小さな賢者~魔法の庭~
久しぶりの投稿です。
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
ヴァリエール侯爵家の末男、レオンが「前世」の記憶を思い出したのは、3歳の春先ことでした。
きっかけはおやつに出てきた、パサパサの焼き菓子です。
(……これじゃない。もっと、……こう、瑞々しくて、素材の味が濃いものが食べたいなぁ)
その瞬間、脳裏に溢れ出したのは、前世で愛したもぎたてのトマトや取りたてトウモロコシ、そして……、土をイジる楽しみ。
短い手足でベッドから降りると、トコトコと父であり侯爵のヴィクトールのもとへ向かいました。
「……ちち。ぼく、おにわ、ほしい」
「庭? レオン、この大きな庭では不満かい?」
ヴィクトールは、愛くるしい末息子の頼みに目を細めました。レオンは首を横に振り、一生懸命に言葉を繋ぎます。
「ぼくの、おにわ。……土、さわるの」
「ほう……、土遊びか!」
ヴィクトールは笑いました。高貴な身分の子息が、泥にまみれるのは異例ですが3歳です。
可愛い盛りの息子の泥遊び場くらい、易いものです。
「よかろう。では、庭の隅にある日当たりの良い一画を、レオン専用の庭として与えよう」
こうしてレオンに与えられたのは、約6畳分ほどの小さな区画。
ヴィクトールからすれば、気まぐれに与えた泥遊び場ですが、レオンにとってはお楽しみの実験場!
翌日から、レオンの奇行が開始します。
おもちゃのバケツには水ではなく、料理長から貰ったジャガイモの芽や、庭師さんがくれた(道端で採取した)野いちごの苗。
服を泥だらけにしながら、レオンはウンショウンショ♪と土を混ぜ混ぜします。
地面を耕すのは、庭師さんや料理見習いニコがしてくれます。
ポテポテと小さな足で歩いて、畝をチマチマ作りました。
横ではニコが手伝い、庭師さんが追肥します。
「坊ちゃま、また泥だらけになって……、本当に土がお好きですね」
メイドたちは微笑ましく見守ります。
幼子が楽しそうに泥をこね、ゴミ(としか思えない苗)を埋めている『おままごと』にしか見えません。
レオン頭の中は、只今フル回転中です♪
(ここは水はけがいいから、手前にハーブ、奥には日当たりを好む果樹を植えよう。あ、このお豆、昨日のスープに入ってたの料理長に貰ったヤツだ♪芽が出るといいなぁ)
数週間後。
泥遊び場だと思われていたその空間は、畝に小さな芽が並んでいます。
それはレオンの心を躍らせる美味しい未来の象徴だったのです。
レオンが貰った専用の庭は、三歳児の泥遊び場にしては、本格的な装いを見せます。
朝日が昇り、レオンはトテトテと短い足取りで自分の菜園に向かいます。
六畳という広さの中には、レオンのこだわりがギュッと凝縮されているのです。
トテトテ♪ポテポテ……♪
短い足で毎日庭へ通うレオンの手には、小さな苗木がありました。庭師さんにおねだりして、手に入れた桃とリンゴの若木です。
「大きい、あまいの、いっぱいね♪」
レオンは夢中になって土を掘り、若木を植え(庭師さん手伝い中)、小さなバケツで何度も水を運びました(ニコ手伝い中)。
その姿は天使が土遊びをしているような、微笑ましい光景ですが、現実は少々過酷でした。
三歳児の農作業は、全身を泥だらけにします。
夕方……、満足げに部屋へトコトコと戻るレオンの服は、袖口から膝まで真っ黒な泥と草の汁でコーティングされていました。
ある日テクテクと廊下を歩いていると、数人のメイドが洗濯室の裏側で、顔を真っ赤にしてレオンの服をゴシゴシ洗っています。
「ハァ……、今日も、なかなかね……」
「……レオン坊ちゃまの泥、本当……、なかなか落ちないわ」
「植物の汁が厄介よね。お湯で洗ってもなかなか落ちない。指がふやけてしまうわ」
腰を屈めるメイドたちが、荒れた手を見て息を吐く姿に、レオンは足を止めました。
(……あっ、僕のせいで、みんなのお手々が痛くなってる)
前世の記憶があるレオンにとって、それは胸を痛める光景でした。この世界には全自動洗濯機も、強力な合成洗剤もありません。
あるのはタライと、アルカリの固形石鹸を使った力業です。
(うーん……、泥汚れを落とすには、もっと洗浄力の強い石鹸がいるなぁ。う~ん、効率よくするには……洗濯板?)
レオンは小さな指をあごに当てうなりながら、トコトコと自室へ戻ります。
自分の美味しい庭(菜園)を続けるには、服を汚すことは避けられません。
ならその汚れ落としを楽にしなくちゃ!!
