのは、気のせいだろうか?
なんか結局、今のもお見通しなのかな?・・・
少し不本意で、結局年下で、そんな思いに囚われ眉根が寄る。
「・・・それ、男に向けて言う台詞?」
「いいの、女の子はそう思うものなの。」
「・・・そう?」
よくわからない。
「うん。・・・それに、」
腕の力が緩んだので、体を離す。
そして、再び正面から見詰め合う。
「経験あるって言われるより嬉しい。」
「・・・。」
「一緒に進も。」
そう微笑んだ彼女は、とても綺麗だった。
『一緒に』そう彼女は言った。
やっぱり、すごいや。
変な気負いや、後ろ向きな思い。
そんな事の全てを、ふんわりと受け止めてくれた気がした。
勝ち負けとか、どうでもいい、
彼女に、こんなに惚れてる時点で、もう絶対に敵わないんだと思う。
そんな彼女を手に入れる事が出来る。
その幸運に感謝した。
あと、1話。
18禁にはなりませんので・・・。




