奪いたかったわけじゃないのに
わたしエステル・レイビィには大好きな人が二人いる。
一人目は姉であるルチアだ。
絹よりも滑らかな長い金髪に宝石よりもキラキラした大きな緑色の瞳、雪のように白い肌に、神様がこだわり抜いて創造したとしか思えない美しい目鼻立ち。上品で気高く、けれど誰にでも優しい、世界で一番素晴らしい女性だ。
ルチアお姉様はいつもわたしを可愛がってくれた。わたしたちはどこに行くのも、何をするのも一緒で、わたしはお姉様がすることをなんでも真似した。そうすることで、少しでも近づけるような気がしたから。
「これ、エステルにあげるわ」
けれど、いつからだろう? ルチアお姉様はわたしがお父様にねだるよりも前に、自分が持っているものをわたしにくださるようになった。ぬいぐるみや人形、ドレスやリボン、靴やカバンにアクセサリーに至るまで、ありとあらゆるものを。
「平気だよ、お姉様」
当然わたしは断った。だって、それらはお姉様にとって大事なものだから。わたしが持っていていいものじゃないってわかっているから。もちろん、大好きなお姉様のものだから、猛烈に惹かれていたし、欲しいっていう気持ちがないといったら嘘になる。
だけど、お姉様は頑なだった。
「ルチアに持っていてほしいのよ。あなたが使ってくれたほうが可愛いし、わたくしは嬉しい。受け取ってもらえなかったら悲しいわ」
お姉様はいつもそう言って、とびきり美しく笑うのだ。そんなふうに言われて、受け取らずにいられるわけがない。わたしは申し訳なさを覚えつつ、お姉様からいただいたものを大切に使ってきた。
そんなお姉様には幼い頃から素敵な婚約者がいる。
わたしにとって二番目に大好きな人、リーヴェス・パルトゥワ公爵令息だ。
リーヴェス様は漆黒の髪に水色の瞳が印象的な美しく凛々しい男性で、代々優秀な騎士を輩出しているパルトゥワ家の三男らしく、逞しくて頼りがいのある人だ。
父親同士が仲が良いという事情もあり、お姉様とリーヴェス様は十年ほど前に内々に婚約を結んだ。リーヴェス様は婿入りしてレイビィ侯爵家を継ぐことになっているので、頻繁に我が家にやってきて、お姉様や両親、わたしと交流を重ねてきた。会えばいつも優しい言葉をかけてくれたし、笑いかけてくれた。
そんなリーヴェス様にわたしが恋心を抱くまでに、そう時間はかからなかった。
だけど、この想いだけは絶対に誰にも悟られるわけにはいかない。
だって、バレたらまた、お姉様がわたしに大切なものを――リーヴェス様を譲ろうとするかもしれない。
そんなわけで、ここ数年、わたしはリーヴェス様にそっけなく対応をするよう心がけてきた。挨拶をされても真顔で返し、話題を振られても話が広がらないような返事しかしない。とびきりの笑顔を向けられても――たとえどれだけときめいても、本心を必死に押し隠して、無表情を貫いてきた。
けれど、ついに恐れていたことが起こってしまった。
「エステル、わたしのかわりにリーヴェス様と結婚してほしいの」
「え……?」
その瞬間、わたしは椅子から転げ落ちそうな心地がした。お姉様とリーヴェス様は互いに顔を見合わせつつ、わたしの反応をうかがっている。
「嘘でしょう? ねえ、どうして? どうしてなの?」
まさか『また』わたしのせい? わたしがリーヴェス様を好きだから?
