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第五章 義の座、風雲の先に

義を掲げる者が増えれば、必ず、座が生まれる。

座とは、人をまとめるための形であり、同時に、人を試す刃でもある。

この梁山泊において、最も重い問いは、敵を討てるかではない。勝てるかでもない。

――誰が、上に立つのか。力か。徳か。名か。それとも、座を欲しがらぬ覚悟か。

この章で語られるのは、戦の勝敗ではなく、義が、どこに宿るのかということを問いています。

 梁山泊の山寨は、久しぶりの賑わいに包まれていた。

 大名府から戻ったその夜、谷間には無数の灯がともされ、

 酒は惜しみなく振る舞われた。

 好漢たちの笑い声が山々に反響し、

 血と煙に塗れた日々の果てに訪れた、束の間の安らぎがそこにあった。

 だが、その宴の中心に座す二人、

 盧俊義と燕青の胸中だけは、静まり返っていた。

 翌日、忠義堂。

 宋江は正面に座す盧俊義へ向き直り、深く礼をした。

「盧俊義どの。

 今回の大名府、そして曾頭市――

 いずれも、あなたの徳と武があってこそ成し遂げられました」

 さらに一歩進み、頭を下げる。

「どうか、この梁山泊の頭領の座をお引き受けください。

 皆、心からそう願っております」

 堂内に、静かな緊張が走った。

 武名、財、人格。

 そのいずれにおいても、盧俊義は群を抜いていた。

 盧俊義は、しばし沈黙し、やがて穏やかに口を開く。

「……身に余るお言葉です」

「私は、梁山泊の在り方に心を打たれ、

 その義に共感して、ここへ参りました」

 堂内を見渡し、静かに続ける。

「ですが、私が求めているのは座ではありません。

 同じ志を持つ者として、肩を並べることです」

 ざわめきが広がる。

「宋江どののもとで、一兵として戦う。

 それこそが、私の本懐にございます」

 宋江は目を伏せ、晁蓋の遺影に視線を移した。

「……それでも」

 声を絞るように言う。

「兄・晁蓋は遺言を残しました。

 曾頭市の史文恭を討ち取った者を、

 梁山泊の頭領とせよ、と」

 盧俊義は深く一礼した。

「その遺志、無下にはできませぬ。

 その定めに従うのであれば、異存はありません」

 その背後で、燕青は一歩身を引き、堂内を静かに見渡していた。

(主は、座より義を選ぶ)

(だからこそ、人は集う)

 燕青の意識は、すでに次の戦へと向いていた。

 火種は、思わぬところから転がり込んだ。

 段景住が血相を変えて駆け戻る。

「駿馬二百頭……奪われました」

 犯人は青州の郁保四。

 奪われた馬は、すべて曾頭市へ送られたという。

 梁山泊の空気が、凍りつく。

 旧怨。

 晁蓋の仇。

 そして、今度こそ決着の時。

 宋江は静かに立ち上がった。

「曾頭市へ向かう」

 曾頭市は、すでに戦の形を整えていた。

 五つの陣、落とし穴、伏兵。

 史文恭による周到な布陣。

 だがその夜、

 闇を裂いて戻った時遷が告げる。

「罠だらけだ。すべて揃っている」

 呉用は、わずかに口元を緩めた。

「ならば、その罠を使わせてもらおう」

 燕青が一歩進み、低く言う。

「史文恭は、勝ちを焦る男です。

 策が効いたと思えば、必ず前に出る」

 呉用は燕青を見て、静かに頷いた。

「……浪子、よく人を見ている」

 梁山泊軍は、わざと陣を乱し、罠へ誘い込む。

 史文恭は策が奏功したと信じ、多くの兵を失う。

 続く戦で、曾塗は花栄の矢に倒れ、

 怒りに燃えた曾昇も退けられる。

 勢いに乗った史文恭は夜襲を進言する。

 それこそが、呉用の狙いだった。

 本陣を空にした梁山泊軍。

 誘い込まれた史文恭の軍は、伏兵に包囲され壊滅する。

 曾頭市は陥落し、

 史文恭ただ一人が血路を開いて逃れた。

 だが、

 その前に立ちはだかったのは、

 盧俊義と燕青だった。

 燕青が間合いを詰め、

 盧俊義の一撃が、史文恭を地に伏せる。

 捕縛の報が届くと、梁山泊は歓声に包まれた。

 忠義堂。

 宋江は再び、盧俊義の前に立つ。

「遺言は、果たされました。

 どうか――」

 盧俊義は、穏やかに首を振る。

「討ち取ったのは、梁山泊の皆です。

 私一人の功ではありません」

 そして、深く一礼する。

「宋江どの。

 これからも、この梁山泊を率いてください」

 燕青は、その背を静かに見つめていた。

(座より義を選ぶ)

(だからこそ、人はその背に従う)

 梁山泊の灯が、夜空を照らす。

 義は座に宿らず、

 人の生き方に宿る。

 新たな時代の幕は、

 確かに、ここから上がっていた。

史文恭は、強い男でした。

ですが、彼は、「勝ちたい」男でした。

盧俊義は、勝つ力を持ちながら、「上に立ちたい」とは思わなかった。

この違いこそが、この章のすべてだと思っています。

梁山泊が盧俊義を頭領に推したのは、武があったからでも、富があったからでもありません。

義を重んじる心を、強さを、彼が持っているしたからだと思っています。

宋江がなお頭領であり続けたのは、地位に執着したからではなく、その重さから逃げなかったから。

そして燕青は、そのすべてを一歩引いた場所から見ていました。

影は、座に就かない。

しかし、誰が座に相応しいかを、誰よりも知っている。

梁山泊の義は、この章で、初めて「形」から「生き方」へと変わります。

ここから先、彼らが背負うのは、戦の勝利ではなく、選び続けた義の重さです。

そしてその重さこそが、やがて彼らを、逃れられぬ結末へと導いていくことになります。

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