(お野菜を育てるには、汚れは必須!なら……、ニコニコお洗濯できるようにしなきゃ。……石鹸の材料、いろいろ探してみようかなぁ)
のほほんと三歳児の発想が、化学と発明が新たに混ざる瞬間でした。
周囲を飾る華やかなバラの庭園とは対照的に、ここは驚くほど素朴で、穏やかな時間が流れていました。菜園の入り口にはアーチのように、淡いピンクのバラは植えられています。
初夏の朝日を浴びて、一斉に花開いたその香りは、ラベンダーの清涼感に甘く重厚な深みを与えていました。
レオンは朝露が残るうちに、柔らかいバラの花びらをカゴいっぱい摘んで、厨房の料理長に手伝って貰いました。
「バラさん、根の白の、ポイする」
ボウルに入れた花びらに、たっぷりのお砂糖をまぶし、レオンは優しくモミモミします。
するとバラから真っ赤な水を出て、濃密な香りが広がります。
マルコがコトコト煮る横で、レオンはお歌を歌います。
「すっぱい、お水……えいっ♪」
レオンがレモン汁を加えると、パッと明るい鮮紅色に輝きました。
「……ふわぁ、いい香り。さとうが、香りギュッね♪」
「ええ、とても綺麗な色と香りです。レオン様、冷たいお水で割って『バラのジュース』にしましょう」
レオンがバラジュースをコクコク呑んでいると、香りに誘われて、騎士団の訓練中だったヴィクトールが鼻をヒクヒクさせてやってきました。
「くんくん……んん?」
香りの元と、レオンのマグを見るヴィクトール。
マルコはレオンの「シ──……ッ」に話す事ができません。ヴィクトールは息子に顔を近づけ、ワザと鼻をピクピクします。
まるで獲物を狙う野良犬のような動きです。
「ちち、ワンワン!」
キャッキャと笑うレオンに、ワザと欲しそうに鼻をヒクつかせ、「香りがいいなぁ~」と言うと、「ダメ~、ボクの~♪」と楽しそうにマグを隠すレオン。
そんな侯爵とレオンのやり取りに、マルコは肩を竦めてニッコリと微笑みました。
レオンはマルコと一緒に地面をじっと見つめていました。
「……ちち、はっぱ、黄いろ。土でおイモ、『もう、いいよ』いってる」
ヴィクトールは、泥だらけの手で地面を指差す我が子を見つめます。
マルコが微笑み、レオンを褒めています。
三歳のレオンが春先に「種芋」という、芽の出た不格好な芋を埋めているのを見た時、「そんなものが育つのか?」と半信半疑でしたが、今やその場所には立派な茎が茂っていました。
レオンの専用庭は、ブルーノに相談して植えた秘密のサボンソウが青々と茂り、蔓の先には宝石のような野いちごが実っています。
風が吹くたびに菜園全体を、数種類のハーブが清々しい香り放ちで包み込むようです。
ラベンダーの柔らかな紫、みずみずしいミントの緑、時おりローズマリーの鋭い香りが刺激します。立ち入る者の心に、そっと寄り添い解きほぐすような癒しの空間です。
「……うん、みんな、いいにおい」
レオンは小さなジョウロを手に、丁寧に水を撒いていきます。
(うーん、石鹸とあのギザギザの板があればいいんだけど……、危ないって怒られちゃう……)
でもレオンには解決したい問題を解決したいのです。
レオンはトコトコと厨房へ向かい、いつもこっそり余った野菜の端切れをくれる、ニコの裾をクイクイと引っ張りました。
「ねえ、ニコ。……これと、これ、まぜまぜと、コトコトね?」
レオンが差し出したのは、庭のサボンソウと、厨房で捨てられるはずの廃油。
「これは? まあ、レオン坊ちゃまのお願いなら……」
ニコは可愛いお願いに、言われるがまま材料を混ぜて煮込みました。
次にレオンは、ブルーノのところへ向かいました。
「ブルーノ……板ギザギザ、ほりほりして? ここを、ポコポコって?」
「ほう、……板に溝を? 泥落としの道具ですか?どれどれ」
レオンが思い描いた洗濯板を、ブルーノは熟練の技で削って作りました。
皇太子と婚約したカトリーヌ(10)は、王宮へ向かい教育を受け、アルベルト(14)は王宮と学園の行ったり来たりな生活をしています。
久しぶりに屋敷へ戻った二人は、可愛い弟が何やらしている(父に)と聞き、土遊び場を訪れました。
すると驚く事に、素朴で柔らかな光景が広がっています。
まだレオンの背丈ほどしかない桃とリンゴの苗木が、菜園の中央には並んで植えられ、小さな小枝に若葉が芽吹き風に揺れてます。
レオンはポテポテ歩きながら、手に持ったカゴに作物を入れています。