だけどわたし、お姉様の大切な人を欲しがったりなんてしていない! なんのために心を鬼にしてリーヴェス様に冷たく接してきたと思う? こんなの、あんまりだ。
「それは、その……」
「僕がエステルのことを好きだからだよ」
お姉様が言い淀んでいるのを遮って、リーヴェス様がそう言った。驚きのあまり、わたしは大きく目を見開いた。
「嘘だ」
「本当だよ」
リーヴェス様がわたしをまっすぐに見つめてくる。わたしは涙をこらえるため、唇をぐっと引き結んだ。
「絶対に嘘。だってわたし、嫌われるような態度しかとってないもの」
生意気で可愛げのない最悪な女――それがわたし。わたしがリーヴェス様なら顔を見るのも嫌だと思う。
お姉様とリーヴェス様が再び顔を見合わせた。……ほらね、やっぱりわたしのせい。わたしの恋心がお姉様にバレていたからなんだ。
「とにかく、わたしは絶対に認めない! わたし、リーヴェス様とは結婚しませんから!」
そう宣言して、わたしはその場を飛び出した。
***
(どうしてこんなことになってしまったんだろう)
自問自答を繰り返しながら涙がこぼれる。
あのあと、両親から呼び出されたわたしは、お姉様と同じこと――つまり、お姉様のかわりにリーヴェス様と結婚するよう言い渡されてしまった。
『嫌です、リーヴェス様とは結婚できません!』
『だけど、エステルだって、リーヴェス様のことを慕っていただろう?』
父からそう言われたときは、ショックのあまりその場で泣き崩れた。結局、わたしの気持ちは筒抜けだったんだなって。そのせいでわたしはまた、お姉様から大切なものを奪おうとしているんだって思い知ったから。
「許せない」
わたしはわたしを。許しちゃいけない。
リーヴェス様には絶対、お姉様と結婚していただくんだから。
「エステルお嬢様」
とそのとき、侍女から声がかけられる。
「リーヴェス様がいらっしゃっています。お嬢様とお話がしたいと」
「リーヴェス様が?」
名前を聞いた途端、トクンと心臓が高鳴った。
……って! それじゃダメなんだってば!
わたしは首を横に振り「会わないって伝えて」と侍女に言う。
侍女は困惑しつつも、わたしの言う通りにしてくれた。
だけど、窓から観察をしているのに、いつまで経っても屋敷から馬車が出ていく様子がない。
「エステル、出てきなさい」
両親から呼びかけられても、わたしは眠っているふりをした。部屋に押し入られ、会うように説得されても「会いたくない」と頑なに拒否をした。
そんな攻防が何度か続いたのち、屋敷から馬車が出ていく音が聞こえてくる。
(ようやく諦めてくれたのね)
ホッと胸を撫で下ろしていたら、部屋の扉がノックされた。
「エステル、お茶にしない?」
「お姉様! もちろんご一緒させてください!」
大好きなお姉様のお誘いを断るわけがない。わたしは満面の笑みを浮かべた。
だけど、お姉様のあとに続いてひょこっとリーヴェス様が顔を出す。わたしはヒュッと息を呑んだ。
「こんにちは、エステル」
リーヴェス様が優しく微笑む。
「あ……あぁ…………」
はめられた。でも、今更気づいてももう遅い。
わたしは泣く泣くリーヴェス様と対峙する。
「それじゃあ、わたくしはこれで」
「え、お姉様!?」
しかも、お姉様はわたしたちを置いて、そそくさと部屋を出ていってしまった。その間に、侍女たちによってお茶のセッティングがみるみるうちに進められてしまう。
「座ってもいいかな?」
リーヴェス様がわたしを見つめる。美しすぎる笑顔で。
なんとか断れないか逡巡すること数秒――無理だという結論に至ったわたしは「どうぞ」と椅子を進めた。
「僕との結婚について、考えてくれた?」
侍女たちがいなくなるとすぐに、リーヴェス様は本題を切り出した。わたしは眉間にシワを寄せ、仰々しくため息をついた。
「考えません。だって、リーヴェス様はお姉様の婚約者ですから」
我ながら嫌な女だなぁと思う。本当は好きな人を相手に、こんな態度なんて取りたくない。涙がにじみそうになるのをこらえつつ、わたしはそっとリーヴェス様を覗き見た。すると、リーヴェス様が困ったように笑う。心がツキンと痛んだ。
「ねえ、わたしのことを好きだなんて嘘よね。本当は姉に頼まれたんでしょう?」
「え?」
「わたしが――」
そこまで言いかけて、わたしはゴクリとつばを飲む。緊張とか不安とか、いろんな気持ちを深呼吸で誤魔化して、わたしはリーヴェス様にまっすぐに向き直った。
