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第十三章 消えゆく灯と影の誓い

 勝利は、終わりを意味するとは限りません。

 時にそれは、始まりよりも深い終わりを連れてきます。

 梁山泊は勝ちました。

 遼を退け、田虎を滅ぼし、方臘の乱を鎮めました。

 かつて賊と呼ばれた者たちは、国を守る刃となり、その刃は、確かに役目を果たしました。

 ですが、刃は、使われれば摩耗します。

 どれほど強くとも、どれほど正しくとも、使われ続けた刃は、やがて折れる運命にあります。

 百八人いた好漢は、もはやその数ではありませんでした。

 戦場は、多くを奪いました。

 命を。

 誇りを。

 そして、未来を。

 それでも彼らは、帰還しました。

 生き残った者として。

 英雄として。

 ですが、英雄とは、本当に、生き残る者のことを指すのでしょうか。

 あるいは、消えていった者たちのことを指すのでしょうか。

 朝廷は、彼らを迎えました。

 賞を与え、名を与え、栄誉を与えました。

 それは報いでした。

 同時に、終わりの始まりでもありました。

 灯は、役目を終えた時、消されます。

 それが、世の理です。

 影だけが、その瞬間を見届けるために、そこに在りました。

 方臘との戦が終わった時、

 燕青は、数えなかった。

 何人死んだかを。

 誰が残ったかを。

 数えれば、立っていられなくなる。

 百八。

 その数が、二十七になるまで、

 血は止まらなかった。

 凱旋の列は、重かった。

 鎧が、心よりも重かった。

 燕青は、列の端を歩いていた。

 いつもの場所だ。

(影は、端に立つ)

 何度も、盧俊義の背を見た。

 それは、かつて、

 命を賭して守った背中だった。

 ある夜。

 燕青は、低く言った。

「旦那様。

 今こそ、隠れるべきです」

 盧俊義は、穏やかに笑った。

「故郷に錦を飾る。

 それが、人の道だ」

(……違う)

 だが、燕青は、それ以上言わなかった。

 正しさは、

 いつも、

 遅れて、死ぬ。

 翌朝。

 燕青は、膝をついた。

「お暇をください」

 盧俊義は、目を見開いた。

「どこへ行く」

 燕青は、嘘をついた。

「……おそばにおります」

 それが、最後だった。

 夜明け。

 燕青は、消えた。

 噂は、風よりも早かった。

 盧俊義、毒死。

 宋江、御酒を賜る。

 燕青は、遠くでそれを聞いた。

(……やはり、な)

 怒りは、なかった。

 驚きも、なかった。

 覚悟だけが、胸に残った。

 宋江が杯を取ったと聞いた時、

 燕青は、空を見上げた。

(兄貴……

 それでも、飲むのか)

 李逵も、共に逝った。

 呉用も、花栄も、首を吊った。

 一つ、また一つ。

 灯が、消える。

(俺は、生き残った)

 それが、

 この世で、

 一番重い罰だった。

「語り継げ」

 誰かが、そう言った気がした。

 燕青は、歩き出す。

 名を捨てて。

 旗を捨てて。

 忠も、義も、背負ったまま。

 影として。

(王は、もう要らない。

 だが、刃は、要る)

 それが、

 生き残った者の、

 誓いだった。

 影は、歴史に名を残さない。

 だが、

 灯が消えるたび、

 必ず、そこに立つ。

 物語は、ここで終わる。

 ただ、

 影だけが、

 歩き続けていた。


 灯は、すべて消えました。

 義を掲げた者たちも。

 天に代わり道を行うと誓った者たちも。

 誰一人として、例外ではありませんでした。

 彼らは裏切られたのでしょうか。

 いいえ。

 これは裏切りではありません。

 それは、力を恐れる者たちが、必ず選ぶ道です。

 強すぎる刃は、やがて持ち主さえも傷つける。

 だから、人は、

 刃が静かになる時を待ちます。

 そして、その時が来れば、

 刃を、手放させるのです。

 宋江は、抗いませんでした。

 盧俊義もまた、逃げませんでした。

 それが彼らの義でした。

 最後まで、自らの選んだ道を裏切らないという、義でした。

 そして燕青は、その結末を見届けませんでした。

 見届ける必要がなかったからです。

 彼は、最初から知っていました。

 義は、永遠ではないことを。

 王は、必ず消えることを。

 ですが、影は消えません。

 影は、光がある限り、生まれます。

 そして、光が消えた後も、そこに在り続けます。

 名もなく。

 称えられることもなく。

 ただ、次の時代の、次の灯のために。

 梁山泊の物語は、ここで終わります。

 百八の星は、天へ還りました。

 ですが、一つだけ、還らなかったものがあります。

 それは、語られぬ者の意志です。

 影の中に、静かに、確かに、生き続けています。

 影は歩き続けます。

 誰にも知られず。

 誰にも記されず。

 ただ、義が再び、この世に生まれるその時まで。

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