4 ゆめくい
3 病院 のあらすじ
八年まえのあの日から、色のない世界を生きている。
そんな夜に、『ソレ』はやってくる。
「ハッハッハッ、ハッハッハ! スバラシイ月夜!! なんともソレにふさわしい!」
〝ソレ〟はさもご機嫌そうに、そして満足そうに笑いながら、病室へ足を踏み入れた。
背が高いうえシルクハットをかぶっているおかげで、アタマ(帽子)が天井にくっつきそうだ。さっそく扉をくぐるときにはカツンとぶつかり、少しかがんでやってくる。「おおっとカモイ」鴨居じゃない。
〝ソレ〟は扉も閉めずにカツカツと、ピンと背筋を正して、チャーリーの目のまえにやってくる。
ちょうど月光の照らす位置に立ち、もったいぶって視線をグルリとさまよわせて、ようやくふたつのボタンが、チャーリーを見た。
一瞬喰われでもするのかと思ったけれど、けれどどうやらその心配はいらないようだ。
ハッハッハ! と収まっていなかった〝ソレ〟の笑い声は、さいご息を飲むようにしてピタリと止まる。
それから、
「──ついに会えたな!」
噛みしめるようにたたえた満面の笑みで、チャーリーを見た。
やはり、約束でもしていただろうか。
妙に静かな心のなかで、チャーリーもそのカオを見つめ返す。
その──人形のカオを。
そう、たったいま、チャーリーの目のまえに現れた〝ソレ〟の姿形は、どう見たところでニンゲンじゃない。
月明かりに照らし出された〝ソレ〟は、まさしく動く『人形』のようで。
さきのとおり背は高く、手足が小枝のように細く長い。
見たかぎりではヒョロリと、けれどもシャキンと伸びきったカラダ全体が、すべて布でできている。なかにはナニが詰まっているのか、コイツが本当の人形であれば綿か、それとももっと別の⋯⋯⋯⋯
けれども、チャーリーの意識が〝ソレ〟の見た目に完全に吸い寄せられるよりもまえ、一番はじめにチャーリーの気に留まっていたのは、彼の声だった。
なぜなら、〝ソレ〟がチャーリーに向かって発したその声は、どうして、それはまごうことなく、
いつもの夢に聞いた声だったから。
ほかよりずいぶんお高く止まった、調子のいいその声は、どこか懐かしい気さえした。
あまりの事態に思考を止めたチャーリーをよそに、〝ソレ〟は大きな声で喋り出す。
「私はキミとふたり、夢を叶えにやってきた!! 何度目の何とやらだ! 実に喜ばしい!!」
わざと張っているようには聞こえない。地声がデカい。「それにしても⋯⋯」
キョロキョロと、部屋中を見回しはじめるその人形。
「あぁあ、やはりなんてせまっ苦しい部屋! 息が詰まるな!! さっさとキミをここから連れ出してやりたいよ──が、しかしここの絵はみな⋯⋯⋯⋯」
腰を折り曲げ壁のラクガキたちを覗き込んでいた〝ソレ〟は、突如としてハッ! 我に返り、そのボタンの目──そう何度見たってボタンのその目でチャーリーを振り返る。うるさいうえにせわしないヤツだ。
「これは失礼! 自己紹介がまだだった!」
されなきゃ困るもののされたところでのそれのため、彼はチャーリーからいったん目をそらす。
「しかし! このできあがったパフォーマンスに、こんなに素晴らしい月光スポットライトを使わないのはナンセンス!! いささかな!」
いうなり四分の三閉まったカーテンを、シャッ! その長い腕で全開に。チャーリーの苦労が水の泡だ。「これでよしだ!」
それから、ベッドうえのチャーリーと目線を合わせ。
ようやく、〝ソレ〟である彼は名を名乗る。
「ご機嫌いかがかな、チャーリー? 私は〝ドミー〟、夢喰いのドミーだ! 以後よろしく!!」
「⋯⋯⋯⋯」ニンマリ笑ガオで、白手袋の手を差し出している。「⋯⋯よろしく」
その手を、握り返してしまった。
──握手。
どういうワケかチャーリーの名前を知っているようだけど、いや、そもこいつはなんなのだろう。
手を離しながら、『ゆめくい』の〝ドミー〟と名乗った彼のカオを見つめ返す。
その四角いカオもまた、依然ヒトのものとは思えなかった。
カラダ同様、布製のカオどだいのうえに縫い付けられた高い鼻。ニンマリと、歯をむき出しに笑う口。糸のほつれたボタンの目は、左右で微妙に色や大きさが違った。
そのカラダの線に合うように、ピシリと着つけられた紳士服。胸もとには、お花模様の蝶ネクタイ。なんかへんだ。似合ってない。
シルクハットのつばの部分には、使い古したオモチャたちがゴチャゴチャと飾りつけ(?)られていた。オシャレのつもりだろうか。
左手に握られているのは、彼の背の丈に見合った赤ワイン色の杖。その杖、チャーリーの背丈とオソロイだった。長い杖だ。
全体的にどこか噛み合っていない、なんだかアンマッチな恰好をしていた。
そんなアベコベな人形・ドミーに、一番ナゾな『?』を放る。
「そうかいドミー、つまり、きみはなんなんだい?」
するとドミーは、初見からまったくもっての不変の笑みで、誇るように胸を張った。
「『夢喰い』のドミーだ!」
一言一句に変化なし。
「⋯⋯つまり?」
「ハッハッハ、説明しよう! 簡潔にな!」
パッと身をひるがえし、あたかも事件の真相にたどり着いた探偵かなにかのように、部屋中をカツカツとジグザグに歩き出す。じっさいナゾを振りまいて歩いているのはおまえだろうに。
(☆チャーリー、さんざそれで暇をつぶしてきただけあって、絵はかなりうまい)