菜園の緑に野生の力強さを残す野いちごが、小さな白い花の間から、チラッと真っ赤な実を覗かせています。
それを一粒摘んで口に放り込めば、甘酸っぱい香りが鼻に抜け、レオンはのんびりと目を細めました。
「レオン……、泥だらけよ。ところで何をしているの?……えっ、その真っ赤な実は何?」
レオンは、姉様の口に野いちごをポイと放り込みます。
「……っ!? 甘い! それに味が濃厚だわ!」
兄様も一口食べて驚愕します。
「……お前が育てたのか?」
レオンはコクリと頷き、驚く二人を前をトコトコと歩き洗濯室へ向かいました。
やはり今日も、メイドさんたちが一生懸命ゴシゴシしています。
「……これ、つかって」
恐る恐る……、ニコに作ってもらった〖特製ハーブ石鹸〗と、ブルーノに作ってもらった〖特製洗濯板〗を渡します。
メイドたちは半信半疑でそれを使うと、あんなに頑固だった泥汚れが、嘘のようにスルスルと落ちていきます。
「……す、凄い! 力を込めなくても、キレイになってる!!」
「坊ちゃま……、ありがとうございます!このために……、厨房や庭師の所へ通われたのですね」
カトリーヌは、レオンの優しさに胸いっぱいになり、弟をぎゅっと抱きしめました。
「……ただ泥遊びをしていた訳じゃないのね。ちゃんと皆のことを考えていたのね」
アルベルトも、誇らしげに頷きました。
「新しいものを作り出すとは……。レオンは天才、イヤ天使だな。間違いない」
アルベルトから頭を撫でられるレオンは、カトリーヌの腕の中でフンワリと笑っていました。
〖─数日後─〗
「シュコップ、イモさん、イタイイタイ、いうよ」
今日のレオンは収穫の興奮から、余計に滑舌が空回りしています。
小さな手で一生懸命に土をかき分けようとするので、ニコがやんわりと代わります。
ガサガサと掘っていくと、土の中からツヤツヤ丸々としたジャガイモが、ゴロゴロと顔を出します。
「……ふわぁ、いいね。おひしゃま、あんがとう!げんきな、ちゅちも、いいこ!」
小さな身体でキャッキャと踊るレオンに、使用人たちはほんわかと胸が暖かくなります。
「レオンもいい子だぞ!」
「えぇ!レオンはスゴい子よ」
アルベルトとカトリーヌが、レオンをべた褒めします。実際驚いているのです。
レオンは3歳、なのに自分たちの知らない叡智に満ちているのだから……。
「ボク、これで、りょうり、しゅるの♪」
さらに料理をすると言う。
((ウチの子天才だ)わ)
そんな三人を見つめながら、ヴィクトールは違う意味で驚いていました。
(立派だ、それに量も申し分ない……これは?)
収穫したてのジャガイモを抱えて、レオンはのほほんと笑っています。
「ちち、イモしゃん、ホクホク焼き。バター、ちよ……ちお、……?」
「……塩だな、レオン」
余りの可愛さにまわりの人たちは、顔を赤らめ悶えている中、その様子に苦笑するヴィクトール。
「……レオン、その『ホクホク焼き』とやらは、騎士団の遠征食にも向いていそうだな」
「うん!でも、ちちに、アチュアチュ食べて、ほし」
ヴィクトールは、レオンの優しく暖かい思いが、愛しくて不安になるのです。
泥だらけの小さな賢者を、大切にソッと抱き上げました。
……柔らかな優しい風が吹いています。
レオンが心待ちした、最もエネルギッシュに輝く季節がやって来ました。
梅雨が明け、ジリジリと太陽が照りつけるようになると、レオンの菜園は一気に賑やかになります。
「トウモ、ロコシさん……、ボクより、大きく、なった……、トマトさん、真っ赤っか」
自分の背丈の倍以上に伸びたトウモロコシの森を見上げて、考えぶかげに目を細めました。
トテトテと足元へ歩み寄ると、支柱にたわわに実った真っ赤なトマトが、太陽の光を浴びてキラキラと輝いています。
実は家庭菜園では〖コンパニオンプランツ(共栄植物)〗という有名な組み合わせ。
トウモロコシが強い日差しを遮って適度な日陰を作り、トマトの成長を助ける。
レオンは前世の知識で、狭い6畳のスペースを賢く使い、この二つを仲良く並べて植えたのです。
「においいい♪ね、ニコ」
ひげが茶色く乾いたトウモロコシを、ニコと一緒に収穫しました。
「ニコ、マルコへいく!トウモ、ロコシさんは、いまあまい!」
ニコに背負われ、厨房へ駆け込むと「今日はこれでお料理して!」とおねだりします。
マルコは目を丸くして、ニコはゼイゼイとトウモロコシに凭れ倒れていました。
