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7 雑木林

「⋯⋯違うのかい?」


 なら、いままでのはなんだったのだろう。


 別に、期待していたわけではないけれど、少々拍子抜けのチャーリーだ。「⋯⋯ふぅん」


 これに慌て出すのはドミーだ。


「ハッ!? タ、タイヘンだ!! 悲しいのかチャーリー!? いや、しかし大丈夫──」


「べつに悲しくなんてないよ」

 ヘンな意地を張れば、


「⋯⋯⋯⋯ふむ!」妙な沈黙のあとうなずく。「ハッハ、まあなんにせよ安心してほしい! 出発はあすの朝──いや実質きょうの朝だ! チャーリーが眠ってこの夜が明けて、朝日が昇ったら出発である! そしたら()()()()にて集合だ! ここではどうしても、おあつらえ向きとはいいがたく⋯⋯」


「?」


 ふたたび部屋を歩きまわりながら、ドミーは片手に握られた杖を無造作に振る。


「話すことが多く、長くなってしまったが私はきょう、キミにひとつのお願いをしにやってきた!」

 ここで立ち止まって、こちらを振り返る。


「朝、この建物のある敷地の裏手の、雑木林まで来てほしい!」


 この病院の裏庭の奥、たしかにそれはそこにある。

 もっともこの病院とはほど違い、手入れなんてされていないけれど。


「あすの朝にここを()()()()()、雑木林で落ち合おう! 私はそこでキミを待つ! ああそうだ、入り口付近に一目でそれとわかる目印でも置いておくとしよう!」


「了解だよ。⋯⋯ありがとう」

 勘違いした、ちょっぴりのやましさとともにうなずけば、


「ハッハ! いやなに、礼には及ばない!」

 言葉のわりに嬉しそうな彼だ。


 ──と、思えばその調子を急に改めて、最後にひとついいかな? と少し屈託を混じえたカオで、チャーリーをじっと見つめてくる。


「いいよ」コイツのひとつはいくつあるのだろう。


「フゥム、なんとも突然のことで申し訳ないのだが⋯⋯」と口ごもるので、


「構わないよ」

 いまさら突然もなにもあったものじゃない。


「そう? ⋯⋯それはよかった!」

 あからさまにホッとした表情で、彼はこちらを向いた。それから口を開く。


「いやじつはね、こちらのもろもろの都合により、キミの名を改めなければならなくなってな!」


「名前かい?」


 いま?


「そう改名!」

 ありあまる自信を体現するかのように、彼の鼻から漏れたふたつの息が、チャーリーをどうしようもない不安へといざなう。


「もうすでに、素晴らしい名前を考えてきてあるのだ! 期待してくれ!」


 彼はそういうものの──期待なんかして大丈夫だろうかチャーリー? 彼のセンスに。こうなってくると、別にいまの名も嫌いなワケではなかったのだと気づく。


「チャーリー?」

 キョトンとした目がこちらを向くけれど、そんな澄んだ瞳で見つめられても、〝うん〟とは答えられず。


 ひとり祈るような空気の中で、はたして彼は、そのあらた名を口にする。


「『チャーリー・リムノン』、キミの名を改め、いまこの瞬間からキミは()()()()! 〝チャリン・リムノン〟だ!!」


 どうだ! といわんばかりにムフフンと笑う、したりガオのドミー。


 それをいったんそこに置いておいて、


 「チャリン・リムノン⋯⋯」口の中で響きを転がす。


 そこに置いたハズの彼は、彼のほうこそ期待を抑えきれずのオモ持ちで、


「どうだろう? どうかなッ? イイ名だろう!!」

 目を見開いて、とんでもない圧力とともにズイズイこちらへ寄ってくる。


 けれども、


「なかなかだね」

 チャーリー改めきょうからチャリンも、うなずけるものだろう。


「それはよかった! ハッハッハ!」

 フンフンフンフフフフ⋯⋯と喜びの鼻唄を奏でながら、上機嫌なドミーだ。


 でもそれはよしとして、


「だけど〝チャーリー〟だから『チャリン』かい?」結構安直なネーミングだ。「あんまり変わらないね」


 あんまりどころか名残りすぎなチャーリー、苗字に至っては不変ときた。


 こんなので改名のイミがあるのかないのか、そもそも都合とはなんなのか。


「⋯⋯ああ!」大丈夫だとうなずいた。「正直もとの名から一文字違えればそれで充分! ()()()()()()()!」


 ──見つけられない?


