5 夢 現 狭間
「ハッハッハ、『夢喰い』──読んで字のごとく聞いて字のごとく、私たちは人間どもの夢を喰らう者だ! 人間はいつでもどこでも眠りに落ちれば夢の世界で夢を見て、その夢を私たちが喰らう! ハッハッ──もちろんこの世界の人間どもは何も知らずにな!」
と、彼の真実めいたものを明かしはじめる。それにはやはり、部屋をグルグルは必須なのだろうか。
そんなことよりもこの夢喰い、なかなかの語り上手と見た。
よく動くカラダだ。両手を広げたり、急にピタリと立ち止まったり、かと思えば動き出したり。この才は生まれ持ってのものなのか。
ちなみにいまは言葉をとぎって、チラチラとこちらのようすをうかがっている。なにかいってほしいようすが丸わかりだ。
なにかいってやるとするか。
しかたのない夢喰いに、チャーリーは親切心で口を開く。
「そうなのかい。それで?」
この部屋にいる誰も、チャーリーのこのやさしさを「やっすい気遣い」「うっすい相づち」なんてとらえることはなかったようで、
「ハッハッハ、それで? だな──」
夢喰いドミーも、嬉しそうに人さし指を立てていく。
「まず。夢喰いは私含め、全六匹である」と、虫かなにかのようにいう。
「ご察しのとおり人間ではないな! ではなにか? 『夢喰い』である! 良い夢も悪い夢も、人間が見た夢を、際限なく喰らいつくす──カンタンにいえば、これが私たち夢喰いの仕事である!!」
こんどもなにかしらの期待を込めた瞳で、バッとチャーリーを振り返る。
応えてやろうか。
「立派だね」はたして。
「ハッハッハ、そうだろう! ハッハッハッハァ!」
それにしてもよく笑う夢喰いだ。
「さて、そんな私はどこからやってきたのか。どこだと思う?」
知る由もない。
「きみのウチかい?」
けれどもトンチを利かして答えれば、
「⋯⋯ハッハッハ、そのとおり!」失礼な間を開ける。「では私のウチはどこにあると思う?」
「知らないよ」
「ハッハ! 当然である」なんだというのか。「ではお教えしよう!」
選択肢をあげるごとに、彼は一本ずつ指を立てていく。
「私のおウチはどこにあるのか?それは、いま私たちがいるこの現実、現の世界? いいや違う! では、人が眠ったあとにたどり着く、夢の世界? これも違う!」
彼は二本めの指も立て終える。
「ではどこから? フッフッフ、そう、正解は──」
ちょうどいい具合に間をあけて、ドミーはその答えを口にする。
「私は夢と現のあいだの世界、『狭間の世界』からやってきた! 狭間に住まう夢喰いである! ──とはいっても人間でない私が目の前に現れた時点で、もう何を聞いても二の次かもしれないがね! それでも多少はビックリしてもらえたかな?」
「うん」
八割がたよくわからなかったけれど、それも含めてなかなかびっくりだ。「驚いたよ」
「ハッハッハ、それはよかった! フフンッ」と得意なカオで鼻を鳴らして、「喰う間も惜しんでキミに話すことを考えてきただけあったよ!」
そんな彼は、またスピーチの暗唱に戻っていく。
「まあそういわれたところで、これではピンとこないだろう! というわけで、ここで狭間の世界とはなんなのかを説明しよう! ザックリとな!」
さいごの薬指を立てた。
「狭間の世界は、この現の世界と夢の世界を分け隔てるため、必要不可欠な世界と言える! 夢と現がゴッチャになるのを防ぐには、そこにあいだ、隙間が必要だ! 例えば緑と黄色の色水を、しきりなしにおなじ容器に入れてしまっては混ざってしまう!
ま、ここらへんはなんとなくわかっていただければ結構である!」
「ふぅん」
なんとなくわかったのかどうかもわからないまま、彼の話が次から次にと進んでいく。
「そんな夢と現の狭間の世界。ここでは、狭間の世界で唯一とされる神さま『ユメミガミ』が、現の人間に夢を見せ──これはそのままの意味だぞ! ──その夢を、私たち夢喰いが喰らう。 そして『管理者』と呼ばれる者たちが、夢と現の境界線を管理する。
現の者が、夢と現実をハッキリと区別できるように。
狭間の世界へ迷い込まぬように。
間違っても、夢の世界から戻らぬことのないように。
ここらについては、おいおいわかっていくはずだ! それと狭間の世界の人口は、現に比べれば比じゃないほどに少ないが、管理者どもは人間であるし、それ以外にも人間はいるぞ!」
こんなのばかりじゃないワケだ! と、自分を指さしハッハと笑う。なんの自虐か。
「──さて、ハッハッ。ほかにはなにかあったかな? ほかには──いや、もうなにも⋯⋯」
「きみのことを聞いてないよ」
天井を見あげてヘタにごまかそうとする夢喰いにそういってやると、ビクリと動きが止まり、ああ、そうだそうだ、と。
「私についてだな! 私は⋯⋯そう⋯⋯⋯⋯む~ん⋯⋯⋯⋯なんといったらよいか⋯⋯⋯」
目線をあちこちに動かして、やましいことでもあるのだろうか。さきほどまでとはうって変わって、いいよどむ彼。
「⋯⋯その⋯⋯⋯そうだ! そう、私は六匹いる夢喰いの中でも、“トクベツ”であり『カクベツ』な夢喰いでね!」
的確かつ都合のいいいい回しを見つけたか、ドミーはハッハッハ! と噛み切れなかった調子を切り捨て、いままで以上の調子っぷりを取り戻す。
「なにせそうだ、人間どもの夢を叶えるということが、私の使命。天命である! ほかとは違う!」
と、胸に手を当てる。
──使命。
「ハッハッ。とおい昔の約束か何かだ!」
約束──「だれとの?」
「ハッハ。それが覚えていないのだ! そもそんな約束していなかったかもしれない!」
黙るチャーリーに、彼は自信たっぷりに胸を張る。
「しかし! 誰がなんといおうと、これは私が抱く夢! これが私の抱く夢だ!!」
たいした演者だ。
なら、とチャーリーも口を開く。
「ぼくの夢も、おんなじように叶えにきたのかい?」
すると、彼はなんなのか、ゆっくりと目を見開いて、ゆっくり、ゆっくり見開いて、
「──いいや違う!! 同じなものか!! 違うに決まっているッ!! いいや違う、違う、ちがうぞチャーリー!! そんなのは違っ──」
「わかったよ」
狂ったように首を振るので、よくわからないままそれをなだめる。「違うんだね」
「⋯⋯⋯⋯ふむ! 少々取り乱し⋯⋯」
ボソボソと独りごちるようにいった彼は、そうして落ちつきを──いや、もとから落ちついてなんていなかったけれども、咳ばらいをひとつして、正気に戻る。