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茄子鉈の一族記  作者: マーたん


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4/10

第四回目

人は、壊れる瞬間だけが

「壊れた姿」だと思いがちです。


けれど実際には、

壊れたまま立ち続けている人間の方が多い。

日常をこなし、役割を果たし、

何も問題がない顔をして。


第四話では、

“壊す側”の埻平が、

“すでに壊れている人間”と向き合います。


そこに正義も救いもありません。

あるのは、気づいてしまった者同士の、

短い沈黙だけです。

第四話 壊れない人間


次の仕事は、昼間だった。


夜の方が楽だと思っていた埻平は、その事実だけで気分が重くなる。

人は明るい場所では、壊れにくい。

少なくとも、自分はそう信じていた。


指定されたのは、駅前の喫茶店。

古びた内装だが、常連らしき客でほどよく賑わっている。


「……ここで、か」


父の指示は簡潔だった。

——話せ。揺らせ。終わらせろ。


埻平は奥の席に座る男を見つけた。

四十代半ば。

背筋が伸び、服装もきちんとしている。

目つきに、妙な芯があった。


——壊れにくい。


それが第一印象だった。


埻平はコーヒーを頼み、男の向かいに座る。


「……失礼します」


男は顔を上げ、少し驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いた。


「誰ですか」


「あなたの人生に、関わる者です」


曖昧な言葉。

だが、男は笑った。


「ずいぶん大仰だ」


写真や書類は出さない。

今日は様子を見る。


「最近、眠れてますか」


「……いきなり何だ」


「夜中に、何度も目が覚める。

 同じ夢を見る」


男の指が、わずかに止まった。


「……」


「夢の中で、誰かが失敗する。

 あなたの判断で」


沈黙。

店内のざわめきが、急に遠く感じられる。


「……調べたのか」


「あなた自身が、一番詳しい」


男は目を細めた。


「それで?

 脅しに来たのか」


「いいえ」


埻平は首を振る。


「あなたは、壊れない。

 だから、確認しに来ただけです」


「確認?」


「それでも、続けるのかどうか」


男はしばらく黙り込み、やがて言った。


「……あんたは、若いな」


予想外の言葉だった。


「俺も、若い頃は考えた。

 自分が間違っているんじゃないかって」


「今は?」


「今は……」


男はカップを持ち上げ、少しだけ震えた。


「間違っていても、止まれない」


その瞬間、埻平は理解した。


——この人は、壊れている。

ただ、壊れたまま立っているだけだ。


「あなたは、もう壊れています」


埻平は静かに言った。


男は苦笑した。


「そうかもしれんな」


「なら、これ以上は進めません」


「……何?」


「壊れている人間は、

 壊す必要がない」


男はしばらく埻平を見つめ、やがて小さくうなずいた。


「……帰れ」


仕事は、そこで終わった。


喫茶店を出ると、昼の光が眩しかった。

人通りは多く、誰もが自分の人生を歩いている。


——本当に?


埻平の胸に、わずかな違和感が残る。


帰宅すると、父が待っていた。


「……終わったか」


「終わった」


「壊したか」


埻平は、少し間を置いて答える。


「……もう、壊れてた」


父は黙った。


やがて、短く言う。


「そういう相手もいる」


それ以上、何も言わなかった。


その夜、埻平は夢を見た。

立ったまま崩れ落ちる男の夢。


血も叫びもない。

ただ、支えを失った人間が、

音もなく傾く夢だった。


目を覚ますと、朝だった。


埻平は、理解してしまう。


——壊す仕事は、

——壊れている人間を見分ける仕事でもある。


そして、その目は、

いずれ自分自身にも向く。

この話で、埻平は一つ境界を越えました。

命令通りに壊すのではなく、

「壊す必要があるか」を判断したのです。


それは反抗ではなく、

より深く仕事に染まった証でもあります。


壊れない人間はいない。

ただ、壊れ方が違うだけ。


そして埻平は、

その違いを見分けられる側に立ってしまった。


次話では、

彼自身が“壊す理由”を失いかけます。

それは救いか、

それとも完全な転落の始まりか。


物語は、静かに重さを増していきます。

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