「リーヴェス様のことを好きだから。だから、お姉様はわたしにリーヴェス様を譲ろうとした。違いますか?」
「え? そうなの?」
と、リーヴェス様が瞳を輝かせる。それからリーヴェス様はわたしの側までやってくると、ぎゅっと手を握ってきた。
「そっか。エステルも僕のことが好きだったなんて、嬉しいな」
「なっ……! え、と」
思わぬ展開に心臓がバクバクと鳴り響く。まさか、本当に知らなかったんだろうか? あまりにも嬉しそうなリーヴェス様の様子に、わたしは困惑を隠せなかった。
「いや、もしかしたらとは思っていたし、そうだったらいいなって願ってはいたよ? だけど、確証は持てずにいたから、エステル本人の口から気持ちが聞けて嬉しいよ」
「違っ……わたしが言いたいのはそうじゃなくて!」
リーヴェス様の手を振り払い、わたしは首を横に振る。
「お姉様はわたしに何でも譲ってしまう人なんだってこと。ご自分が大切にしているものであればあるほど、余計に。だから、今回のこともわたしのせいで二人が婚約を解消しようとしているんじゃないかって……」
「それは違うよ」
リーヴェス様はきっぱりとそう口にした。わたしが振り払った手をもう一度強く握り直し、真剣な表情でわたしを見つめてくる。心臓がぎゅっと大きく跳ねた。
「婚約解消についてルチアのほうから打診があったのは本当。だけど、その理由はエステルにはないし、僕自身が元々エステルに強く惹かれていたんだ」
頬に急速に熱が集まる。嘘だってわかっているのに、嬉しいと思ってしまう自分がいる。
「だからどうか、エステルにも僕との婚約を受け入れてほしい」
「それはできません」
わたしはこれ以上、お姉様の大切なものを奪うわけにはいかない。リーヴェス様だけは、絶対に奪えない。
リーヴェス様は困ったように笑いながら、わたしの頭をそっと撫でた。
***
リーヴェス様はそれから、毎日のように我が家にやってきて、わたしと話をしたがった。
「エステルが好きだよ」
「君と結婚したいんだ」
「どうか僕との結婚を受け入れてほしい」
大好きな人からそんなふうに言われて、嬉しくない女なんていないと思う。だけど、嬉しい気持ちと同じくらい、わたしは辛かったし悲しかった。
(お姉様はいったい、どんなお気持ちなの?)
もしもリーヴェス様の気持ちを優先して身を引いたのだとしたら、きっと苦しいに違いない。二人の仲は至って良好だったし、誰が見てもお似合いだったから。
だけど、お姉様はわたしたちを見ながら、とても嬉しそうに笑うのだ。幼い頃に大切なものを譲ってくれたときと同じ、優しくて温かい笑顔で。
(聞けない)
そんなことをしたら、罪悪感に押しつぶされてしまう。大好きなお姉様に辛い思いをさせる自分がとても嫌いだ。
だから、なんとしても、お姉様とリーヴェス様が無事に結婚できるようにしなきゃいけないんだけど。
「リーヴェス様、姉は国で一番の美人なんです!」
「え? ……うん。そうだね」
困惑しているリーヴェス様をよそに、わたしは身を乗り出した。
「お姉様ほど美しい女性は、世界広しといえど、どこにもいないと思うんです! 存在自体が光り輝いていますし、まさに手の届かない高嶺の花! 何億もの価値がある宝石すらお姉様の前では霞むほどお綺麗なんです! かと思いきや、本当に気さくで、ひとたび夜会に出席すれば、男性たちがこぞって姉にダンスを申し込むでしょう? そんな最高の女性を手放すなんて、ありえないと思いませんか?」
一気にそこまで言い終えると、わたしは肩で息をする。すると、それまで黙って聞いていたリーヴェス様がプルプルと体を震わせ、こらえきれないといった様子で笑いはじめた。
「エステルは本当にルチアのことが好きなんだね」
おまけに頭をポンポンと撫でられて、わたしは顔が赤くなる。
「そ、れは……当然です。お姉様は本当に素敵な女性ですもの」
「うん、そうだね。だけど僕は、好きなものを好きだと素直に言えるエステルのことがとても好きだよ」
次いで手の甲にキスを落とされ「僕のことも好きなんだよね?」なんて言われてしまい、心臓が爆発しそうな心地がした。
「あれは――嘘です! 忘れてください」
「嫌だよ」
リーヴェス様が微笑む。いたずらっぽい笑顔がとても憎たらしくて――たまらなく好きだ。それじゃいけない、とわたしは首を横に振った。
「いいですか? 姉は令嬢の鑑なんです。お淑やかで上品で、言葉遣いも立ち居振る舞いも完璧で! 侯爵家を継ぐためにありとあらゆる教育を受けてきましたし、それらすべてで優秀な成績を修めてきました。読書家だからとても知識が豊富ですし、どこに出しても恥ずかしくないレイビィ家の最高傑作と言われていて……」