皮を剥くと……、真珠のようにツヤツヤした黄色い粒がぎっしり。マルコがハケでハチミツ醤油(ありました♪)を塗って炭火で炙ると、醤油の焦げた香ばしさとトウモロコシの甘い香りが爆発します。真っ赤なトマトは、そのまま水風呂へ……。
「……ふわぁ!おひさまの匂い……。お口プチプチ、たのしい♪」
トウモロコシにかじりついたレオンの口の周りは、ハチミツ醤油のベタベタで幸せそう♪
真夏の太陽が降り注ぐ午後、ヴァリエール侯爵邸の裏庭には、香ばしい醤油の匂いと、弾けるような笑い声が響いていました。
「にいさま、それダメよ。食べたら、トウモ、ロコシさん、びっくりよ」
レオンは自分の顔ぐらいのトウモロコシに、凄い勢いでかじりつくアルベルトを、呆れた顔で眺めています。
庭に運んだテーブルの上には、レオンの菜園で採れた恵みがいっぱいです。
もぎたてトウモロコシの炭火焼き:
マルコ特製ハチミツ醤油が焦げて、たまらない香りを放つ。
完熟トマトのスライス:
キンキンに冷やしたトマトは果汁が溢れ出し、素材そのままの旨みがギュッと凝縮した一品。
「……っ、うまい! レオン、お前のトマトはなんでこんなに濃いんだ? 学園の食堂のやつとは比べ物にならないぞ!」
剣の訓練で汗だくのアルベルトは、口に放り込んだトマトの瑞々しさに目を丸くします。
「エヘヘ……、お日さまと、ボクと、ブルーノがんばりした」
テレテレに応えるレオンの頭を、ニコニコ顔でワシャワシャ撫でる、アルベルト。
カトリーヌもトマトを口に運びながら、うっとりと目を細めます。
「本当に美味しいわ。……レオン、このトウモロコシは、お菓子みたいに甘いわね」
さらにカトリーヌも頭撫でに加わりました。
レオンの顔が赤らみ、へにゃ~んと蕩けます。
「……美味そうだな、お前たち」
そこへ公務を終えたヴィクトールがやってきました。
レオンの野菜を、一番に食べるつもりだったヴィクトールは、皆に先を越されて不機嫌です。
レオンは父の帰宅に嬉しくて、トテトテと駆け寄り、トウモロコシを差し出します。
「とうさま、ハイど~ぞ!これ、たべて?」
「……ああ、ありがとうレオン。……父様はレオンの野菜を食べられて幸せ者だ。これは……良い匂いだ。夏が形になったようだな」
ヴィクトールが豪快に食いつくと、シャキッ、プチッという音がし、中から溢れ出す旨みに驚きます。
その横でトマトを頬張りながら、レオンはふと思いついて、空いた片手で何やら描き始めました。
突然レオンが何やら地面にガリガリ書き始めたので、ヴィクトールはトウモロコシを食べながら、息子の様子を眺めます。
アルベルトとカトリーヌは地面の絵を見ます。
「ねえ……、とうさま。つぎはね、あそこにね、コレつくりたい」
「……なんだコレは? 四角か?」
「……四角だな?……入れ物、か?」
「また、……はたけとか?」
……三人三様、不正解です。
「……ちがう、コレは、ピザがま!レンガと土のお家に、……火でアチアチで、たべるの」
レオンのサファイアの瞳が、未来の野望にキラキラと輝きます。
しかしヴィクトールたちは頭を傾げて、「……??」伝わってません。
「トマトさん、ギュッして、トウモロコシさんチーズを、うえのせて……アチアチお家で、いしで、パン、焼くの。そしたら!もっと、ニコニコよ♪」
「……たぶんピザ窯かと、レオン様は、野菜を載せたパンを焼きたいと、言われているのでは……?」
マルコの代弁が正解なので、ウンウンと頷きます。
「……お前は本当に退屈させないな」
ヴィクトールは困った顔で、レオンの柔らかな髪を撫でました。
「……チーズかぁ、美味そうだな」
「私もパン、作れるかしら?」
アルベルトもカトリーヌも興味深々です。
「いいだろう。来年の夏は、ここで焼き立てのピザ?を、家族で食べようじゃないか!」
ヴィクトールがニヤリと笑い言うと、兄姉もワクワクソワソワしています。
「うん! ブルーノとニコも、おねがい、手つだって……」
レオンがウルウルおめめで上目遣い……、いつもお手伝い三人衆は苦笑いします。
「世界一かっこいいピザ窯を作りましょう」
ブルーノが言うと、マルコもニコも「大変だなぁ」と楽しそうに笑っています。
レオンの頭の中には、すでに来年の設計図が完成していました。その横でアルベルトは「チーズは山盛りにしてくれよ!」と、早くも予約を入れるのでした。
レオンが作ったこだわり菜園は、家族全員に幸せの恵みを齎します。もちろん周りの使用人たちも、美味しい幸せな時間が流れていました。
