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3 病院

 九時半まえになったので、チャーリーは黄色いスリッパをぽいぽいっとぬぎすてて、ベッドにイン。


 それと同時に、こんこんこん。九時半きっかしに、これまたまるで機械のようだった。


 ギィ、と、扉が開く。


「もうおやすみになられますか?」

 いつもの問いに、


「うん」

 いつもの答え。


「では照明をお消しいたします」


 パターンの決まりきった、短い会話。


 老婆はまくらもとの豆ランプにぽっと火を灯してから、入り口付近の壁のスイッチを押してくれる。

 チカ、チカッ、と、点滅を残して消えていく、頭上のシャンデリアは導線式だ。


 それが完全に消えてしまうと、暗がりに灯るのはベッドまわりの薄明かりだけ。


「おやすみなさいませ、チャーリーぼっちゃま」

「おやすみ」


 夢見のまえのあいさつをおえて、静かにキィ⋯⋯と、扉は閉じられる。


「⋯⋯⋯⋯」

 することがないのなら、さっさと寝てしまうにかぎるっ。


 頭まですっぽり毛布をかぶって、もぞもぞ動いて回ってなんともなしに遊んでいると、どうしてかふっと、あの日のことが呼び覚まされた。


 きょうはよく、昔を思い出す。




 ──八年まえのあの日。


 父親から、「異常者だ」といわれた。


 わけもわからないまま、病院に入れられた。

 お前を治すため、と。


 そしてその日から──父親の色が消えた。

 いや、父親だけじゃない。自分のまわりにいるみんなから──世界から。


 いまではもう、鏡に映る自分の色さえくすんで見える。


 味のしない食事。

「おまえの病気はうつるから」、必要最低限のみを許された会話。

 使用人以外の、だれにも会わず会えずの日々。


 そうしていまなおもワケもわからないまま、普通に生きている。


 まるで地獄のようだった。


 だから、抜け出したいのは病室からじゃない──世界から。


 色のない世界を生きていた。

 色あざやかな世界にこがれていた。


 そんなときだった。




 夜が深まる。


 今夜はやけに、月がまぶしいようで。

 その明るみに、目を覚ます。


 いつの間にかちゃっかり毛布から顔だけ出して眠っていたようで、まぶたを透けて落ちる月明かりに起こされた。眠りにつくまえまでは、月の影すら見えていなかったのに。


 目をこすりながら、まだ眠たげな体を座らせる。


「⋯⋯⋯⋯」


 ここしばらくの曇天はどこへやら、見あげてみれば、たったひとつの満月が、夜に浮かんでいるだけだった。


 空が晴れている。


 そういえば、と気づいてみると、あたりには雲どころか、星のひとつも見あたらない。


 どこにいってしまったのか。


 おかげでなににも邪魔されず、あまりに自由に発した黄色い光が、部屋に差し込み立ちこめる。


 なぜかふわふわとおぼつかない感覚になる、そんな夜だった。


 ──とはいえ、寝るにはいささか明るすぎだ。


 しかたなく、寝るときはいつも開けっぱなしにされているカーテンを手に、チャーリーは座ったままうんと手を伸ばす。


 ベッドから出てたまるかの一心で、その心とは裏腹に、向こう側まで結構あるそれに、ゆっっっくり倒れ込むようにして、細やかなデザインに凝った、カーテンレースだけをなんとか閉めた。も、


 全然明るい!


 カーテンレースだけでは、このまばゆさをさえぎりきれず。


 ではもう一度、と、まえに倒れ込みながら、こんどはぶ厚いほうのを半分、それでも明るいので四分の三ほどまで閉めて、よし。


 普通にやったら三秒もかからないその動作にウン十秒ほどかけ、チャーリーは満足してベッドにころんと倒れ込む。チャーリーの足もとを照らす月光。


 ところがなにを思ったか、次の瞬間、チャーリーはダルマのように体を起こし、ずいぶんと細暗くなった光を頼りに目を細め、時計の針の在り処を探す。


 二時半を過ぎた。


 ⋯⋯⋯⋯?


 ふたたび寝転がって、鼻のさきまで毛布をかぶる。もう二時か。


 きょうもまた、しずかな夜だった。


 聞こえてくるのは、カチッ、コチッ、カチ、コチッ⋯⋯真夜中を飾る時計の秒針、コンコンコンッ、と扉をノックし弾む音。


 ⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯?


 扉をノック?


 異変に気づき、きょう何度めの起きあがり。

 空耳だろうか。けれど、


 コンコンコンッ。──ふたたび。


 誰だろうか、こんな時間に。


 病室の入り口に目を向けた、またそのとき。


 コンココン、コンッ。


 なぜだか少しリズムを刻み出した。


「⋯⋯アンナ?」

 そんなワケないとも思いながらも、老婆の名前を呼ぶ。返事はない。


 さらに、


 コンコンコン!


 だれかと約束でもしていただろうか。こんな夜中に? そんなハズはない。


 コンコンコンコンコンッ!


 もちろん身に覚えもない。徐々に回数も勢いも増してきた。


 しかたのない思いで、チャーリーは扉へ向かってたずねかける。


「──誰だい?」


 返事の代わりの案の定、


 コンコンコンッ! ⋯⋯コンコンコンコンコン!! コン⋯⋯ドンドンドン!! ドンドンドンドンドンッ!! ドンドンドンドン──


 あまりのノックラッシュっぷりと、そこまでするなら扉に鍵はかかっていない、開ければいいのに待つそのナゾの律儀さに芽生えたかすかな好奇心。


 思わず口をついて出た、その言葉──


「⋯⋯入っていいよ」


 いいおえぬうちに、


 バンッ!!


 待ってましたといわんばかりに、わりと乱雑に扉は開かれ──


 そうして〝ソレ〟は、チャーリーのまえに現れた。

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