どうあがいても死ぬループなので、夜会をぶち壊して大暴れしたら、なぜか最恐の王太子殿下に拾われました
「アリス! 身の程知らずな悪女め、お前との婚約は破棄する!」
華やかな夜会会場。その中心で、私の婚約者である侯爵嫡男のエリックが私を指差していた。
彼の傍らには、いかにも庇護欲をそそる仕草で寄り添う男爵令嬢のコルシカ。エリックは私がコルシカを虐げ、階段から突き落とそうとしたと、身に覚えのない罪を大声で糾弾している。
「そんな……私は、何もしていません……」
突然の裏切りに頭が真っ白になり、涙を流して震えることしかできない。
エリックに味方する周囲の貴族たちから冷笑を浴びせられ、まともな弁明の機会も与えられないまま、私は殺人未遂の罪で捕らえられた。
冷たい地下牢に繋がれ、絶望の中で首を刎ねられた。
×
「――はっ!?」
ガタゴトと揺れる馬車の振動で、私は目を覚ました。
自分の首に手を当てる。ちゃんと繋がっている。
「今は何年の何月何日?」
御者に尋ねると、なんと婚約破棄を言い渡される「一時間前」に時間が巻き戻っていた。
「死んだはずなのに……? でも、神様がくれたチャンスね」
私は誓った。もう、あの理不尽な結末は迎えない、と。
私は頭を冷やし、徹底的に論理的な思考で対策を練った。エリックが言い出すであろう冤罪の矛盾点を脳内で整理し、反論のロジックを完璧に組み立てて夜会会場へ乗り込んだ。
「アリス! お前との婚約は――」
「お待ちください、エリック様。私がコルシカ様を突き落としたとおっしゃる『現場』ですが、その時間は私は王妃様のお茶会に出席しておりました。複数の上位貴族、果ては王妃様ご自身が私の不在証明となります。あなたの主張は論理的に破綻しています」
淡々と、非の打ち所がない正論でエリックを論破した。
エリックは顔を真っ赤にしてぐうの音も出ない。周囲の貴族たちも「エリック様が勘違いをされたのか」とざわつき始め、私の完全勝利かに思えた。
――しかし、計算違いが起きた。
「そんなの……そんなの認めない! エリック様は私のものよ!」
狂乱したコルシカが、ドレスの懐から護身用の短剣を抜き放ち、私に飛びかかってきたのだ。
論理的思考に没頭していた私は、物理的な暴力を完全に想定していなかった。
ドスリ、と鈍い音がして、私の胸に刃が突き刺さる。
真っ赤に染まる視界の中で、私は二度目の死を迎えた。
×
「ひっ……!」
また、一時間前の馬車の中だった。
心臓がバクバクと波打っている。刺された痛みの残像が消えない。
「無理! あんな狂人たちと関わるの、絶対に無理!」
三周目の私は、プライドも家柄もすべて投げ捨てることにした。なりふり構っていられるか。死ぬよりはマシだ。
私は夜会会場の入り口に到着するや否や、中に入ることなく、御者に叫んだ。
「御者! 今すぐ馬車を出しなさい! 領地へ帰るわ! いいから出しなさい!!」
「えっ、お嬢様!? 夜会は……」
「いいから出しなさいと言っているでしょう!!」
私のただならぬ様子に、御者は慌てて馬車を走らせた。
しかし、これで解決とはいかなかった。バックミラー(に見立てた手鏡)越しに、夜会会場からこちらを追いかけてくる別の馬車が見えたのだ。
「待て、アリス! 逃げるな!」
窓から顔を出して叫んでいるのはエリックだ。なぜ追いかけてくる。
さらに恐ろしいことに、そのエリックの馬車の御者台に、髪を振り乱したコルシカがしがみついているのが見えた。狂気のリレーかなにかか。
「追いつかれたらまた殺される! 御者、フルスピードよ! 鞭を入れなさい! 限界を超えて走らせて!!」
「し、しかしお嬢様、この先のカーブは危険――」
「いいから早くーーー!!」
恐怖に狂った私は、御者の制止を無視して叫び続けた。
猛スピードで夜道を爆走する我が家の馬車。
案の定、急な急勾配のカーブを曲がりきれず、車体は大きく傾き――。
ドガシャァァァァン!!!
崖下に転落し、激しい衝撃とともに私の意識は三度、闇に落ちた。
×
「……はぁ」
四度目の、馬車の中。
私は深く、深ーーーくため息をついた。
一周目は気弱に泣いて処刑。
二周目は知的に論破して刺殺。
三周目は全力で逃げて事故死。
「……何をやっても死ぬじゃない」
張り詰めていた何かが、プツンと音を立てて切れた。
どうせ何をどうしてもバッドエンドに収束するなら。どうせまた死ぬなら。
大人しく殺されてやる義理なんて、どこにある?