侯爵邸の広大な敷地の片隅に、レオンの手に入れた聖域があります。
秋の時期は、レオンの予定はいっぱい♪
足下には縦横無尽に這い回る、サツマイモの蔓が生い茂っています。
花が終わったバラには、楽しみが残っています。
でも今日は違うお仕事がありました。
「ブルーノ……、ハチさんたち、もうおなかいっぱいかな?」
実は『ハチさんのホテル』を、お花がいっぱいある所に設置して、ミツバチが冬を越すために溜めた濃厚な蜂蜜を、宿泊料代わりに頂きます。
ついでに蜜の詰まった巣も少しだけ分けて貰うのです。
これをとっておけば雪が降る頃に、みんなに魔法のクリームが作れます。
秋の陽光に透ける琥珀色の蜜蝋を見つめながら、レオンは冬の足音を楽しみに待つのでした。
ついでに手に入れた濃厚な蜂蜜を、さっそくマルコへ渡します。
「マルコ、おやつを作ろう? 美味しいの、ほっぺ落ちるよ。甘いまほう、ね!」
「おや、レオン様。それは楽しみだ。どんな魔法をご所望で?」
マルコは白い帽子を正し、小さな賢者に敬意を表して腰を屈めました。
イスにのり、レオンがのほほんと指示を出します。
「まずは粉と卵、それからミルク。蜂蜜たっぷり♪しっとりして、ホォワ~ンと美味しいの!」
「なるほど、砂糖代わりに蜂蜜ですか!」
マルコが言葉通りに生地を作り、焼くと花の蜜のような甘い香りが漂い始めます。
鉄板の上で生地がプツプツ話すと、ひっくり返して黙らせます。
そうして焼き上がったのは、こんがりと黄金色に輝く、分厚いパンケーキです。
「仕上げはね、このバラジャムだよ」
スプーンで初夏に煮詰めたジャムを、パンケーキにポトリと落としました。
熱で溶けたジャムから高貴で華やかな香りが立ち上がり、秋から初夏のように変わりました。
「エヘヘ……、ハチミツも、かけちゃおう……エイッ♪」
とろりと黄金のハチミツがパンケーキを包みます。
「……ふわぁ、いい香り。バラとハチミツが、おててつないだ!」
出来たてのパンケーキを一口食べたマルコは、そのあまりの幸福感に目を見開きました。
「これは……! ジャムに閉じ込められたバラの香りが、ハチミツのコクで何倍にも膨らんでいる。レオン様、あなたは本当に天才です……!」
「 ……ボクはデキる子よ、エッヘン♪」
腰に手を当て胸を張り、レオンは満面の笑みを浮かべます。それにあわせるように、マルコはハハァー……と頭を垂れました。
遊んだ後は、フワフワのホットケーキです。
二人でふわぁーとなりながら食べていると、アルベルトと騎士らが、バラの香りに誘われやって来ました。
……この後の予定は芋掘りです。
マルコと視線を交わして、二人してニタリと笑いました。
侯爵邸では、バラジャムの魅了に誘われて、ハチミツのホットケーキが胃袋と心を優しく掴んだようです。
「にいさま、がんばって!きしさんたち、がんばって!終わったら、フワフワが、待ってるよー!」
「がんばって下さい!今準備してますからー!」
アルベルトと騎士たちが芋掘りに精を出している頃、休憩の終わったニコはホットケーキを作る事になりました。
「……芋掘りとホットケーキ、どっちが大変かな?」
芋掘りが終わると騎士さん達は、フワフワのホットケーキを堪能しました。
「フワフワで、蕩けるように美味いなぁ」
……騎士さん達の顔も蕩けてます。
「ところでレオン、あの芋いつ食べるんだ?」
どうやら芋も食べる気満々だったみたい。
「あのおいもさん、ねんねしないと、甘くならない。残念なイモさん」
だから掘り起こした芋は、一週間くらい日に当てて貰い、もっと甘くなるのを、気長に待つのでした。
「……凄いな!」
あれから一週間以上経ち、にいさまと騎士さん達念願の焼き芋パーティーを開きました。
落ち葉を大量に集め、ジックリと焼いていくと、ネットリとした甘い匂いが漂います。
レオンが半分に割ると、中から黄金色の湯気が立ち上りました。
(やっぱり焼き芋だよね)
秋の空にほっこりした甘い匂いは、緩やか時間をくれました。
〖さらに数日後〗
「ブルーノ、この赤いみは、食べごろ?」
バラが初夏の華やかさを脱ぎ捨て、代わりに小さなローズヒップがたわわに実っています。
「ええ、レオン様。霜が降りて少し柔らかくなった今が、一番甘みが乗っております」
レオンは真っ赤に熟した実をカゴに入れ、トテトテとマルコと厨房へ運びました。
「この実ね、チクチクな毛と種が、いっぱいだよ。だから取って、イガイガをなくす」
