第5話 村を守る剣
朝靄が森を包んでいた。
鳥のさえずりが聞こえる中、木々の間で木剣の音が響く。
リュオムとミラは息を合わせて打ち込み、少し離れた場所でシン=トナリが静かに祈りを捧げていた。
「足の踏み込みが甘い!」
シュウザの叱声が飛ぶ。
リュオムは苦笑しながら木剣を構え直した。
「相変わらず厳しいぜよ。けんど、悪くない気分じゃ」
ミラが息を切らしながら笑う。
「ねぇ、師匠ってほんと鬼だよね!」
「鬼でもええ。おまんの腕が上がるならな」
その時、森の奥から弟子のひとりが駆け込んできた。
顔は土と汗にまみれ、目は恐怖に見開かれていた。
「し、師匠……南の村が! 魔獣が、村を襲って……!」
その言葉に、場の空気が一変した。
木剣を構えたままのリュオムが表情を引き締める。
「村……って、あの谷の下の?」
「そうだ。子どもや老人も多い、逃げ切れん」
シュウザは静かに剣を納めた。
「弟子たちでは止められまい。……お前たち、行け」
「え?」
「剣は命を奪うためではなく、守るためのもの。お前たちに、それを学ばせる時が来た」
ミラが真っ先に頷いた。
「行こう、リュオム!」
「……しゃあねぇな。海援隊、初仕事ぜよ」
森を抜け、谷へと続く道を駆け下りる。
風が乾いた土を巻き上げ、焦げた匂いが漂ってきた。
村の屋根が燃えている。泣き叫ぶ声、倒れた家畜、黒煙。
地面を蹴り砕きながら、四足の魔獣が家々を蹂躙していた。
「っ……ひどい……!」
ミラの声が震える。
リュオムは剣を抜き、振り返ることなく言った。
「怖うてもええ。けんど、前を見え。おまんが守りたい思うた分だけ、剣は強うなるきに」
彼の言葉に、ミラは小さく頷いた。
「来るぜよ――!」
吠え声とともに、魔獣が群れで突進してくる。
リュオムは竜魔紋の光を胸に宿し、踏み込んだ。
木剣が唸り、風が爆ぜる。
一閃――獣の体が裂かれ、血が砂に散った。
その動きはもはや人ではなかった。
竜のように俊敏で、炎のように激しい。
だが、力を振るうたびに胸の紋が熱を増し、瞳が紅く染まっていく。
「リュオム! やめて!」
ミラの声が届かない。
彼の耳には、血の轟音と心臓の鼓動しかなかった。
竜魔紋が脈打ち、周囲の空気が歪む。
リュオムは息を荒げ、剣を握り締めたまま次の獣に突っ込んだ。
――その刃が、仲間の影をかすめた瞬間。
ガンッ!
鋭い木刀の一撃が彼の剣をはじいた。
視界が揺れ、リュオムは砂の上に倒れ込む。
「……師匠?」
シュウザ=チバリスが立っていた。
その眼差しは厳しくも、深い慈しみを宿している。
「剣は心を写す鏡だ。心が乱れれば、剣もまた乱れる」
リュオムは息を荒げ、拳を握った。
「けんど……守りたかっただけぜよ……!」
「ならば、その“想い”を力ではなく“意志”で振れ」
その言葉に、竜魔紋の光がゆっくりと鎮まっていく。
リュオムは砂に手をつき、深く頭を下げた。
「……すまん、師匠」
戦いが終わった村には、静けさが戻っていた。
倒れた家の傍で、村人たちがリュオムたちに頭を下げる。
「本当に……ありがとう。あなたたちが来てくれなかったら……」
ミラは胸の前で手を握りしめた。
「これが……守るってこと、なんだね」
シンが頷き、穏やかに祈る。
「無益な血を流さずに済んだ。それが何よりだ」
リュオムは竜魔紋に触れ、微笑んだ。
「力は鎖やのうて、翼にせんといかん――そういうことぜよ」
シュウザが静かに近づき、肩に手を置く。
「それでいい。……剣士の第一歩だ」
夜。焚き火を囲む三人の顔が炎に照らされていた。
リュオムが笑いながら言う。
「今日からや、この世界でも“海援隊”を名乗るぜよ」
シンは静かに数珠を揺らしながら微笑む。
「志の名に恥じぬよう、己を律しよう」
ミラは勢いよく手を挙げた。
「じゃあ、あたしは一番弟子ね!」
「勝手に言えや。けんど、悪うない」
三人の笑い声が夜空に溶けていく。
――そして遠く離れた山の砦。
黒衣の男が、その光を見上げていた。
赤い瞳が月光に煌めく。
「竜の子か……面白ぇ。お前も“こちら側”に堕ちてくるさ」
唇の端を歪めるその男――イゾルデ。
かつて“岡田以蔵”と呼ばれた剣鬼の姿だった。