「そんなルチアに憧れて、エステルも同じ教育を受けてきただろう? しかも、ルチアに引けを取らないほど、優秀だって聞いているけど?」
「お姉様とわたしでは雲泥の差があります! 第一、わたしには令嬢らしさの欠片もありませんし」
「エステルだって公の場では淑女として完璧に振る舞っているだろう? 身内である僕たちにはこうして素の自分を見せてくれるのが嬉しいし、ギャップが感じられて可愛いと思うんだけど」
ああ言えばこう言う。リーヴェス様はわたしの主張を鮮やかに論破し、ちっとも譲る様子がない。
いつの間にかお姉様がわたしたちの近くに来ていて、楽しそうに笑っている。わたしはなんだか泣きたくなった。
「そもそも、わたしはリーヴェス様に冷たく接していたじゃないですか! それなのに、好かれているだなんて信じられません」
「ん?」
リーヴェス様が首を傾げる。それからお姉様と顔を見合わせ、一緒になってクスクスと笑いはじめた。
「最初はね、エステルが急に冷たくなったから寂しい気持ちもあったんだよ。それまでは人懐っこい犬みたいに、嬉しそうに僕の側に来てくれていたし」
「人懐っこい犬」
客観的に見た自分の様子を聞かされて、それなりにショックを受けてしまう。
「だけど、態度が変わって以降も、表面上ツンと接されているのに尻尾がブンブン振られているのが見えたというか……それがなんとも可愛くて」
「なっ……!」
つまり、わたしは自分の好意をちっとも隠せていなかったってこと? おそるおそるお姉様を見たら、微笑みながら、何度も何度もうなずいていた。
(やっぱりわたしのせいなんじゃない)
わたしが上手く誤魔化せなかったから、こんな事態を招いてしまったんだ。過去の自分を大いに攻めながら、わたしはガックリと肩を落とした。
***
(なにか……なにかいい方法はないのかしら?)
お姉様の良さをプレゼンしてみても、わたしのダメなところを訴えてみても、リーヴェス様は考えを改めてはくれなかった。
両親までわたしとリーヴェス様との正式な婚約を急かしてくるし、八方塞がり状態だ。おまけに今夜はリーヴェス様と二人で夜会に出席するよう指示をされ、一緒に馬車に押し込まれてしまったし、外堀をどんどん埋められてしまっている。
「エステル、今夜のドレスよく似合っているよ」
「……そんなことないと思います」
侍女たちに着せられたのは水色の愛らしいデザインのドレスだ。これはリーヴェス様からの贈り物で、彼の瞳の色に合わせて作られている。ダイヤのネックレスやイヤリングまで用意されていて、なんだかとてもいたたまれない。だって、本来このドレスを着るべきなのはお姉様だし、わたしはリーヴェス様と結婚する気がないんだもの。
(それにしても、お姉様ったらどこに行っちゃったんだろう?)
お姉様は何故か昨夜から屋敷にいない。てっきり一緒に夜会に行くものと思っていたのですごく残念だ。もちろん、三人で夜会に出席するのは気まずいんだけど。
「大丈夫だよ」
と、リーヴェス様がそっとわたしの手を握る。なにひとつ大丈夫じゃないっていう返事を飲み込みつつ、わたしは窓の外をぼんやりと眺めた。
夜会会場であるお城に到着すると、リーヴェス様はとてもスマートにわたしのことをエスコートしてくれた。これまではお姉様とリーヴェス様が夜会に出発する様子を眺めていたから、なんだかすごく変な気分だ。
本当はずっと、お姉様が羨ましくてたまらなかった。好きな人と――リーヴェス様と着飾ってどこかに出かけることを、密かに夢見ていた。
(いけない。嬉しいとか思っちゃダメよ)
リーヴェス様と結婚するのはお姉様なんだもの。――だけど今夜だけ。ほんの少しだけ恋人気分を味わってみたい――そんなことを思う自分を心底嫌悪しつつ、わたしはリーヴェス様と一緒に会場を歩く。
夜会にほとんど出席してこなかったわたしと違って、リーヴェス様は顔が広く、少し歩くだけで色んな人に声をかけられた。これまで知らなかったリーヴェス様のよそ行きの表情。いつもよりも大人っぽいし、すごくカッコいい。
「こちらの女性は?」
と、旧知の仲らしい男性から尋ねられる。ドキッとしていたらリーヴェス様はサラリと「婚約者だよ」って返事をした。
「リーヴェス様、まだわたしたちは……」
というか、内々の婚約だったとはいえ、お姉様との関係を他の人も知っていたんじゃないだろうか?