レオンは(マルコが実を半分に割り)中の種と毛を、キレイに取り除きます。
「そのままじゃえいよう、隠れたままだから……えいっ」
スプーンの背で実を軽くつぶすと、中からみずみずしい酸っぱい香りが広がります。
「ゆっくり、色がルビーさんになるまで……」
ポットに実を入れ、熱いお湯を注いで数分。
透き通った明るい赤の液体が出来上がります。
「……ふわぁ、匂いがいい。お花とは違う、リンゴみたいな、元気な匂い♪」
出来たてのお茶に、採ったハチミツを一さじ加えました。
「生は乾そうより、香りが優しい。酸っぱくないよ。マルコ、飲んでみて?」
「……! これは驚きました。口の中に広がる爽やかな酸味と、ハチミツのコク。冬の冷えた体に染み渡りますな」
マルコが感心していると、レオンはのんびりとポットを抱えました。
「これねえ様と、お外で、ブルブルなにい様たち、持っていくね。風邪さんにバイバイする。このお茶できるよ」
菜園は枯れているようで、実はちゃんと「冬の処方箋」を用意してくれています。
レオンはそれを誰よりも知っているのでした。
「全部のむは、もったいないね。……冬のおわりの、お楽しみにしよう」
カゴいっぱいに余った赤い実を眺めています。
ニコが乾燥の準備を手伝ってくれました。
「匂いがいいね、ニコ」
レオンは種を抜いた実を風通しの良い場所に、天日干しにするために並べました。
数週間後、カリカリに乾いた真っ赤な粒を指先で転がしながら、レオンは満足げに鼻を動かします。
「……ふわぁ、いい香り。お日様の匂いが、ギュッてしてるね」
ニコが隣で不思議そうに尋ねます。
「レオン様、生の方が美味しいんじゃないですか?」
ふと疑問に思い、3歳の賢者に聞くと……。
「乾そうは、クスリが強いのよ。それに……」
レオンはニッコリ笑って、保存瓶を抱えました。
「雪がふって、お外でない時、この赤い実があると……みんなとっても嬉しいよ♪」
空気がツンと冷たく、レオンの菜園も冬支度を終えました。
桃やリンゴの苗木は葉を落として静かに眠り、野いちごも寒さに耐えるように小さな葉を地面に伏せています。
「……みんな、お休みしてる。でも、準備してるから、大丈夫」
厚手のコートに包まれて、トテトテとレオンは物置へ向かいました。風通しの良い場所に吊るして、初夏のうちに収穫したドライラベンダーの束がありました。
乾燥した空気は、働く人の手を荒らします。
(……手がいたいのはイヤだよね)
「ブルーノ、おねがいがあるの。ちょっとだけ、お手つだいいい?」
「坊っちゃま? ……何をされるんですか?」
短い手足でトテトテと歩きながら、菜園の隅へと向かいます。
そこにはいろんな種類のハーブや、蜜蝋の原料になるハチの巣など、前世の知識で集めた材料がありました。
ブルーノに持たせた、材料を入れた箱をニコに渡しました。
「ニコ、火小さくして。ゆっくり、ゆっくりまぜる……」
調理場の片隅で、レオンはニコと一緒に蜜蝋を溶かしていきます。
ブルーノは乾燥したラベンダーの蕾を温かいオイルに浸し、夏と違う甘さと深みのある香りが立ち上げてました。
「蜜ろうをとかして、このお花を、漬けこんだ油とまぜまぜして……。仕あげに、このラベンダーのしずくを一滴……。ハイ、おしまい」
ニコはレオンに、言われるがままに混ぜていくと、器の中にはとろりとした黄金色のハンドクリームが出来ました。
レオンはスプーンですくい器に入れて、……クンクン、……ペタペタ。
「……ふわぁ、匂いがいいですね、坊っちゃま。とっても落ち着く香りです」
ニコがうっとり鼻をくすぐらせていると、レオンは手をとって、そのクリームをペタペタ。
朝から晩まで仕込みに追われる料理見習いは、アカギレで手が痛そうです。
「……どう、ニコ?」
「……っ! こ、これは……、手のひらがしっとりと肌に馴染んで落ち着ます。……とても」
ニコは余りの感動で身体が震えました。
アカギレの痛みがスーッと引いていきます。
そんなニコを置いて、レオンは寒い庭へ向かいました。
庭では立ち枯れた木や枝を、片付けています。
「ブルーノ、冬の土は冷たいから、手が痛いでしょ?」
ひび割れたブルーノの手を、レオンはクリームを塗りました。
特製クリームは冷めて固まり、まるで雪のように真っ白で、体温で溶けるとラベンダーの安らかな香りが広がります。
「……レオン様。冬枯れの庭で、まさか春のような香りに出会えるとは……」
