第7話 巫女の予兆
夜の風が、乾いた砂の香りを運んでいた。
イゾルデとの戦いから数日。
リュオムたちは「霊泉の村」と呼ばれる辺境の小集落に身を寄せていた。
村は、古い伝承を持つ場所だった。
“星が落ちた夜、この泉に巫女が現れ、魂を救った”――
村人たちはそう語り継ぎ、泉を聖なるものとして崇めている。
ミラは村の子どもたちと遊び、笑っていた。
シン=トナリは古文書を広げ、泉の由来を調べている。
リュオムは泉のほとりに腰を下ろし、木刀を脇に置いた。
静かな夜だった。
泉面には無数の星が映り、空と水が溶け合っているようだった。
リュオムは掌で水をすくい、ぼんやりと呟いた。
「この世界は……どこへ向かっちゅうがじゃろうな」
そのとき、風が止まった。
水面がかすかに揺れ、淡い光が広がった。
――そこに、彼女は立っていた。
白銀の髪が、光を受けて淡く輝く。
月明かりに溶け込むような輪郭。
まるで夜そのものが人の形を取ったかのようだった。
彼女は声を出さず、静かに微笑んだ。
その微笑みは、記憶の奥に触れるような、懐かしさを帯びていた。
「……おまん、誰ぜよ」
リュオムの問いに、少女は小さく首を傾げた。
言葉ではなく、心に直接届くような“響き”が返ってきた。
『私は風に名を預ける者。
星々が眠る海――その記録を守る巫女です』
その声は音ではなく、泉に反射する光の波そのもののようだった。
リュオムの胸が熱を帯び、竜魔紋が淡く輝く。
彼女の姿が、その光に共鳴する。
「……星の巫女……か」
『あなたの魂は、長い旅を続けています。
それでも、まだ“約束”の時を迎えてはいない。
だから……どうか、迷わないでください』
言葉とともに、泉の水面が星々の光を映し、
彼の足元に“道”のような紋様を描いた。
それは、夜空の星図に似ていた。
リュオムは思わずその光景を見つめ、
心のどこかで理解していた――
これは“導き”なのだ、と。
風が再び吹いた。
少女の姿は、光の粒となって夜に溶けていく。
水面には、ただひとつの星が静かに揺れていた。
翌朝、村の広場に緊張が走った。
王国の使者が到着したのだ。
鎧には見慣れぬ紋章――双翼と王冠の印。
「王国宰相ハルエル様の命により、転生者の探索を行っている。
村人は協力を」
兵の声に、ざわめきが広がる。
シン=トナリが低く呟いた。
「宰相……その名、聞き覚えがある。どこで……?」
リュオムは何も言わず、静かに空を見上げた。
薄い雲の向こうに、まだ沈みきらぬ星がひとつだけ輝いている。
その星を見て、彼は小さく呟いた。
「……世界は、変わるぜよ。誰が舵を取ろうともな」
夜。
焚き火の前で、リュオムは膝に木刀を置き、
焦げた部分を布で拭っていた。
その眼は、どこか遠くの光を見ているようだった。
「導く者も、導かれる者も……結局は、志を貫くしかないぜよ」
焚き火の光が木刀を照らし、
まるでその刃が“まだ形を変えようとしている”かのように輝いた。
そしてその夜、
霊泉の空にひとつの星が流れ落ちた。
誰もその意味を知らなかった――
だが、運命は静かに、動き始めていた。




