第2話 鎖を断つ灯火
闘技場の喧騒が遠ざかり、夜の牢屋には静寂が広がっていた。
冷たい鉄の匂いと、鎖の擦れる音だけが響く。
リュオムは壁際に腰を下ろし、深く息を吐いた。
胸の竜魔紋はまだ熱を帯びている。戦いの余韻が、肉体の奥底に残っていた。
「……人間なのに、まだ笑ってる」
暗がりから声がした。獣耳の少女――ミラだ。
瞳だけが闇の中で光り、こちらをじっと見つめていた。
「笑わんと、息が詰まるき」
「普通なら、次は殺されるかもしれないって怯えるのに」
「怯えちゅう。けんど、怯えてうずくまっちょったら、鎖は外れんろう?」
ミラは唇を噛み、やがて小さく笑った。
「……ほんと、変わってる」
その時、牢の奥に光が差した。
数珠を手にした僧衣の男――シン=トナリが現れた。
淡い光球を掌に宿し、リュオムへ差し出す。
「拙僧の術で編んだ小さな灯火です。闇の中でも、進むべき道を示すでしょう」
リュオムは光球を受け取り、胸の奥に温もりを覚えた。
「……おまんは昔から、頼りになるのう」
「昔……そうでしたね。ならば今も、共に歩みましょう」
二人の言葉に、ミラは苛立つように声を荒げた。
「無駄よ! 奴隷は逃げられない。逃げても、殺される」
だがその目には、希望を押し殺すような震えがあった。
「鎖を断てば、道は開ける。……おまんは信じるか?」
リュオムの問いに、ミラはしばし黙り、やがて小さく頷いた。
夜更け。
牢屋の見張りが気を緩めた頃、三人は動いた。
シンが数珠を鳴らし、鎖を縛る呪符を淡く光らせる。金属がきしみ、力が弱まった。
ミラが耳を動かし、兵の足音が遠ざかるのを確かめる。
リュオムが鎖を引き裂くと、乾いた音を立てて鉄が弾け飛んだ。
「……ほんとに外れた」
ミラの瞳が驚きに揺れる。
「わしらでやれば、できんことはないぜよ」
三人は闇に紛れ、奴隷市の裏通路を駆け抜けた。
だが、背後から怒声が上がる。
「逃げたぞ! 捕らえろ!」
追っ手の兵たちが駆け寄り、剣を振るう。
リュオムは竜魔紋の熱を感じ、無意識に叫んだ。
「ほいっ!」
木剣が雷鳴を裂くように閃き、兵の剣をはじき飛ばす。
竜の眼が冴え渡り、敵の動きが手に取るように見えた。
ミラは小さな短剣を抜き、果敢に敵へ飛びかかる。
シンは結界を展開し、仲間を守りながら進む。
三人の動きは不思議と噛み合い、やがて追っ手を振り切った。
市外れの廃屋に転がり込み、ようやく足を止める。
荒い息をつくミラが、リュオムを見上げて言った。
「ねぇ……本気で隊を作るの?」
「本気ぜよ」
リュオムは夜明け前の空を見上げる。
闇の向こう、星がひとつ輝いていた。
「誰ひとり、鎖に縛られん隊を……海援隊をな」
シンは静かに頷き、ミラの瞳は大きく揺れた。
その瞬間、三人の間に確かな絆が芽生えた。
遠い空の彼方で、竜魔紋がかすかに脈打つ。
新たな旅路の始まりを告げるかのように。