けれど、男性は「おめでとう」と朗らかに微笑む。リーヴェス様も嬉しそうにしていて、なんだかむず痒い気分だ。
(いやいや、それじゃダメなんだってば!)
このままじゃわたしと婚約していると知れ渡ってしまう。そしたらもう後戻りができない。違うって伝えなきゃ――わたしが先程の男性を追いかけようとしたそのときだ。どよどよ、と背後でざわめきが起こった。
(なにかしら?)
リーヴェス様と一緒に後ろを振り返る。
「お姉様……?」
薔薇色のドレスと大粒のルビーのネックレスを華やかに着こなし、優雅に微笑んでいるとてつもなく美しい女性。それは間違いなくわたしの大好きなお姉様――なのだけど、隣に並ぶ男性の姿に目が釘付けになる。
「お姉様と一緒にいらっしゃるのは王太子殿下、よね?」
鮮やかな紅色の髪の毛が印象的な美しい男性。絵でしか見たことがないから確証が持てない。けれど、隣でリーヴェス様がコクリとうなずき、わたしは思わず息を呑んだ。
「エステル」
と、まだ状況の飲み込めていないわたしのもとに、お姉様がやってきた。王太子殿下も一緒だ。わたしは急いで頭を下げ、おそるおそるお姉様の顔をうかがう。
「これまで事情を話せなくてごめんね」
「お姉様? それって……」
「わたくしね、王太子殿下と婚約することが決まったの」
その瞬間、一気に涙が込み上げてきて、わたしは思わず両手で口を覆った。
「お、お姉様! 婚約って……」
わたしだけじゃなく、周囲からもどよめきが起きる。それからすぐに「おめでとうございます」と祝福の声が相次いだ。
***
「殿下とは一年ぐらい前にお知り合いになって、最近結婚を申し込んでいただいたの」
一段落したあと、わたしはお姉様とリーヴェス様と一緒に会場を抜け出し、夜の庭園を三人で歩いていた。
「だけど、婚約が確定するまではあなたにも事情を打ち明けることができなくて……これまで黙っていてごめんね」
お姉様が改めてわたしに謝罪をする。わたしは頭を横に振って「いいの」と返事をした。
「お姉様が王太子妃になれるなんて、すごく嬉しい! 本当におめでとうございます! ……だけど、一つだけ確認させてほしいの。この結婚はお姉様が心から望んだものだったのよね?」
「もちろんよ」
お姉様はそう言って、わたしの手をぎゅっと握る。わたしは胸が温かくなった。
「リーヴェスのことは好きだったし、家族みたいに大切に思っていたわ。けれど、わたくしは殿下に心から惹かれてしまって……頼み込んで婚約を解消してもらったの。それに、リーヴェスとエステルがお互いを思い合っているってわかっていたから」
お姉様がリーヴェス様をそっと見る。リーヴェス様は目を細めてコクリと大きくうなずいた。
「それじゃ……わたし、お姉様の大切なものを――リーヴェス様を奪ったわけじゃない? 本当に? だって、お姉様は大事なものをいつもわたしに譲ってしまうから」
その瞬間、お姉様がわたしをぎゅっと力強く抱きしめる。
「エステルったら、ずっとそんなふうに勘違いしていたの?」
目頭が熱くなるのを感じつつ、わたしはお姉様を抱きしめ返した。
「奪われただなんて思ったことは一度もないわ。わたくしはあなたが大事だから――あなたに喜んでほしい、幸せになってほしいだけなの。それに、今回のことは完全にわたくしのワガママだから。……そんなわたくしでも、これまで通り好きでいてくれる?」
「もちろんだよ〜〜!」
涙でぐしょぐしょになったわたしの顔をリーヴェス様が優しく拭う。お姉様とリーヴェス様が顔を見合わせ困ったように笑っている様子を見て、さらに涙が止まらなくなる。
「わたし、二人のことが大好き!」
そう伝えたその瞬間、二人はわたしを思いきり抱きしめてくれたのだった。