「最後に、あのクソバカどもに一太刀浴びせてから死んでやるわ」
私は自分の顔を鏡で見た。そこに映っているのは、これまで見たこともないような、冷酷で、荒々しく、そして信じられないほどギラギラとした「傍若無人」な私の顔だった。
格式高い夜会会場の扉が、私を迎える。
いつもなら怯えていたその空間が、今はただの舞台にしか見えなかった。
会場に入って数分、案の定、あの男がやってきた。
「アリス! 身の程知らずな悪女め、お前との婚約は破棄する!」
一周目と全く同じセリフ。背後には勝ち誇った笑みを浮かべるコルシカ。
周囲の貴族たちが、哀れみの目で私を見る。
――さあ、開演の合図だ。
「……ふ、ふふふ。あははははは!」
私は突然、会場全体に響き渡る声で高笑いを上げた。
エリックが眉をひそめる。
「何がおかしい、アリス! 婚約破棄をされて頭がおかしくなったか!」
「おかしいに決まっているでしょう、このド低脳浮気男」
私の口から飛び出したあまりにも直球な罵倒に、会場が水を打ったように静まり返る。
エリックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「な、何を――」
「人が大人しく聞いていれば調子に乗って。婚約破棄? 望むところよ! むしろ私の方から願い下げよ! 毎日毎日、中身のすっからかんなお前の自慢話に付き合わされる私の身にもなりなさいよ。脳みそにウジでも湧いてるんじゃないの?」
「ア、アリス……!? お前、正気か……っ」
「大体そこの泥棒猫もよ!」
私はエリックの隣で震え上がっているコルシカを指差した。
「男爵令嬢の分際で、他人の婚約者に手を出して勝ち誇るなんて、育ちの悪さが透けて見えるわよ。浮気相手に選んだのがその程度の頭の弱い女だなんて、エリック、あなたの見る目のなさを世界中に大発表して楽しい? ねえ、楽しいの!?」
「なっ……! な、なんてはしたない……!」
コルシカが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「はしたない? 泥棒に言われたくないわね! これでお似合いのバカ調子カップルの誕生ね、おめでとう! 婚約破棄のお祝いよ、地獄に落ちなさい!!」
私は近くを通りかかった給仕のトレーから、並々と注がれた高級赤ワインのグラスをひったくった。
そして、手首のスナップを利かせて、思い切りぶちまけた。
バッシャァァァァァ!!!
美しい放物線を描いた深紅の液体が、エリックの顔面と、コルシカの純白の高級ドレスに完璧な命中精度で直撃する。
「ぎゃああっ! 汚い、私のドレスがぁ!」
「お、お前……! よくも僕をコケにしたな! タダで死ねると思うなよ!!」
エリックは髪からワインを滴らせながら、般若のような顔で拳を振り上げた。
コルシカは二周目と同様に、ドレスの奥から短剣を抜き、狂気に満ちた目で私に突進してくる。
(よし、来たわね! 4回目の死、受けて立つわ! 言いたいこと全部言ったから大満足よ!)
私が堂々と胸を張り、最期の瞬間を受け入れようと目を閉じた、その時。
「――そこまでにせよ、不届き者が」
低く、地響きのような威厳に満ちた声が会場に響き渡った。
次の瞬間、エリックの振り上げた腕が強引に掴み上げられ、関節が変な方向に固定される。
「がはっ!?」
同時に、突進してきたコルシカの手首が鋭く蹴り上げられ、短剣がカランカランと音を立てて床に転がった。
目を開けると、そこにいたのは、まばゆい金髪と冷徹な青い瞳を持つ青年。
この国の第一王子であり、最強の武人としても名高い、王太子ルファード殿下だった。
殿下の背後には、完全に武装した近衛騎士団が控えている。
「で、殿下……!? なぜ……」
エリックがワインと冷や汗を流しながら震え声を出した。
ルファード殿下は、エリックをゴミでも見るような目で一瞥すると、私の正面へと向き直った。
その冷徹なはずの仮面が、今はなぜか、いたずらが成功した子供のようにはっきりと楽しげな弧を描いている。
「いや、見事な啖呵だった」
「え……?」
「淑女の仮面を被った、退屈で中身のない令嬢ばかりのこの夜会で、これほど魂の震える演説を聞けるとはな。赤ワインのキレも素晴らしかった」
ルファード殿下は、私の前に大真面目な顔で跪いた。
そして、ワインで少し汚れた私の手を恭しく取り、あろうことかその甲に口づけを落としたのだ。
「アリス嬢。君のような、己を偽らず、不条理に対して真っ向から吠える苛烈な女性を、私はずっと探していた。私の隣に立つのにふさわしいのは、君しかいない。……私と結婚してくれないか?」
「……はい?」
会場から、今日一番の地鳴りのようなざわめきが沸き起こる。
エリックとコルシカは、騎士たちに組み伏せられながら、絶望の表情でこちらを見上げていた。
ちょっと待ってほしい。
気弱にしても死んだ。論理的に話しても死んだ。逃げても死んだ。
だからもうどうにでもなれと、素の自分(ぶち切れモード)を全力で出したら――なぜか国で一番偉くて顔がいい男に、熱烈に求婚されている。
「あ、あの、殿下……私、淑女の欠片もない暴言を吐いたのですが」
「最高に魅力的だった。愛している、アリス」
どうやら、死ぬはずだった私の四周目の人生は、とんでもない方向に転がり始めたらしい。
その後、王太子殿下の前で刃物沙汰を起こした二人は、不敬罪および殺人未遂の現行犯で即座に連行された。
エリックは侯爵家を勘当・廃嫡のうえ辺境の鉱山へ永久追放、コルシカは生涯出られない過酷な強制労働施設送りとなり、二人揃って文字通り「地獄に落ちる」こととなった。