屈強な庭師のブルーノは、賢者の小さな手に癒やされて、思わず涙を浮かべます。
だからレオンは思わず、キュッと抱きつきました。
冬の菜園は何もない状態でも、いろんなモノが出来ているようです。
侯爵邸の使用人たちにも、レオンは配って回りました。もちろんみんな涙を流して大喜びです。
やっぱり冷たい冬には、ハンドクリームでした。
その話は廊下を歩いていたカトリーヌにも届きます。
そしてレオンから貰っていません。
「……バラはお肌に優しい、いいお花よ」
羨ましくて拗ねるカトリーヌの機嫌を取るため、特別製を作る事にしました。
それはハンドクリームにローズオイルを数滴混ぜるだけ、ラベンダーだけよりもっと華やかな香りになります。
「……あら!なんていい香りなの。 エッ!私だけのハンドクリーム?!……レオン! ありがとう、この香り癒されるわ♪」
……うっとりと香りを楽しむねえ様のご機嫌はあっという間に戻り、レオンの頭をナデナデして褒めまくりました。
でも……、カトリーヌの悩みは肌だけではありません。数日後、相談を受ける事になりました。
「レオン、見てちょうだい!どんなに髪を手入れしても、冬の風のせいでパサついて、ちっとも言うことを聞かないのよ……」
鏡の前でしょんぼりするカトリーヌを見て、レオンは「おぉッ」と呟き頷きます。
静電気でゴワゴワになり、絡まっています。
「ねえさま、バラさんに、お願いするね。リンスを作るから、待ってて!」
フスン、フスンと鼻息荒く言うと、レオンはドアをバンと開け、部屋を飛び出して行きました。
「……?レオン、どうしたのかしら?」
「お嬢様の為に、薔薇に何やらお願いすると……リンス?」
カトリーヌたちは頭を傾げて、レオンの飛び出した後のドアを眺めていました。
「……そろそろマナーを学ぶべきかしら?」
「そうですね……」
レオンのお勉強時間が決定しました。
レオンは大切に貯蔵していたバラの花びらを、急いで厨房に持って行きました。
パタパタとレオンにしては急足な音に、マルコとニコは覚悟します。
またなにか賢者が閃いたのだろうと……。
しかし……、煮沸した透明な瓶に、乾燥させたバラの花びらをギュウギュウに詰め込み、そこへリンゴ酢をひたひたに注ぐ……。
「これでおしまい。あとはお日様キライだから、ちょっとだけ、おやすみなさいさせる」
「……それだけですか?」
「レオン坊っちゃま、なんですか、ソレ?」
マルコとニコは、余りにも簡単な作業と組み合わせに、何が出来るのかわかりません。
「食べものじゃないよ」
……一段と謎が深まるだけでした。
数日後、バラのエキスを吸い込んだ瓶の中のお酢は、宝石のような深いルビー色に染まっています。
レオンはその瓶を持って、カトリーヌの部屋へいきました。(ニコ持ちです)
「ねえさま、おフロで髪を洗ったあと、これをせんめん器のお水に少しだけまぜて、髪を濡らしてみて」
カトリーヌはメイドにお願いして、言われた通りに試すと、お酢の力で髪がキュッと引き締まり、バラの成分が潤いを与えます。
「……?! 信じられないわ。指がすり抜けるくらいサラサラ 、それに……、ツンとした匂いが消えて、髪が揺れるとバラが香るわ!」
お風呂上がりのカトリーヌが、サラサラと輝く髪をなびかせています。
「エヘヘ、よかった!ねえさま、お肌チクチクも、これ薄めて、パシャパシャすると、バラさんが守るよ」
お酢には殺菌作用や、肌を弱酸性に整える効果があります。
「あなたって子は……!この瓶ありがとう。 明日のお茶会で、この髪自慢しなくちゃ!」
ウルッとした目でレオンを見て、髪の感触を確かめニッコリと微笑みました。
(……ねえさま。自慢はほどほどにお願いね……)
レオンは遠い目になりながら、次の瓶を仕込む事にしました。
数ヶ月後、外は猛吹雪でレオンの菜園は雪に埋もれています。
レオンは大切に取っておいたドライローズヒップを取り出し、熱いお湯を注ぎました。
「お待たせ。冬に負けない、魔法だよ」
乾燥した実からゆっくりと滲み出すと濃い紅色になり、フレッシュの時よりも力強い酸味と香りが、侯爵邸の広間に広がります。
「……レオン。お前は本当に……、冬の中に春を隠しておくのが上手いな」
仕事に疲れて帰ってきたヴィクトールは、その一杯を飲み干して、ホッと肩の力を抜きました。
レオンはのんびり笑いながら、「来年はもっとたくさんハチさんにお願いして、実を作ってもらおう」と心に決めるのでした。
