7 雑木林
6 親友 のあらすじ
「親友として相棒として、人々の夢を叶えよう!」
こんな世界から抜け出して──
私とくれば、キミのホントウの夢も叶うだろう!
そんな誘い文句に、チャーリーはこんどこそ、夢喰いドミーの手をとった。
そして言われる。
「そうじつは、出発はきょうではなくてだな!」
「⋯⋯違うのかい?」
なら、いままでのはなんだったのだろう。
別に、期待していたわけではないけれど、少々拍子抜けのチャーリーだった。「⋯⋯ふぅん」
これに慌て出すドミーだ。
「ハッ⁉ タ、タイヘンだ‼ 悲しいのかチャーリー⁉ いや、しかし大丈夫──」
「悲しくなんてないよ」
妙な意地を張れば、
「⋯⋯⋯⋯ふむ!」沈黙のあとうなずく。「ハッハ、まあなんにせよ安心してほしい! 出発はあすの朝──いや実質きょうの朝だ! チャーリーが眠ってこの夜が明けて、朝日が昇ったら出発である! そしたらあの場所にて集合だ! ここではどうしても、おあつらえ向きとはいいがたく⋯⋯」
「?」
ふたたび部屋を歩きまわりながら、ドミーは杖を片手に無造作に振る。
「話すことが多く、長くなってしまったが私はきょう、キミにひとつのお願いをしにやってきた!」
ここで立ち止まって、こちらを振り返る。
「朝、この建物のある敷地の裏手の、雑木林まで来てほしい!」
この病院の裏庭の奥、たしかにそれはそこにある。
もっともこの病院とはほど違い、手入れなんてされていないけれど。
「あすの朝にここを抜け出して、雑木林で落ち合おう! 私はそこでキミを待つ! ああそうだ、入り口付近に一目でそれとわかる目印でも置いておくとしよう!」
「了解だよ。⋯⋯ありがとう」
勘違いしたちょっぴりのやましさとともにうなずけば、
「ハッハ! いやなに、礼には及ばない!」
彼は、言葉のわりに嬉しそうなようすだ。
と思えばその調子を急に改めて、最後にひとついいかな? と少し屈託を混じえたカオで、チャーリーをじっと見つめてくる。
「いいよ」コイツのひとつはいくつあるのだろう。
「フゥム、なんとも突然のことで申し訳ないのだが⋯⋯」と口ごもるので、
「構わないよ」
いまさら突然もなにもあったものじゃない。
「そう? ⋯⋯それはよかった!」
あからさまにホッとした表情で、彼はこちらを向いた。それから口を開く。
「いやじつはね、こちらのもろもろの都合により、キミの名を改めなければならなくなってな!」
「名前かい?」
いま?
「そう改名!」
ありあまる自信を体現するように彼の鼻から漏れたふたつの息が、チャーリーをどうしようもない不安へ誘う。
「もうすでに、素晴らしい名前を考えてきてあるのだ! 期待してくれ!」
彼はそういうものの──期待なんかして大丈夫だろうかチャーリー? こうなってくると、別にいまの名も嫌いなワケではなかったのだと気づく。
「チャーリー?」
キョトンとした目がこちらを向くけれど、そんな澄んだ瞳で見つめられても、〝うん〟とは答えられず。
ひとり祈るような空気の中で、はたして彼は、そのあらた名を口にする。
「『チャーリー・リムノン』、キミの名を改め、いまこの瞬間からキミはチャリン! 〝チャリン・リムノン〟だ‼」
どうだ! といわんばかりにムフフンと笑う。したりガオのドミー。
それをいったんそこに置いておいて、
「チャリン・リムノン⋯⋯」口の中で響きを転がす。
そこに置いたハズの彼は、彼のほうこそ期待を抑えきれずのオモ持ちで、
「どうだろう? どうかなッ? イイ名だろう‼」
目を見開いてズイズイこちらへ寄ってくる。
けれどもまぁ、
「なかなかだね」
チャーリー改めきょうからチャリンも、うなずけるものだろう。
「それはよかった! ハッハッハ!」
フンフンフンフフフフ⋯⋯と喜びの鼻唄を奏でながら、上機嫌なドミーだ。
でもそれはよしとして、
「だけど〝チャーリー〟だから『チャリン』かい?」
結構安直なネーミングだ。「あんまり変わらないね」
あんまりどころか名残りすぎなチャーリー、苗字に至っては不変ときた。
こんなので改名のイミがあるのかないのか、そもそも都合とはなんなのか。
「⋯⋯ああ!」大丈夫だとうなずいた。「正直もとの名から一文字違えればそれで充分! 見つけられない!」
──見つけられない?