「どういうイミだい?」

 ぼくのことを?


「⋯⋯⋯⋯キミを見つけられないと、そういう意味だ!」やっぱりそうだ。

 彼は信じられないくらいカオをそむけながら、とりあえずそう教えてくれる。


 これ以上の詮索はよしておく。


「──それに」

 と、彼はもう一度バカ真面目なカオに戻って、チャリンと目を合わせた。


「名というものは大事なものだ。深く考えもせず、むやみやたらといじくるものではない!」

 まっすぐに真剣な瞳が、じっとこちらを見つめてくる。


「⋯⋯そうかい」


 チャリンの返事を待っている彼に気づいたのでうなずくと、それを見届けた彼は満足したように、チャリンから離れていく。


「ハッハ! さあ、それでは私は一旦帰るとしよう! いや帰らねば!」

 意気込み込んだドミーの鼻息は荒い。「積もる仕事もあるのでな!」


「ふぅん」

 夢喰いというのもまた、多忙なのだろう。


「ああそれと⋯⋯」

 とふいに彼は、たったいまなにかを思い出したようなカオで、チャリンに向き直る。


「先ほど『三度失敗した』といったが、もしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()!」

 ⋯⋯⋯⋯。


「⋯⋯大事なことほどあとにいうやつだね」


 呆れかなにかわからない感情をたずさえながらチャリンがいうと、それと憎たらしいほど対象的に、彼は気楽にハッハと笑う。


 「まぁしかしなに、心配はご無用さ! 私もこれで四度目の正直、そろそろ()()を掴んできたところ! まぁなんにせよ、あすの朝目が覚めたとき、今夜の私との記憶を()()()()()()()()、忘れていれば、忘れたことに気づきさえせず失敗だ。フッフッフ、しかしなに、たぶん大丈夫!!」


〝たぶん〟のなにが大丈夫なのか。三度失敗してなおそれをいうか。

 「⋯⋯⋯⋯」それでも、


「期待しておくよ」

 目をつぶって胸を張るドミーに、そういってみる。


 恨むのは失敗してからでいい。


 すると、


「チャリン!」

 名前を呼ばれる。


 そんな彼を向けば、


「あしたもまた、会えるといいな!」

 そうニンマリと笑っている。


 ⋯⋯これはきっと本心だろう。

「そうだね」とうなずいた。


 彼は誰かの緊張をほぐすように、いつもと変わらない笑みを浮かべる。


「それではあしたの朝、雑木林でまた会おう!」

「そうだね」


 その返事に、さいごはニンマリと笑ったドミーが、ヒラリと扉のまえに立ったので、


「おやすみ」

「おやすみチャリン!」


 と、彼はお別れどきでも変わらぬその笑ガオ見せて。「ハッハッハ──イイ夢を!」


 さよならの変わりのあいさつをおえて、開いた扉から──と思いきや、ドミーはそのまま、まるで眠気眼に見たまぼろしのように、ユラリと揺らいだかと思うと、目を離していたワケでもないのに、いつの間にやら、消えてしまっていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 ──嵐のようなヤツだった。


 開いた扉から、なにかはじまったような気配を感じる。


 彼が残していった台風の目のような静寂の中、徐々に秒針だけが大きく大きく響きはじめる。


 ふたたび夜が動き出す。


「⋯⋯っ」

 いてっ。


 ほっぺをつねると痛いので、夢でないことはたしかだろう。


 騒がしさから一転、唐突に静けさの海に放られると、過ごした彼との現実も、いっぽうでは夢かなにかに思えてくるもの。


 けれども、だけど。


 ぼくは、彼が嘘であろうとなかろうと、ぼくは──

 ぼくが──?


 ⋯⋯⋯⋯?


 続く言葉も思いつかずに、どうしてかいまは、それだけ彼に伝えたかった。

 まあいい、あしたの朝になれば、また会えるだろうから。


 窓枠に切り取られた空と月が、あしたの空模様を告げている。


 あしたの天気は晴れか否か。そんな月夜に見守られながら、チャリンはベッドにごろんと寝転がる。


 ──そのとたん、


 、⋯⋯?


 睡魔にグイと髪を引かれる。む、これは⋯⋯冗談じゃないくらい猛烈な眠気(ヤツ)だ。


 だけど、おかし、い⋯⋯? ついさっきまで、いやいまのいままで、眠たくなんてなかった、の、に⋯⋯?




 ──そこで意識はプツンとと切れて。


 チャリンはいま、夢のなか⋯⋯⋯⋯

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