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終章 静寂の誓い

 すべての戦いには、終わりがあります。

 どれほど長く続こうとも、どれほど多くの血が流れようとも、戦いは、いつか終わります。

 ですが、戦いの中にいた者にとって、本当の終わりとは、剣が収まる瞬間ではありません。

 戦う理由が、消えた瞬間です。

 梁山泊は消えました。

 義を掲げた旗は降ろされ、星の名を持つ者たちは、それぞれの運命へと還っていきました。

 名を残した者もいます。

 名を失った者もいます。

 そして、最初から、名を残さぬ者もいました。

 影です。

 影は、誰にも見られません。

 称えられることもなく、語られることもなく、ただ、誰かの背後に在り続けます。

 燕青は、生き残りました。

 それは、勝利ではありませんでした。

 罰でもありませんでした。

 それは、続いていくということでした。

 戦いの後も、影は消えません。

 なぜなら、影とは、生きている証だからです。

 ですが、どれほど長く続く影にも、いつか、立ち止まる場所が訪れます。

 それは、剣では守れない場所。血では守れない場所。

 ただ、そこに在ることで守られる場所です。

 これは、最後の戦いの物語ではありません。

 最後に残った影が、初めて、帰る場所へと辿り着く物語です。

 李師師は、すべてを持っていた。

 帝の寵愛。

 富。

 名声。

 だが、

 心だけが、空いていた。

 燕青は、それを知っていた。

 だから、

 来なかった。

(影は、光を奪ってはならぬ)

 自分が触れれば、

 彼女の静けさが濁ると、

 知っていた。

 時が流れ、

 彼女が俗世を離れたと聞いた時、

 燕青は、初めて足を向けた。

 暮れゆく庵。

 風の音だけがある。

「師師」

 声が、わずかに震えた。

 李師師は、驚かなかった。

 振り向きもせず、

 ただ、静かに手を伸ばした。

 その温もりは、

 血の匂いを、

 すべて洗い流した。

「もう、戦わなくていい」

 彼女が、そう言った。

 燕青は、首を振った。

「……戦いは、終わらない。

 だが、

 ここには、持ち込まない」

 それは、誓いだった。

 二人は、庵に入った。

 そこに、旗はない。

 剣も、ない。

 あるのは、

 朝の湯気と、

 夜の灯。

(俺は、影だ)

(だが、

 影にも、

 帰る場所はある)

 燕青は、初めて空を仰がなかった。

 目の前を、見た。

 それで、

 十分だった。

 影は、消えませんでした。

 消えることを、選ばなかったのです。

 燕青は、多くを見てきました。

 義を信じる者の生と死を。

 王となる者の興りと滅びを。

 そして、守るべきものが、どれほど容易く失われるかを。

 彼は知っていました。

 影に、帰る場所はないと。

 影は、誰かを守るために在るものであり、自らが守られるために在るものではないと。

 ですが、それでも、影は人でした。

 血を流し、痛みを知り、孤独を知る、一人の人でした。

 李師師は、光ではありませんでした。

 影を消す光ではなく、影を、そのまま受け入れる静けさでした。

 彼女は、燕青から剣を奪いませんでした。

 戦いを否定もしませんでした。

 ただ、ここには持ち込まなくていいと、そう言いました。

 それは、許しでした。

 初めて与えられた、休息でした。

 影は、初めて、誰かの背後ではなく、誰かの隣に立ちました。

 それは、小さなことです。

 ですが、影にとって、それは、世界そのものでした。

 英雄の名は、歴史に残ります。

 王の名は、書に刻まれます。

 ですが、影の名は、どこにも残りません。

 それでも、影は確かに在りました。

 義が生まれた時も。

 義が消えた時も。

 そして、義のすべてが終わった後も。

 庵の灯は、小さく揺れています。

 風は静かに通り過ぎ、

 剣の音は、もうありません。

 影は、ようやく、休んでいます。

 それは、終わりではありません。

 誓いの果てに辿り着いた、静寂です。

 物語は、ここで終わります。

 ですが、影は、もう、一人ではありません。

 いつかまた影が動きだすまで、しばしのお休みです。

 この小説を読んでくださった方。

 ほんとにありがとうございました。

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