6 親友
「──ゴッホン! そんなワケでどうかな、ひとまずこれにて話は終わりだ! なにか気になることでもあれば、なんだってたずねてきてくれて構わないぞ! ま、細かいことはのちのちだって構わないがね!」
ドミーいわく彼が話しおえたらしきいま、深まるナゾは指数えの範ちゅうをとうに越えたけれど、彼のいうとおり、細かい(?)ことはいまはいい。
それより夢喰いドミーの正体を、本人の口からたとえすりガラス越しであろうと聞かされたいま、なによりチャーリーの気を引く謎はコレだった。
「──ぼくら、いつか会ったことあったかい?」
そうたずねると、いままで騒々しかったドミーの動きが、ピタリと止まった。
それも、さっきまでのギクシャクした止まりようとはまるで違う。まるで一枚の静止画のように、指一本動かさなくなってしまった。
「──というと?」
そうたずねる口だけが動く。
そんな彼の声も口調も、語りのためのオーバーな猿芝居ではないようで。
そんな彼を見つめながらに、チャーリーはいう。
「なにかの夢で、きみの声をよく聞くよ。きみの仕業かい?」
「ッ!」
彼はそう息をのんだかと思うと、そのカオのボタンの目の中の、十字とバツが、みるみるうちに小さくなって、その口も、彼が人間であればアゴがはずれているであろう、四角い輪郭を飛び出した。
そうして人の気も知らず、ちょっと笑えるカオで驚きを露わにした夢喰いは、
「⋯⋯なんと、なんとナントなんとなんと!!」
魔法でもかけられていたかのように、徐々にカクカクと、我を取り戻した動きをはじめる。
その言葉にも身ぶり手ぶりが加わって、
「なんとなんと!! 覚えていてくれたとは!! なんということ! なんてことだ!! ああぁぁ、ああぁぁぁああぁ──」
かと思えば、びっくりするほどいきなりスンとなる。
「しかし、うむ、やはり⋯⋯その夢は私の仕業ではないような⋯⋯⋯⋯。となるとそうだ、やはりそれは──キミの中の私の記憶の残片だろう」
⋯⋯なにをいっている?「ぼくの中の⋯⋯?」
「私の記憶。じつはだな⋯⋯」
ポツリポツリと明かし出す。
「はじめいうつもりはなかったのだが、じつはキミのいうとおり、私がキミに会いに来たのは、全然これが、はじめてじゃない。まったくもって、はじめましてではないわけだ! じつはね、私とキミが会うのは、これでもう四度目なのだ。なんせこれまでの三回、私はことごとく失敗してしまっていてね⋯⋯。切ないことである。そのたびキミは私との記憶を消されているから、覚えていなくて当然だ」
なんだって。ぼくの記憶⋯⋯
「だれに消されるんだい?」
「ハッハ、気になるところだろうがまだ秘密だ! ⋯⋯あっ私ではないぞ!」
それからボタンであるハズの目をつむり、あぁ感無量に浸り出す。
「いやはやしかし、なんということ。完全に消されたはずの私の記憶を、まさか覚えていてくれたとは──!!」
喜びをしかと噛みしめるように、ふたたび静まり返るドミー。こんどは口すら動かない。
⋯⋯待てども待てども現を抜かし続ける彼に、
「それでぼくの名前を知ってたワケかい?」
「ハッ。そうリサーチだ!」
目を見開いて、こちらへ戻ってきてもらう。
それにしても、いまさらではあるものの──はは。面白いだろう?