「どういうイミだい?」
ぼくのことだろうか。
「⋯⋯⋯⋯キミを見つけられないと、そういう意味だ!」やっぱりそうだ。
彼は信じられないくらいカオをそむけながら、とりあえずそう教えてくれる。
これ以上の詮索はよしておく。
「──それに」
と彼はもう一度バカ真面目なカオに戻って、チャリンと目を合わせた。
「名というものは大事なものだ。深く考えもせず、むやみやたらといじくるものではない!」
まっすぐに真剣な瞳が、じっとこちらを見つめてくる。
「⋯⋯そうかい」
チャリンの返事を待っている彼に気づいたのでうなずくと、それを見届けた彼は満足したように、チャリンから離れていく。
「ハッハ! さあ、それでは私は一旦帰るとしよう! いや帰らねば!」
意気込み込んだドミーの鼻息は荒い。「積もる仕事もあるのでな!」
「ふぅん」
夢喰いというのもまた、多忙なのだろう。
「ああそれと⋯⋯」
とふいに彼は、たったいまなにかを思い出したようなカオで、チャリンに向き直る。
「先ほど『三度失敗した』といったが、もしかすると、今回も失敗に終わるかもしれない!」
⋯⋯⋯⋯。
「⋯⋯大事なことほどあとにいうやつだね」
呆れかなにかわからない感情をたずさえながらチャリンがいうと、それと憎たらしいほど対象的に、彼は気楽にハッハと笑う。
「まぁしかしなに、心配はご無用さ! 私もこれで四度目の正直、そろそろイミを掴んできたところ! まぁなんにせよ、あすの朝目が覚めたとき、今夜の私との記憶を覚えていれば成功、忘れていれば、忘れたことに気づきさえせず失敗だ。フッフッフ、しかしなに、たぶん大丈夫‼」
〝たぶん〟のなにが大丈夫なのか。三度失敗してなおそれをいうか。
「⋯⋯⋯⋯」それでも、
「期待しておくよ」
目をつぶって胸を張るドミーに、そういってみる。
恨むのは失敗してからでいい。
すると、
「チャリン!」
名前を呼ばれる。
そんな彼を向けば、
「あしたもまた、会えるといいな!」
そうニンマリと笑っている。
⋯⋯これはきっと本心だろう。
「そうだね」とうなずいた。
彼は緊張をほぐすように、いつもと変わらない笑みを見せる。
「それではあしたの朝、雑木林でまた会おう!」
「⋯⋯そうだね」
その返事に、さいごにはニンマリと笑ったドミーが、ヒラリ扉のまえに立ったので、
「おやすみ」とチャリンはいう。
「おやすみチャリン!」
と彼はお別れどきでも変わらぬその笑ガオ見せて。「ハッハッハ──イイ夢を!」
さよならの変わりのあいさつを終えて、開いた扉から──と思いきや、ドミーはそのまま、まるで眠気眼に見たまぼろしのように、ユラリと揺らいで、目を離していたわけでもないのに、いつの間にか消えてしまった。
──嵐のようなヤツだった。
開いた扉から、なにかはじまった気配を感じる。
彼が残していった台風の目のような静寂の中、徐々に秒針だけが大きく大きく響きはじめる。
ふたたび夜が動き出す。
「⋯⋯っ」
いてっ。
ほっぺをつねると痛いので、夢でないことはたしかだろう。
騒がしさから一転、唐突に静けさの海に放られると、過ごした彼との現実も、いっぽうでは夢かなにかに思えてくるもの。けれどもだけど。
ぼくは、彼が嘘であろうとなかろうと、ぼくは──
ぼくが──?
⋯⋯⋯⋯?
続く言葉も思いつかずに、どうしてかいまは、それだけ彼に伝えたかった。
まあいい、あしたの朝になれば会えるだろうから。
窓枠に切り取られた空と月が、あしたの空模様を告げている。
そんな月夜に見守られながら、チャリンはベッドにごろんと寝転がる。
──そのとたん、
、あれ⋯⋯?
睡魔にグイと髪を引かれる。む、これは⋯⋯冗談じゃないくらい猛烈な眠気だ。
だけど、おかし、い⋯⋯? ついさっきまで、いやいまのいままで、眠たくなんてなかったハズ、なの、に⋯⋯?
──そこで意識はプツンとと切れて。
チャリンはいま、夢のなか⋯⋯⋯⋯
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