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茄子鉈の一族記  作者: マーたん


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第十回目

最初は、

「やるか、やらないか」だった。


次に、

「慣れるか、壊れるか」になった。


そして今、

埻平の前に現れたのは

もっと厄介な問いだ。


――本当に必要か?


疑問を持つことは、

人間らしさの証であり、

同時にこの仕事では

最も危険な異物でもある。


第十話は、

行動より先に

“考えてしまった瞬間”を描きます。

第十話 次は、疑問から始まる


通知音は、

昼休みの喧騒の中で、ひどく浮いて聞こえた。


埻平は、弁当箱の蓋を閉じたまま、

ポケットの中のスマートフォンを見つめる。


——昨日の「次」。


もう来たのか。


画面には、短い一文だけが表示されていた。


《確認が必要。放課後、来い》


理由は書かれていない。

だが、理由など必要ないことも、もう分かっている。


「どうした?」


向かいに座る友人が、

唐揚げを箸でつまみながら聞いた。


「いや、何でもない」


自然な声。

自然な表情。


——疑われない。


それが、こんなにも簡単だとは思わなかった。


午後の授業は、ほとんど記憶に残っていない。

ノートには、

意味のない線と文字が散らばっている。


“正当性”

“必要性”

“優先順位”


いつの間にか、

そんな言葉を書いていた。


——俺は、何を考えている。


放課後、

埻平は寄り道をせず、

あの倉庫へ向かった。


空は、薄く曇っている。

晴れでも、雨でもない中途半端な色。


——今の自分みたいだ。


倉庫の扉は、すでに開いていた。

中に入ると、

あの男が一人、机に向かっている。


「早いな」


「……呼ばれたので」


男は、ファイルを一冊、机の上に滑らせた。


「今回は、少し違う」


その言葉に、

埻平の視線が止まる。


「対象に、疑義が出た」


「疑義……?」


「本当に処理が必要なのか、

 上が迷っている」


埻平は、黙ってファイルを見る。

だが、すぐには開かなかった。


——迷っている。


その言葉が、

胸の奥で、妙に引っかかる。


「……なら、やらなければいいんじゃないですか」


思ったよりも、

素直な言葉が出た。


男は、少しだけ目を細めた。


「それを決めるのは、俺たちじゃない」


「でも、まだ——」


「“まだ”が一番危ない」


男は、淡々と言う。


「白でも黒でもない人間は、

 一番面倒だ」


埻平は、息を吸う。


「……その人は、何をしたんですか」


自分でも驚いた。

こんな質問をするつもりは、なかった。


男は、少し間を置いて答える。


「何も」


「……何も?」


「今のところはな」


倉庫の空気が、

さらに重くなる。


——何もしていない。


昨日までは、

そんな情報を気にする余裕はなかった。


だが今は、

それが無視できない。


「それでも、予定には入っている」


男は続ける。


「“将来的に問題になる可能性が高い”

 それだけだ」


埻平は、

ようやくファイルを開いた。


写真に写る人物は、

驚くほど普通だった。


年齢も、

服装も、

表情も。


昨日の“対象”より、

さらに理由が見えない。


「……もし」


気づけば、

口が動いていた。


「もし、やらなかったら」


男は、即答する。


「別の誰かがやる」


「もっと、雑に?」


「もっと、確実にな」


埻平は、

ファイルを閉じた。


——まただ。


同じ構図。

同じ逃げ道のない選択。


だが、今回は違う。


胸の奥に、

小さな“疑問”が生まれている。


——本当に、そうか?


「……確認って、何をするんですか」


男は、

少しだけ口角を上げた。


「会ってこい」


その一言に、

埻平の心臓が、強く打った。


「接触?」


「ああ」


「壊す前に、見る」


それは、

今までになかった工程。


「……それで、判断が変わることは」


「ほぼない」


男は言い切る。


「だが——」


一瞬だけ、

言葉が途切れる。


「お前が、

 何を持ち帰るかは、別だ」


倉庫を出た後、

埻平はしばらく動けなかった。


——会う。


壊す前に。

何もしていないかもしれない人間に。


昨日までの自分なら、

何も考えず、

指示通りに動いていた。


だが今は違う。


疑問が、

確かに芽を出している。


それは、

良心かもしれない。

危険な迷いかもしれない。


——それでも。


疑問を持ってしまった以上、

もう、前と同じではいられない。


スマートフォンが震える。


《明日。場所は送る》


埻平は、画面を見つめ、

小さく息を吐いた。


——壊す前に、知ってしまう。


それが、

救いなのか、

もっと深い地獄なのか。


まだ、分からない。


ただ一つ確かなのは、

この「確認」が、

彼をさらに戻れない場所へ

連れていくということだった。

埻平は、

善人になろうとしているわけではありません。

英雄になりたいわけでもない。


ただ、

「理由のない破壊」に

違和感を覚えてしまった。


それだけです。


しかしこの世界では、

違和感は救いではなく、

“扱いにくさ”として記録されます。


壊す前に会う。

知る前に終わらせない。


それは一見、

人道的な配慮に見えて、

実際には最も残酷な工程です。


知ってから壊す。

顔を見てから消す。


その重さを背負えるかどうかを、

この「確認」は試しています。


次話では、

埻平が“対象”と

言葉を交わします。


その会話が、

彼の疑問を消すのか、

それとも

決定的な亀裂を生むのか??


もう、

無関心には戻れません。

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