「きみ表情変わるうえに豊かだね」
「ん? ハッハ、さすがは目ざといキミ! そうだとも!」
そういってドミーは、さも得意げにパチンと片目をつぶってみせた。
なるほど、うすうす勘づいてはいたが、表情管理に関してはこの夢喰い、チャーリーよりもはるかに器用なようだ。
けれどもたかがウインク、しょせんウインク、できたところでウインクだ。
とまあ、ドミーの話に一応の一段落 (さてはて)がついたところで、ふとチャーリーは、あまりにいまさらすぎる疑問をひとつ、思いつく。
あまりにもいまさらすぎて、ちょっと口にするのもはばかられるくらいの疑問だ。
「⋯⋯それじゃあドミー、きみはなにしにここへやってきたんだい? ⋯⋯夢を叶える?」
これじゃ、見ず知らずのよくわかるようなわからないような世界について、イミもなく浴びせられただけじゃないか。
とうのドミーは、
「──ハァッ!!」
これは相当なウッカリさんと見た。
「すッ、すまないチャーリー!! 一番肝心なところを伝え忘れたッ!! な、なにしろこれで四度目なもので、きょうこそはとはやる気のせいでェ⋯⋯⋯⋯ッ!! いや、いや、それにしてもだ、最近どうも物忘れがひどくて⋯⋯あぁあホントウなのだチャーリー!!」
のけぞって、アタマを抱えては叫ぶドミーだ。
「別に疑っちゃいないよ」
したにいる彼に声をかければ、
「⋯⋯ホントウ?」まじまじとカオをあげてこちらを見る。けれどもすぐに、
「いやしかし!! この有様ではロクに話も入ってこなかっただろうッ! 私としたことがとんだ大失態!! そう失態だッ!! すまないチャーリー!!」
四つん這いになって床をダンダンと叩き、なにをそんなに、結構本気で落ち込んでいるように見えるので、
「別に構わないよ」ベッドのうえから、したを覗いて言葉を降らせる。「這ってないで立ったらどうだい?」
すると、まるで不法投棄されたゴミのようにグチャグチャになっていた彼は、
「ああぁあ!! なんて心優しい⋯⋯ッ!!」
キミがそういうのなら、と電光石火で立ちあがる。
たちまち彼は何事もなかったようにアッケカランな笑みを浮かべて、
「ありがとうチャーリー! では話そうか、私がきょうここに、キミに会いに来た目的を!」
窓から降り注ぐ⋯⋯月光をこうこうと浴びながら、ドミーはチャーリーの正面に立った。
彼お得意の表情変化でニッコリ笑う。
「なんてことはない、キミを迎えに来ただけだ!」
⋯⋯迎えに──
体感では、瞬きするくらいの間を開けてから、聞き返す。「⋯⋯ぼくが?」
「ハッハ、そうだ!」ニッコリと腰をかがめて、こちらへ手を差し伸べる。
「キミを、夢と現の狭間の世界へ招待しよう!! こんな世界から抜け出して、狭間の世界で共に暮らそうではないか!!」
もちろんキミが望むのならね、と、余裕そうな笑ガオでつけたす。
──迷う余地はない。望まぬ理由もない。
差し出されたそれに、手を伸ばしかけたとき、
「はぁ、そうだもうひとつ!!」ドミーが一段と大きな声をあげる。「大事なことを伝え忘れた!」
どこまで忘れれば気がすむのかこのうっかりさん。相手のそれはササッと引っ込んでいく。
その代わり、「私とくれば、キミの夢──キミのホントウの夢も叶うだろう!」
ニンマッと笑う彼の声色は、自信にあふれている。
「⋯⋯ぼくのホントの夢?」
「そうだ!」
まるで自分事のような自信っぷりでうなずいた。「いわずともわかるだろう? そうでなくとも、キミならばそのうち思い出すさ! キミならね!」
私がいうのだ間違いはナイ!と事もなしげにハッハッハ!「⋯⋯⋯⋯」
「それではチャーリー!」
ドミーがピシリと背筋を伸ばしてチャーリーを見る。
「改めてもう一度。私といっしょに、親友として相棒として、人々の夢を叶えよう!!」
⋯⋯ん?「誘い文句変わってないかい?」
また天井を向いた。「ハッハッハ!」
『親友として相棒として』──出会って数分ぽっちで誘うセリフでも、頷くセリフでもないだろうに。
不思議と、断る気にはなれなかった。
それに、なんていった? 夢を叶える⋯⋯?
まあいいか。
「ありがとう」
こんどはちゃんと、チャーリーをひたむきに待っていた、その手をとった。
「よろしく」あらためて、ちゃんといっておこう。「ドミー」
チャーリーが、握ったドミーの白手袋から、彼のカオに目を移せば、
「⋯⋯ドミー?」
チャーリーの返事がよほど嬉しかったのか、わからなくもないけれど、ドミーのカオは喜びを抑えるのに必至になって、そのカラダまでワナワナワナッと震えはじめる。
バグか故障か、どちらにせよ心配になるくらいのブルブル具合だ。
「大丈夫かい?」きみがそんなんじゃあ、ゆくさき不安がある。と、
「──ハッ!!」きょう一番の大きさでビクリと震えて、カオもカラダもピタリと静まる。
そして、
「まっ、まさか!! 大丈夫である!! なに、なにすでに三度は、キミは私の手をとっている! なので、喜ばしいことはたしかだが、なにをそんなに、あわてふためくこともない!! だ、だから私はべつに、なんともないっ!! どうとも、私はチャーリーを信じていたからであるっ!!」
またアタフタと動き出す彼。「きみは隠し事が多いわりには、わりとウソが下手くそだね──」
「いいやなにせッ!!」からかうその声を、ドミーはうえから掻き消した。「わかりきった答えである!!」
いいながら自分自身の言葉に確信を持ちなおしたか、また懲りもせず余裕をぶっこきはじめる。こんなだから足元すくわれるのだ。
完全に調子を取り戻して、
「フッフン。なにも驚くことはない。はじめっから、私とキミとはこうなる運命だったのだ!」
大きく出た。
「運命かい?」
「そう運命!!」
フフフフーンッ! と大して上手くもない鼻唄を。
「ハッハッハ、そうとなればだ!」
バッとこちらを振り返る。
「さっそく『外』へ──と行きたいところだが残念無念、じつをいうと、出発はきょうではなくてだな!」