トテトテ、ポテポテ……
今日も元気よく、庭へと繰り出すレオン。
「大きくなってる」
支柱に巻き付いたトマトが、陽光を浴びて赤い実を膨らませています。その奥ではお豆たちが緑色の鞘を誇らしげにぶら下げています。
しかしその後ろには……、ドレスを汚すこと嫌がっていたカトリーヌと、剣や学問に明け暮れていたアルベルトが、楽しそう付いて来ます。
「レオン、あちらのトマトが赤くて美味しそうだわ。私が採って来てあげましょうか?」
「こっちのハーブの香りはいいなぁ。レオン、次は何を作る予定なんだ?」
美しき兄姉が賢者を、甲斐甲斐しく世話をやいています。そんな穏やかな光景が、侯爵邸の日常になりました。
「……さてレオン様、トマトソースを作りましたよ。ハーブもばっちり隠し味に入れました」
マルコが庭に設置されたテーブルに乗せると、アルベルトやカトリーヌは、収穫した野菜を使用人に渡しています。
でも今日の目玉は、……収穫ではありません。
レオンのおねだりで実現した、石窯(ブルーノとニコがレンガを積み上げて作った)が完成していました。
「坊ちゃま、火が入りましたよ!」
「ありがとう、ブルーノ!ニコ、生地の準備できてる?」
発酵させた生地をニコは持ち上げ、ニッコリ。
「ねえ様、いっしょに作ろう」
「ウフフ……、この時を待ってたわ♪」
ピザに乗せるのはもちろん、レオンの庭で採れた瑞々しい野菜です。
「さぁ、レオン坊ちゃま。特製ピザを焼きますよ!」
石窯の中でパチパチとはぜる薪の音……。
香ばしい小麦の匂いととろけたチーズ、そして焼かれたトマトの香りが広がります。
「あぁー〜!もう香りだけでたまらないわ。私の作ったピザはまだかしら」
「……チーズはたくさん入れてくれたかい?」
カトリーヌはジッとできずに、ウロウロ……。
使用人にアルベルトは確認中。
「……まだまだ二人は子供だな。レオンの方がよほど、しっかりしてないか?」
ヴィクトールは呆れた様子で、ワインを片手に焼きトウモロコシを食べています。
窯を開けると、芳醇なトマトとハーブの香りが辺りを充満し、できた上がったピザが取り出されるのを今か今とドキドキのワクワク状態です。
出来上がったピザは、真っ赤なトマトソースの上に新鮮なハーブが香りを放ち、トロトロに解けたチーズが焦げ目のついた生地をトローリと包んでいます。
余りの暴力的な視覚に、みんなは一斉に手を伸ばしました。
「んんっ?!……美味しい! レオンの育てた野菜は最強よ。ハァ~、もうとっても幸せな気持ちよ!お外で食べるのも刺激的で素敵♪」
「……本当だ。高価な肉料理より、この焼いたトマトの方が、何倍も美味しいよ」
姉様と兄様は行儀も忘れて、熱々のピザをハフハフと頬張り、とても幸せそうに食べています。
レオンも冷ましながら、ピザを食べました。
太陽いっぱいに栄養を育んだトマトのソース、ハーブも香り良くて……。
自分の小さな手で作った野菜が、大好きな家族 を笑顔にできて、レオンは胸がいっぱいです。
(ふわぁ……、なんだか幸せだなぁ。前世はベランダ菜園を一人でしたけど、みんなで食べるともっと美味しいね)
ポカポカとした陽気の中、お腹いっぱいになったレオンは、姉様の膝の上でトロンとしていました。
「レオン、貴方は本当にお庭の魔法使いね」
姉様の優しい声を聞きながら、レオンはいつの間にやら夢の中……。
侯爵邸の使用人たちもいつの間にか、レオンの庭を中心に、みんな家族のように笑い合っています。
豪華な装飾も、高価な彫像もありません。
ただ陽だまりと土の匂い、そして植物たちが生きる風の囁きが聞こえるくらい……。
気がつくと……、レオンが作った小さな菜園は、侯爵邸全体を包み込むような最も温かな場所へと生まれ変わりました。
読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)
たくさんの方に見てもらえて、本当に幸せです。
温かい反応やポイントは、とても嬉しく励みになります。
本当にありがとうございますヾ(・ω・`)ノ♪
小さな賢者3歳~レオンのほほんと照らす~
連載しました♪
どうかよろしくお願いします⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
https://ncode.syosetu.com/n2592lv/




